#エッセイ『人事異動!』

 昨年末の12月下旬の事です。その日は仕事でとある鉄道の駅の改修現場工事で自社製品の納入の為に立ち会っていました。その現場は打ち合わせと違う内容で建築の造作が仕上がっていたので、朝からどうやって自分が納入する製品を取付けようかと四苦八苦していました。それでも施工業者の機転もあり工事が順調に進んでいき、その様子を見た僕は一安心をして喫煙コーナーで一服しに行きました。プカーと鼻から煙を出してホッとしたところに携帯が鳴るので電話の主を見ると会社の上司からでした。“こんなタイミングで何の用だろうか・・・?”といぶかしい思いで電話に出ると、上司は開口一番
『おい!お前異動!転勤だよ!』
と冗談のような事を言ったのです。僕の勤める会社は転勤の内示が人事異動の発表の前日なのです。という事はこの電話は内示という事です。それを聞いて思わず
『はぁ?』
と言ったきり僕は思わず絶句してしまいました・・。ただ、今回の僕の異動は上司の方も寝耳に水であったようで、上司の声も上ずっていました。今の部署に異動をしてきて丸三年、さすがに僕としても今回の辞令は予想していなかったのです。サラリーマンは宮仕えの様なものですから、お上(会社や上司)のいう事は絶対です。当然のごとく僕には拒否権は無く、粛々と異動をするまでです。そしてその新しい異動部署を聞けば、なんと六年程前に在籍していた部署でした。“ん?元に戻るのか・・・。今更ナゼ・・・?”とチョット複雑な気分で内示を聞いたのです。その部署には昔の上司が今でも同じ役職で在籍しています。携帯を切ってからしばらく考え込んで、“今さららどんな感じで電話すればいいんだよ・・”と心の中で呟きました。その当時の上司とは仲が良くないという訳では無いのですが、前回の異動の時の別れ方はあまりいい感じではなかったと記憶していたので気分は重いです。とはいえども連絡を入れない訳にはいきません。挨拶や連絡は下の者からするのはマナーですからね。意を決して社用携帯のアドレス帳から新しい上司(かつての上司でもあるのですが)の番号を探して電話をかけることにしました。
 ドキドキしながら電話をかけ、呼び出しのコールを耳元で聞いていると、その時間が何となく永遠に感じます。過去の記憶が甦り、“あー、やっぱ何かイヤだわ・・・”と思っていると、電話の向こうで声がします。相手(上司)の携帯には僕の名前が出ていたのでしょう。開口一番
『よーう!久しぶりだな!(笑)』
と思いがけない言葉を耳にしました。“あれ・・、何か思いの外柔らかいぞ・・思っていた感じと違うな・・・。”と思いながら、これからお世話になる旨の話をシドロモドロしながらして、早々に電話を切りました。
 そんなこんなでバタバタしながら一週間半ほどで引継ぎをして、正月休みを挟んで年明けからの新しい部署への異動業務を完了させました。新しい仕事は昔やっていた仕事です。あの当時は当たり前のようにこなしていた仕事の内容をすっかり忘れているのです。“ヤベー・・どうしょうか・・・”と心の中で呟きます。三年前当時の自分がどんなことをやっていたかという事を物語で語るような記憶はあるのですが、細かいルールは一切思い出せないのです。しかも何となくですが、各書類の処理のルールもちょっとずつ変わっているのです。ちょっとした絶望を味わいつつの異動です。課員の顔ぶれも結構変わっていました。手始めに簡単な仕事から手を付けてみました。基本的には“何をどうしなければならないか?”という事は基本的には分かっているつもりですので、仕事の作業手順を覚えるのはそこそこ早かったと自分でも感じました。新しい部署に行けば大体戸惑うのですが、色んな事がそれなりにスイスイと処理がかけられるのです。“お、オレってやるじゃん!”なんて思ったりするのですが、よくよく考えると昔やっていた事を思い出すだけの事です。仕事の在り方と書類の書式が変わっていてもやるべきことは変わらないのですから大したことはありません。関係各所に電話をすれば、そこには昔なじみの人がまだたくさん残っていて、しかも嬉しいことにまだ僕の事を覚えていてくれたりして、ちょっとずつですが仕事に立ち向かう気力が湧いてきました。
