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第73話 終わらせるための理由

 放課後の旧文芸部室。少年と少女が椅子を並べて座っている。
 少年は、新品のスマートフォンをいじりながら、なにやらゲームに興じており、少女は、横からそれを覗き込んでいる。

「そういえば、紀美丹君。結局スマートフォン新しくなったのね。」

「えぇ、前の機種も好きだったんですけど、修理に出すより新しく買い替えた方が安かったのでどうせ買うならって、最新機種を選んでみました。」

 少女は、今初めて気づいたみたいな顔をしているが、少年が新しいスマートフォンに変えてから、1週間以上経過していた。 
 それでも律儀に反応しているあたり、少年にとってもそれは触れてほしい話題であったという事であろう。

「というか、そのゲーム。データとんでなかったのね。」

「データのバックアップをとるのはゲーマーの基本ですよ。スマホゲーの場合はID覚えてれば端末変わっても問題ないですし。」

 少年は、実際、危ないところでしたけど。と肩を竦める。

「こんな事もあろうかと、一応メモしておいて良かったです。せっかくのデータが失われたら勿体ないですからね。」

「勿体無い?その末期なスマホゲームのデータが?」

 少女は訝しげな顔をしながら少年が持つスマートフォンの画面を見つめる。

「確かに末期といえばそうかもしれないですけど、まだこれから革新的アイデアで復活するかもしれないじゃないですか!それに、このゲームに一体いくら課金したと思ってるんですか。」

「いくらよ?」

 少女の冷めた視線に晒されながら、少年は目を逸らす。

「言えません。」

 目線が痛い。

 そう、仕方ない。仕方ないのだ。きっかけ、それがないから。
 スマートフォンが壊れた?そんなものきっかけになんかなりえない。
 スマートフォンが壊れても、新しいスマートフォンでプレイする。
 両手を怪我すれば両足を使ってプレイする。
 スマホゲームのサービスが終了しゲーム世界が終末を迎えるその時まで。出来る限り楽しむのがゲーマーというものである。

 少年がそんな事を考えながらスマートフォンを操作していると、少女が呆れたように溜息を吐きながら、呟く。

「今日の議題は決まったわね。」

「議題ってなんですか?」

 少年の疑問に少女は笑顔を浮かべながら、答える。

「貴方のゲーム中毒を終わらせる方法についてよ。」

「お断りします。」

 少年の即答に対して、少女は自らのスマホを取り出しながら、

「とりあえず、消費者庁にでも問い合わせましょうか。」

 と、死刑判決と言っても差し支えのない裁定を下す。

「やめて下さい。死んでしまいます。」

 結局、世界を終わらせることは出来ないのだろう。
 たとえ、コンテンツが終了しても、名作と呼ばれるものがいつまでも語り継がれるように。
 クソゲーと呼ばれながらも愛され続けるゲームが存在するように。
 人生という名のクソゲーはいつまでも続く。

「そもそも、そのゲーム、クソゲーって有名なゲームらしいじゃない。」

 少女のあんまりな評価に、

「世間の評価でゲームの楽しさは決まらないんですよ。」

 と返す少年は、さらに

「クソゲーのない人生なんて、パイナップルの入ってない酢豚みたいなものですよ。」

 と続ける。

「私、酢豚にパイナップルはいらないと思うのよね。」

「奇遇ですね。僕もです。」

 少女の呆れたような視線を浴びながら、少年は目を逸らす。

 今日もまた、その場所では、会議が熱く繰り広げられている。その集団は関係性を変えながら、それでも離れまいとお互いを思い続けていた。

「世界終わろう委員会」

 幾つもの世界の終わりを見つめてなお、世界の終焉を望む。そんな少年少女が辿る終わりへの軌跡である。

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