#エッセイ 『お医者さんにオカンムリ!』

   今から数年前の事です。夕食後にゴロゴロしてテレビを観ていた時の事です。背中から腰にかけて言葉にならない様な痛みとは違う違和感を覚えることがありました。何ていうのでしょうか、何か起き上がるのが辛いという、今までにない感覚だったので、ちょっと戸惑いました。最初のうちは“何だろう・・・何か気分が悪いな・・”と思いながら部屋の天井を見つめて仰向けになった状態で自分の体の調子を確かめる様な感じで寝っ転がっていたのですが、どうやらこれは普通では無いなと思い始めたのです。こんな時間に医者に行くのも・・とは思ったのですが、それが虫の知らせというやつなのでしょう。まだ歩ける状態だったので近所の救急病院に自ら歩いて行きました。その時は真夜中だったので、若いお医者さんに簡単な診察しかしてもらえなかったのですが、おそらくは尿管結石だろうという診断をされました。
   昔から世間では尿管結石が “痛みの王様”と言われている事は知っていたのですが、話に聞いているような痛みは感じなかったので、その日の晩はちょっと安心し眠ることが出来ました。診てくれたお医者さんも、僕が一人で歩いてきたことにビックリしていましたが、
『明日(翌日)は大きな病院に行くように』
と言って紹介状を書いてくれました。そんなこともあったので、翌日は半休を取り、お医者さんが書いてくれたその大切な紹介状を手に握りしめて、電車に乗って2,3駅向こうの大学病院まで行って診てもらうことにしました。

   大きな病院ではよくある事なのですが、朝一で新規の受付をして待合の廊下の椅子に座って待つのですが、まぁー自分の名前がなかなか呼ばれないんです。紹介状を持ってきたとはいえ、それは黄門様の印籠ほどの効果は無かったようです。おそらくはこうなるだろうとある程度想定していたので、一冊の読みかけの本を持って行きました。しかしいざとなるとやっぱり自分の病状がどうなっているのかが心配で、そんな時に本を読んでも全く集中が出来ません。それでもと思い一生懸命に本の字面を追うのですが、その内容は当然のごとくさっぱり頭に入って来なく、気が付けば僕の視線は自然と廊下を行き交う人に移っていました。病院にはいろいろな人がいます。何かのチューブをぶら下げて車いすで移動の人もいれば、台車で運ばれてくる患者もいたり、また忙しそうにテキパキとカルテや医療器具を運ぶ看護師達が殆どで、おそらくはここではこれが日常の風景なのだろうなと思いつつも、"こりゃ大変な所に来たわ・・"と、まだ診察も受けていないのに自分の病状に不安が増してくるんです。
   そんな感じで内心ドキドキしながら待合の椅子に座り続けて一時間半ほど経ったころに、ようやく僕の名前が呼ばれました。中に入ると四十前くらいで、体格の良いチョッと小太りの男性のお医者さんが座っていました。温和な感じを醸し出そうとしているのですが、その話し方にはチョットした圧を感じるタイプの人でした。僕はお医者さんから聞かれるままに自分の病状を伝えると、目も合わせずに無表情で
『じゃ、まずは検査だね。B棟の検査室で血液検査とCT撮ったら戻ってきてよ』
と言われました。大事な自分の体です。こりゃ大切な事だから従順に従わなくちゃイカンと思ってペコペコと頭を下げつつ退室し、B棟とやらの検査室にいそいそと向かって行きました。
    採血をしてくれる若い女性の看護師とCTを撮影してくれる男性の検査技師の礼儀良く丁寧な事といったらありませんでした。“イヤイヤそんな丁寧すぎると恐縮しちゃいますよ・・”と内心思い、それならば・・という訳ではないのですが、こっちも自然と丁寧になっちゃうんですね。検査結果はともかくとして“気持ちの良い人たちで、ああ気分がいいわ!”と思いながら先程の診察室の前に戻りました。それからまた二、三十分待たされてから名前が呼ばれて、最初に入った診察室に再び入りました。
    ひじ掛け椅子に座っているお医者さんは検査表の数値とCTの画像をジッと見ています。この瞬間はドキドキです!頭の中では瞬間的に色々な思いを巡らせます。“もし癌とか別の病気だったらどうしよう・・・。大きな手術が必要だったらどうしよう・・。ん!手術・・そりゃ痛そうだ・・でも今の医学だったら麻酔がよく効いて手術の後も痛くないかも・・・でもどうなんだろう?怖いわ・・”瞬間的にこんなことを考えるのですね。結果の告知まではほんの十数秒くらいの時間だったと思います。ですがこの瞬間に時間というものを、別の言葉で云うならば時の流れを痛いほど感じるのです!日常生活ではまず感じることは無い瞬間です。それと同時に頭の別の片隅では“野生の動物も獲物を狙って草陰に身を屈めて潜んでいる瞬間にこんな感じで時の流れを感じるのだろうか?”なんて訳の分からぬことを考えて気を紛らわせようとしてみたりと、ほんの短い時間であれやこれやと、男のくせに情けないもんです。そうなると目の前に座っているこのお医者さんにはすがりつく思いです。最後は心の中で “先生!あんたが頼りだー!”という気持ちで患者用の丸椅子にドッカと座って待つだけです。その恰好は、両手の平を両ひざについて、背筋をピンと伸ばしながらも少し前屈みになって神妙な顔をして・・傍から見てもそれはもう一流の病人に見えた事でしょう。そして振り向いたお医者さんの口から出たそのお言葉は・・『ん!これなら大丈夫だね。今回は薬で溶かしましょう。(笑)』
聞いた瞬間には“うぉ!やったぁ・・”という率直な感情が溢れてきました。自分で何かを成しえたワケでもないのに結果を聞いて“大きなヤマを越えたぞぉ!”という気持ちです。とにかく安心しました。それからお医者さんは色々な解説をしてくれました。大丈夫と聞けば前向きに何でも聞けます!薬を飲んでも石が出ない場合は電子麻酔?をして尿管から何か管の様な物を入れて引き出すとか、超音波で粉砕する方法などいくつかの治療法があるとの事でした。心配したメスを使った手術は無いそうです。“尿管から管なんて・・そんな痛い事するワケないやんけ!絶対薬で溶かしてやる!”と思いながらも、でもそこは丁寧に真摯な態度でうなずきながら聞くんです。そりゃそうです!一応、僕の健康にお墨付きをしてくれた大切なお医者さんの言う事です。そこはキチンと真面目に聞かなくちゃいけません!
 その後に今後の生活についての注意がありました。そこにも耳を傾けてフムフムと聞いていたのですが、その話の中で一日に2リットルの水分を取る事という話が出てきました。それを聞いた瞬間に僕は、
『え!2、2リットルぅ・・・・?』
と言って少し驚いて絶句したのです。“オレはビールだって2リットルも飲まねーぞ。・・それを水でなんて・・・”と思ったら、間髪入れずに次の瞬間に、
『ナニ言ってんの!君!』
とお医者さんが急にキレ始めたのです。そのキレ方と圧に圧倒されて口をポカンと開けてお医者さんを見つめていると、さらに続けて、
『僕なんかホラぁ!午前中だけでもこんだけ飲むんだよ!』
と言って机の上のモニター横にある2本のペットボトルに指をさしていました。見ればトクホのマークの付いたコーラとカルピスウォーターのペットボトル、共に500ミリリットルで計1リットルがデーンと置いてあるではないですか!お医者さんの圧にすっかり怖じ気付いた僕は背中を少し丸めながらもそれを見つめて
『は、はぁ・・・。わ、分かりました』
と答えるしかありません。それを見て内心では“イヤイヤ、でもあんたそれジュースじゃん!朝から甘いジュース1リットル飲んで威張られてもなぁ・・”とは思ったのですが、でもそんなことは言えません!この際、甘いとか甘くないのは関係ないそうです。水分を取るという事が大切だという事をキレ気味に言っていたのがとっても印象に残りました。“先生!そりゃ毎日そんな甘い物を朝からガブガブ飲んでりゃ腹も出るでしょうよ!糖尿になるぜ”と思ったのですが、口が裂けてもそんなことは言えません。まぁ確かにこのお医者さんは健康に気を遣って毎日そうしているのでしょう。それでおなか回りもポッコリと育っているようです。納得ですわ。それから後に話をするお医者さんの話はずっとキレ気味でしたので、僕の方でも話がだんだん頭に入って来なくなります。どうやらこのお医者さん、一度怒り始めたら止まらないタイプなのでしょう。この状況で考えれば、僕がこの人の怒りのスイッチを入れたのは確かなようです。そうなると、さっきまでのすがる様な気持ちがスーッと消えていくんですね。怒りが湧くというまでではないのですが、やっぱり気分が悪くなるのですね。それでも感謝の気持ちだってあるわけですから、お医者さんの話は最後まで態度を変えない様に全力の努力をしながらちゃんと耳を傾けました。“いやー終わった、終わった!”と思って必要以上にメチャクチャ丁寧にお礼を言って、診察室を出ようとしでドアノブに手をかけた時です。
『あ、ほうれん草は鉄分が多いからダメよ!バター炒めなんかは最悪だからね!』
と、追加で今後の食事にダメ出しの言葉を投げてきました。“もーええやろ!”と思いつつも満面の笑みで
『ハイ!分かりました。』
と背中向きで答えて退出しました。
 その日から後は、薬を飲んで何とか治癒したという次第です。

