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[短編小説]ディストラクティブ・アトラクティエ④

前回からの続き

「さてえ、明日は定休日の水曜日ということでえ!恒例のゲームパーティーを開催しますううううう!!!」

カラオケに集まったのは、私、舞の海秀平(舞)、セバスチャン、そして最近入ったアルバイトの男の子と女の子、各一名だった。
セバスチャンは、プレイステーション5をカラオケの画面にセッティングした。
「さあ、今から朝までアソビまくるワニ!」

画面には、予想に反して、私にはとても見慣れた画面が映し出された。それは、いつものパン屋の光景だった。パン屋の様子を映した映像が、画面に映っていたのだ。それは、このまえ本部のエラい人が来たときのものだと思われた。

「こんなもの、いつ撮ったんですか?」と聞くと、バイトの女の子が手を上げた。
「私が撮りました。小型のGoProをメガネに仕掛けておいたんですよ。よく撮れてるでしょ?」

画面は、店の入り口から、売り場、レジを抜けて、裏の休憩室や、厨房までをくまなく映していた。特に、本部のエラい人とオサダさん、それから大麻を吸っている丸井さんがよく映し出されていた。

 ※結局、オサダさんとケンカした後でも、丸井さんは休憩室で大麻を吸うことをやめなかった。そればかりか、本部のエラい人に怒られているオサダさんの前で、これみよがしに、大麻を吸っていた。自分に価値があるとわかっている人間の、自信に満ちた生き様を見よ。

休憩室では、本部のエラい人がオサダさんに「丸井さんをやめさせてはいけない」と説教をしている。その隣で、当の丸井さんは大麻を吸い続けている。画面には、うなだれるオサダさんを含めて、けだるげな休憩室が映り続けていた。丸井さんは休憩室で大麻をゆっくり吸ってから、しばらく焦点の合わない視点をゆっくりと宙に漂わせていた。

「お先に失礼いたします」と、出し抜けに私が画面に登場した。気が付かなかったけれど、私は画面越しに見ると、まるで目が死んでいた。いや、もう死んでいるのかもしれない、と思われるほどのゾンビぶりであった。
「ひっ」思わず声が出てしまう。

しかし、誰も違和感はないようだ。見慣れているからだろう。私だけが私を見慣れていないようである。

「あなたは確かに信頼できる。そして仕事はできるかもしれないが、あなたがいることで売上が上がっているというデータがない」

休憩室の奥では、本部のエラい人がオサダさんに説教を食らわせていた。画面は、うつむいているオサダさんと、本部のエラい人を一つの画面に収め続けて、だいたい十五分ほどの映像は終わった。

「さあ、レンダリングいたしまーす!」とセバスチャンが言うと、画面にはしばらく「作業中」を表すアイコンが表示された。
「これは何なんですか?」と私が聞くと、
「『虚実』のシューティングゲームですよ」とバイトの女の子は言った。

「虚実」とは、実際の現実を映した映像をもとに、仮想の映像を作り出す技術である。前々からある技術ではあったが、映像を実際に加工するには時間がかかった。それが、昨年に中国で、映像編集の処理速度と速度を劇的に上げるアルゴリズムが完成してから、ほぼリアルタイムで、本当にはない仮想の映像を作り出すことができるようになった。

監視カメラも、ドライブレコーダーも、スポーツ中継も、いちどハックされたら、そのまま嘘の映像にすり替わる。見ている人は、本当の映像なのか、あるいは加工されたものなのか、判断できない。
ついこの間も、中東の国の首脳会談での中継映像がハックされ、「虚実」の技術を使って各首脳が殴り合う映像が作り出されて、本物の映像の代わりに生中継されてしまい、あわや戦争かという一触即発の事態となったことがあった。

解説が社会派!

「虚実の技術を使えば、こうやって素人が撮った映像を読み込んで、ゲームのプラットフォームに入れて、狙撃のステージとして使える」
 バイトの女の子が言った。
「本当の映像をゲームに使うからレンダリングに時間がかかるけど」

そうこうしているうちにレンダリングが終わった。
「スタート」の文字が出ると、バイトの女の子がプレイステーション5のコントローラーを握り、画面に向かって「えいっ」とボタンを押した。
すると、銃声が鳴り、画面の奥で本部のエラい人が撃たれた。正確に言うと、頭の上半分が吹き飛び、血しぶきやら肉片やらが飛び散って、画面の向こうで倒れた。
「ぎゃっ」と、私と、アルバイトの男の子が悲鳴を上げた。
「いやー、やっぱりリアルですねー」とアルバイトの女の子が感心したように言った。「本当にやっちゃったみたい」

「いやいや、まだ全然足りてないから!」
 セバスチャンがコントローラーを握ると、画面は倒れ込んだ本部のエラい人を上から覗き込むアングルとなった。実写と見紛うばかりの光景で、偽の情報とわかっていても、あまり気持ちのいいものではなかった。

