「BAB 特定存在管理局」 第二話


 瞬と冴姫の二人は、沢山のパトカーに囲まれた事件現場にやってきていた。
 取り囲まれた男は、横転した車の陰に隠れていたが、やがて姿を表す。
 男はサイドを刈り上げた金髪の、筋骨隆々とした体形だった。両手に大きな銃……アサルトライフルを持ち、躊躇なくパトカーに向けて発砲する。警官たちはパトカーに当たった跳弾が自分たちに当たらないよう、必死で頭を低くしながらも、銃を撃ち返す。
 しかし、なんと男は銃弾を受けてもなお、平気な様子でゆっくりと歩いてくる。男の身体は銃弾を跳ね返しているようだった。よく見ると、銃弾が当たった場所は黒く硬化しており、金属のような光沢がある。

「あーあーあ……こりゃ記憶処理班と拡散阻止班が大変だぞ。あのビーイング、派手なことしやがって」

「ちょっと、なんなの? あいつの身体は!」

「姐御は俺たちのことをうってつけだって言ってただろ。俺はうってつけって感じがしないからまぁ、君の方なんだろ」

「えぇ? 私が?」

「恐らく銃は警官から奪ったものだろう。まずいのは銃弾を弾く身体の方だ。渡されたナイフは持ってるな? よーし、行ってこい」

「へ? 行って来いって……」

 パチン、という音と共に、冴姫はポーズが同じまま、その背景が全く別の場所になっているのに気付く。なんと、暴れる犯人のすぐ後ろに、冴姫は瞬間移動していた。

「あの野郎ぉー……」

 冴姫は汗を垂れ流しながら、遥か遠くで手を振っている瞬を睨む。しかし、素早く腰に手を伸ばし、サバイバルナイフを抜く。制服の上に着ているジャケットのせいで、ナイフがあるのは抜くまで見えない状態だった。

「おい、金属男!」

 冴姫は後ろから声をかける。男は振り返る。

「何だぁ? ガキか? 何しに来やがった死にてえのか!」

「私はその……あれだ。そう、管理局! お前を助けに来たんだ。安全なところに収容してやる」

 その言葉を聞いて、男は大笑いする。

「ぎゃははは! 助けに来ただと? わざわざありがとうよ! けどな、お嬢ちゃん。俺は助けて欲しいなんて思っていないぜ。そう思っているのはここの警官や逃げ惑うアホどもじゃないのか?」

 瞬は、警棒を手に持って、車を盾にしながら少しずつ冴姫たちの方へと近づいている。

「発砲停止! 発砲停止だ! 子供がいるぞ!」

 警官たちは、冴姫の姿を見てそう叫び、銃を男に向けたまま発砲をやめる。

「なーにやってんだ? あいつ。一発で終わらせられる位置に飛ばしてやったってのに……」

 瞬は冴姫と睨み合う男の方を見て、そう小さく呟いた。
 冴姫は男の答えを意外だと思ったらしく、問答をつづけた。

「え? だって、突然知らない能力に目覚めて戸惑ってるんでしょ?」

「いいや? 俺はこの身体を使って、裏社会をのし上がって来た。なんたってチャカで撃たれたって死なねぇんだからな。そんなことも知らずに、令状を持って警察どもが押しかけてきやがったから大暴れしてんのさ」

「自分から能力を振るっているのか? なんて奴だ!」

(私と同じような境遇の人間を安全に収容するために、私は管理局に入ったのに!)

「もういいか? ガキを殺す趣味はねぇんだ」

 男はそう言うと、冴姫を無視して、近くのパトカーから覗いている警官に銃を発砲した。警官は肩に弾丸を受けて、倒れる。

「ぐぁっ!」

「やめろって言ってんだろ! おい!」

「うるせぇガキだな! ナイフなんて持って、俺とやるつもりか? それならガキでも容赦しねぇぞ」

「殺さずに大人しくさせる!」

「ナメやがって! 俺たちみてぇなのはな……ナメられたら終わりだ。相手が鳩だろうがネズミだろうが徹底的にやる!」

 男は激怒し、銃を先に向ける。冴姫は目を見開く。斬りつけるにはまだ距離が離れすぎていた。
 銃弾が放たれる。
 しかし、その瞬間冴姫が姿を消す。銃弾は地面にいくつかの穴を開ける。

「バカか! 死ぬとこだぞ!」

 瞬はいつの間にか男のすぐ近くまで来ており、冴姫もその隣へ瞬間移動している。

「あ、ありがと……」

「遊んでないでとっととやれ! 不良少女!」

「なっ……言われなくてもわかってるわよ!」

「お前ら……奇妙な技を使いやがって! 管理局とかいったか? どこの回しもんだ!」

 男は瞬と冴姫に銃を向ける。

「管理局は管理局だよ。特定存在23-3031、兼田隆昌。お前を可及的速やかに収容する!」

「何かっこつけてんのよ。早く捕まえて」

「お前がやるんだよ!」

「手伝いなさいよ、先輩でしょ!」

 二人は変わらず言い合いを続ける。兼田と呼ばれた男は痺れを切らし、迷わず二人に発砲した。
 瞬はその気配を察して、両手で指をパチンと鳴らす。

「ぬぉっ⁉」

 冴姫は兼田の真後ろに、そして瞬は兼田の正面の懐へ一瞬で移動し、潜り込む。

「化けもんどもがぁ!」

 兼田は両手をそれぞれ反対側へ広げて、銃を乱射する。
 瞬は警棒で銃を下から殴り、射線をずらして直撃を回避した。
 一方反対側の冴姫は、ナイフで同じように銃を切り払う。するとスパッと綺麗な断面で、アサルトライフルが真っ二つになる。