   医者と患者の関係を考えると、基本的には患者は受け身です。言いにくい事ではありますが、患者の方が立場は弱いです。おそらく社会的立場のある人でも、お医者さんの前では頭は上がらないという感じではないでしょうか?「医は仁術」なんて言葉が身に沁みますよね!基本的には、それぞれのお医者さんだって悪い人ではないと思っています。しかし、医者とは職業柄、誰もが頭を下げてくれるので、おそらくはそれが彼らの日常として身に沁みついているのでしょう。そうすると自然と態度が尊大になってしまうのも分からないですないですが・・・。今回の僕のケースが普通によくある事なのかはちょっと判断しかねますが、もしかしたら僕とその担当医の相性が良くなかっただけなのかもしれません。(でも、もっと遡れば本当に親身になってくれたお医者さんだっていたことは確かですけどね。)
 そしてこれはお医者さんだけではありません。ちょっとした人気ラーメン店や、中々手に入らないものを売っている個人経営の店主など、そんな人はチラホラ見かけます。僕は基本的にお店の人には丁寧にするようにしているのですが、無意識にお店の人にもそれを求めているのでしょう。相手がそうでないと腹が立つ、というのは多くの人もそうなのではないかと思うのです。やっぱり気持ちよく生活をしたいですよね。お店で初めて会う店員もお医者さんも、もしかしたら人生で一度っきりの出会いかもしれません。毎回丁寧であれ!というのも難しいのかもしれないですが、でもそこはみんなで大切にしたいですね。せっかくあるステキな日本語、「一期一会」という言葉がいい意味で世間にもっと広がることを願っています。社会が、そして一人ひとりの生活がスムーズに気持ちよくなるように・・・。


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