「足りないね。私たちのオサダさんを傷つけた罪は、重いのだよ」

そう言いながら、セバスチャン(やや半笑いだった)はボタンを連打し、銃撃音とともに、本部のエラい人の残っていた顔半分をすべて吹き飛ばした。パン屋の床はあっという間に血溜まりになり、本部のエラい人は首から下だけになり、体がけいれんしていたが、しばらくして止まった。

画面が切り替わり、ゲームが再び読み込まれて再スタート画面となった。そして映像は先ほどの説教の場面に戻った。本部のエラい人は再び生き返り、オサダさんへの説教を始めた。

「次は私にやらせて」と舞の海秀平(舞、以下、舞の海秀平)がコントローラーを握る。

「あなたは確かに信頼できる。そして仕事はできるかもしれないが、あなたがいることで売上が上がっているというデータがない」

 その発言が出た瞬間、舞の海秀平は「うるせえええええ!!!」と叫んでボタンを連打し、「データがな」と最後まで言い終わる前に、本部のエラい人は再び撃たれた。今度は顔半分だけでなく、至近距離で撃たれたために体まで一気に被弾し、まるで操り人形のように、血しぶきを上げながら体をくねくねさせて倒れた。
「あははははは!」と舞の海秀平(舞)は大笑いした。

続いて、舞の海秀平は、画面に映っていたオサダさんに向けて銃を撃った。「あ」とバイトの女の子が言うのと同時に、画面の向こうのオサダさんは、一瞬、こちらを向いて驚いたような顔をしたが、次の瞬間には、その顔はもはや残らないほど、顔が吹き飛び、目玉が飛び出て脳髄が吹き飛んだ。画面の向こうの休憩室は。二体の死体が並ぶ血溜まりと化した。
「きゃあああ!」
「わあー!グロいー!!」
カラオケに嬌声とも悲鳴とも似た声が響き渡る。
「オサダ副店長は、私たちに思いやられながら殺されるのが一番いい。これがお似合いですよ」と舞の海秀平。

「今度は丸井もやっちゃおう」とセバスチャンは言った。
しかし、丸井さんを撃つのは、あまり面白くなかった。というのも、丸井さんは大麻を吸引していたため、ほぼ反応がなかったからだ。自分が撃たれている、ということに対して、よくわかっていないようだった。

「あいつは、現実世界で、ゆっくり加齢とともに少しずつ人生の難易度を上げられながら、『おかしいなあ、こんなはずじゃないのになあ』なんて言いながら、何もかもうまくいかなくなって死んでいくのが良さそうだな。ペニスが使い物にならなくなったときがあいつの最期さ」と舞の海秀平がポテトチップスを食べながら結論づけた。

わたくしの番になった。

私は、武器をナイフにしてもらい、コントローラーを握った。そして、あの人が出てくるのを待った。そしてやってきた。

「お先に失礼いたします」と出てきたゾンビ。それは私であった。

私は、画面に出てきた私に向かって、思いきりコントローラーを振り下ろし、ゾンビの首に、ナイフを突き立てた。ゾンビは、「訳がわからない」という顔をしていた。次に、恐怖の表情が浮かんだ。

私はにわかに苛立ち、ナイフを何度も突き立てた。画面の向こうの私は、だんだん、見慣れた私の顔になってきた。「やめて」と私は言った。それは画面の向こうの私であった。
「死にたくない。助けて」と私は言った。
「うるさい」と私は言った。
そしてナイフを胸のあたりに突き立てた。ゴボゴボ、と音がして、私の口から赤黒い血溜まりが吹き上がってきた。そして目が白目になり、あまり見覚えのない私の顔になり、苦しいのか、胸をかきむしるようにして、顔を左右に振り、苦痛に顔を歪めて、そしてついに仰向けに倒れて、動かなくなった。

ついに、わたくしはやり遂げたのであった。

画面には、派手な文字装飾で、「ボーナス・ポイント!」の表示が出た。銃以外のアイテムで、一定以上の速さで敵を殺すことができた場合に、得られるポイントだということだった。
「ヒュー、早技」とセバスチャンが言った。
わたくしは、あまりにも虚弱なゾンビであったために、あっという間に死んでしまったので、ポイントまでつけることができた。

そのあと、私たちは延々と様々な道具で殺戮を続け、始発電車が走り出す頃には、カラオケ内に、静かな高揚と、連帯感が漂っていた。「みんな死んじゃいましたね」とアルバイトの女の子が言って、朝五時になったのをきっかけにして、三々五々、私たちは逃げるように解散した。


私はアパートに戻り、そして、誰もいない部屋で眠った。
オサダ副店長を始め、もうみんなして何回も死んでしまったので、あのパン屋はもう開くことないだろう。こんなわたくしも、ゾンビとして死んでしまったので、二度と、目覚めることはないだろう。

そうであったなら、ああ、なんという清々しい今日なのだろうか。
私は、そのように思うのである。

(了)

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