「何だぁ⁉」

 兼田は驚愕する。しかし、咄嗟に対応して、膝蹴りを冴姫に食らわせる。

「ぐぁっ!」

 冴姫は軽々と吹っ飛ばされる。残ったもう片方の銃で、兼田は冴姫を狙う。
 しかし、瞬はそれを蹴り、射線をずらす。
 倒れた冴姫のすぐ目の前の地面に、弾痕がつく。痛がっていた冴姫はそれをぎょっとした表情で見る。

「寝てる暇ねぇぞ、不良少女!」

 そう叫んだ瞬は、振り返った兼田に思いっきりぶん殴られるが、咄嗟に警棒でガードする。兼田は素手で殴っただけだというのに、ガキィン! という金属同士がぶつかる音が響く。
 手を硬化させている兼田は、吹っ飛ぶ瞬を見てにやりと笑う。

「諦めて帰れ、ガキども! この俺を殺せるやつなんて存在しねぇ!」

「くそ……」

 冴姫は焦っていた。冴姫には刃物をなんでも斬れるようにする能力があるものの、冴姫の身体自体は一般的な女子高生と変わりなく、銃や格闘攻撃を一撃食らうだけで、耐えられないのだ。

「ふっ……くくく……わかった……認めるよ」

「あぁ?」

 地面に座り込んだまま、突然笑い出した瞬を不気味に思い、兼田はそちらを見やる。

「確かにうってつけだ。片方だけじゃ勝てねぇ」

「何言ってやがる? 気色悪い野郎だ。まずはお前からくたばれ!」

 兼田は走って、拳を硬化しながら瞬に殴りかかる。

「空間(そらま)!」

 冴姫は立ち上がり、叫ぶ。

「備えろ、桐崎! 派手にやるぞ!」

 瞬は両手を高く上げる。その手は手の甲を見せるように裏を向けている。
 冴姫はそれを見てはっとして、ナイフを身構える。

 パチン!

 瞬の目の前に兼田の拳が迫った瞬間、その音が鳴る。
 空中を、兼田は落下している。そして、太陽を背負うように、冴姫は兼田のすぐ上から、同じように落下してくる。

「ざけんなぁ! なんで上なんだよぉ!」

 そう言いながらも、冴姫はナイフを構え、兼田に迫る。

「何なんだ、何なんだこれはぁ!」

 いきなり空中に放り出されて無防備になった兼田は、ただ慌てるばかりだった。
 冴姫はナイフを兼田の身体に向かって、素早く何度も振り下ろす。

「ナイフなど、無駄っ……がはっ⁉」

 冴姫が兼田の腹を何度も切ると、硬化させているにもかかわらず簡単に切り裂かれ、血が飛び散る。鮮血とともに、兼田は落下していく。冴姫はナイフを振りぬいたまま、同じように落下する。
 ガコン! という、金属が地面に落ちるような重い音が響く。瞬は少し不安そうに、土煙の上がる落下地点を見ている。
 土煙が晴れると、兼田の上に立つ、血だらけの冴姫がナイフから血を滴らせて立っている。

「へっ……無事かよ」

 少し驚きながらも、瞬は笑顔を見せる。
 兼田は腹の当たりが血だらけになっているが、うめき声を上げており、生きている事がわかる。

 しばらく後……

 瞬と冴姫は再び管理局の事務所に戻ってきている。その前には、上機嫌の百合がいる。

「よくやった! まさにお前たちに収容されたがっているようなビーイングだったな。さて、桐崎は初任務に成功したわけだ。なにか欲しいものでもあるか? 何でも言ってみろ」

「欲しい物……ですか」

 冴姫はしばし考え込む。そして思いついて、少し控え目に探るように、口に出した。

「私……普通の生活がしたいです……今までみたいに」

「無茶言うなよ。俺たちは普通じゃねぇんだ」

 瞬はそれを聞いて呆れてそう言った。冴姫は少し残念そうな表情をする。

「そうか……普通は無理だが……今まで通り学校に通うくらいはできるぞ」

「えっ? 本当ですか?」

 冴姫の顔が明るくなる。

「この都市の中にも、高校がある。比較的危険性の低いビーイングは、都市の中を出歩けるからな。すぐに手続きしておこう」

「やった! ありがとうございます!」

「よし、任せろ。まあ、とりあえずシャワーでも浴びてこい。血だらけだぞ」

 百合はそう言って、冴姫をシャワー室に向かわせた。

「俺たちに普通なんて無理だぜ、姐御。甘い幻想を見せて後で裏切んのは罪だ」

「言ったろう? 私は手を貸してくれる猫には甘いんだ。それであの子がやる気を出すなら、餌だって与える」

「そうかい……俺よりよっぽど、姐御の方がアイツに厳しいぜ?」

「そういじめるな。私だって……お前たちを送り出すたびに……いや、忘れてくれ」

 そう言い残して、百合はその場を去った。瞬はやるせない表情で、百合を見送ったのだった。


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