第44話 星降る中で
「尾張さんと結婚。尾張さんと結婚。尾張さ、ああ!また!!」
先程から何度も同じ願い事を繰り返している。しかし、何度繰り返しても三回言い切ることができない。
「紀美丹君。もう、諦めなさい。貴方にその願いは大きすぎる願いなのよ。」
「人の願い事を諦めさせようとするのはやめてください!そもそも、願い事しようって言ったのは尾張さんじゃないですか!」
尾張さんは、はあ、とため息をつくと、
「貴方がそこまで非現実的な願い事をし始めるとは予想外だったわ。」
「男女が結婚することの何が非現実的だって言うんですか!とても現実的で素晴らしいたった一つの冴えたやり方じゃないですか!」
僕の熱弁に尾張さんはやれやれといった様子で応える。
「その男女が両方とも普通の人間ならね。」
その言葉は、暗に自分がもう普通の人間ではないと示しているようだった。
「どうしたんですか?尾張さんらしくもない。普通の人間じゃないって、今更思春期ですか?」
暗い雰囲気になるのが嫌で、ついつい茶化してしまう。
尾張さんは、寂しげに笑うと、
「本当はね、わかってたのよ。」
「何の、話ですか。」
尾張さんの口からその言葉を聞きたくはなかった。だから、
「それより、尾張さんは願い事しないんですか?さっきから僕ばっかり失敗してて、恥ずかしいんですけど。」
「紀美丹君。」
聞きたくない。
「あ、もしかして、尾張さんの願い事も僕と結婚したいとかそういう系ですか?まぁ、尾張さんはツンデレだから、言い出しづらいでしょうけど。大丈夫です。僕には分かってますから。ちゃんと耳を塞いでおくので、どうぞ遠慮せずに願い事してください!」
僕は早口にそう言うと、尾張さんに背をむけて耳を塞ぐ。
尾張さんが、背後で何かしている。
首の後ろに、ひんやりとしたものが触れる。
「!?!?!!なっ!?」
思わず、耳を塞いでいた手を離してしまう。
「紀美丹君。ちゃんと聞いて。」
「子供みたいなことしないでくださいよ。」
どうやら、首筋から水を入れられたようだ。
「子供みたいなことしてるからよ。」
尾張さんは、ジト目で僕の方を見る。
「さっきね。私の家に行った時、実感しちゃったのよ。」
「実感・・・・・・?」
ここにはもう私の居場所はないんだって。そう、尾張さんは呟いた。
「そんなこと・・・・・・!」
ない。と断言できたなら。僕が彼女の居場所になると言えたならどんなにいいだろう。
だけど、彼女が求めてる言葉はきっとそんなありふれた肯定なんかじゃない。
「人ってね誰かと繋がらないとやっぱりダメなのよ。誰かに無視されたり、存在を否定されたら、もうダメ。それだけで自分さえ保てなくなっちゃう。」
きっとそれは、幽霊になった彼女がずっと抱いていた想いなのだろう。
「あの時、あなたがわたしを見つけてくれなかったら、きっと私はもっと早くダメになってた。」
だから、あなたには感謝してるわ。そう微笑む彼女の顔から目が離せなかった。
「でもね、だからこそあなたには幸せになってほしいのよ。誰か別の好きな人を見つけて。その人と恋人になって。結婚して。子供を作って。子供が大人になって、孫を顔を見て、穏やかに老後を過ごして。そしていい人生だったって。」
そう思ってほしい。だから、私はこうお願いごとをしないといけない。そう彼女は続ける。
「紀美丹君が私のことを忘れますように。」
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