 徐々に仕事が順調に進みだすと、ふと頭の中をよぎる疑問が出てきました。それは“仕事ができる奴とはどんな奴のことを言うのだろうか・・・”という疑問です。僕は入社以来何回かの転勤をしています。経験上、転勤をして新しい事業所に行くと同じ仕事をしているはずなのにその支店ごとに独自のルールがあって、最初は何をやってるのか分からなくなって戸惑ってしまうという事があります。時間をかけて慣れてくれば“なんだ!結局は一緒じゃん!”と思うのですが、そこに行きつくまでが大変です。そう考えると転職する人はそこの所をどう考えているのだろうか?と思うのです。まぁ、転職をして全く違う業種の会社に行けば、それは新入社員と同じ様な感覚でもいいのかもしれません。でも、バリバリ最初からやっちゃう奴、もしくは出来ちゃう奴がいるんでしょう。まぁそんな人は見たことないんですが・・・。そんな事想像しちゃうのは転職エージェントのCMを見るからでしょうか?転職エージェントのCMは基本的に沢山のオファーが来るという事をイメージした作りですが、そこに出てくる俳優はいかにも仕事がバリバリできそうな感じの好青年です。少なくとも新しい環境に飛び込むドキドキ感は描かれていません。新しい環境に馴染む為には人間関係の構築が一番大事だと思うのですが、それは仕事を覚えて組織の一員として機能し始める事とリンクしていると思うのです。その課程が順調に進むことによって初めて評価の対象になってくると思っています。会社という組織の中では一人で完結する仕事はほぼありません。自分の職務の中でかけたい処理を手助けしてくれる人との連携は欠かせません。ルーチン通りに進む仕事なら機械的に処理して流してもいいかと思うのですが、日々の職務の中ではイレギュラーな事も多々あります。そんな時に融通を利かせてくれたり、無理を聞いてくれる人の存在が無ければ前に進まないという事は誰もが経験しているのではないでしょうか?自分の周りにどれだけ協力してくれる人がいるか、又は時として逆にどれだけの人の手助けを出来るかという事と仕事の出来はリンクしていると思うのです。中には別の部署や転職をしてきて最初からバリバリ仕事をこなすという人もいるかもしれせん。でも、それは僕の想像の域で考えると、おそらくは経営をする人でしょう。大きな視野を持って問と答えを考える様な仕事ではそんな人もいるかとは思うのです。現にとある大企業の社長が、経営状況の厳しい別の会社に社長として招かれ業績をV字回復させたという事もあります。元石川島播磨の社長をしていた土光さんなんかはまさにそんな方でした。昭和の終わりごろに彼は仕事ができるという事はこういう事であるという事をテレビや新聞を通して世間に大いに見せつけてくれました。しかし、こんな例は一社員として働く僕の様なサラリーマンでは成り立ちにくい話だと思うのですね。やはり基本は自分の仕事をきちんと覚えて、かつ周りの人との人間関係を円滑になるように努力をするという事に尽きるのではないかと思うのです。その様な事を積み重ねて仕事のステージ(立ち位置)を上げていきながら徐々に土光さんの様な感じで仕事をするような人が出てくるのではないかと思うのです。土光さんだって若い頃はきちんと事務処理をして身の回りの周りで築き上げた人間関係の中で評価を得ていったのでしょう。その枠がどんどん広がっていった結果実務から離れていき、価値判断の中で仕事をする立場になったからこそ別組織に行っても活躍が出来たのだと思うのです。
 今回は自分に人事異動があったことによって、期せずして新しい環境に投げ込まれたことにより改めて仕事が出来るとはどういうことなのかと考えさせられて書いてみました。その能力の判断は事務処理の速さや正確さもあるとは思うのですが、人はやはり人の中で生きていますのでその人が築き上げる人間関係に大きく依存しているのかなと思いました。やはりどんな人であっても一生懸命に努力をしても人の助けが無ければ一人では何も出来ませんからね。周りに支えられて、そして自分も周りを支える‥そこは仕事の出来不出来に直結していますが、それは仕事だけでなく生きていくための基本なのかなと思うのです。

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