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第72話 ありえたかもしれない未来

 暗い路地裏を一人の目立つ髪色の少女が歩いている。
 少女はしきりに周囲の様子を伺っている。どうやら、なにかを探しているようだ。

 やがて、少女は探し物を見つけたのかゆっくりとしゃがむと、それを掴む。

「よかった。定期落とすとかマジないし。」

 そんなことを呟きながら、立ち上がる。ホッと息を吐きながら、定期を肩に下げたバッグに入れると、駅の方へ向かって歩きだそうとする。

 その背後にいつのまにか黒い影が迫っていた。

 少女は、ビクッと一度震えると、苦痛に顔を歪めて、背後を振り返る。

 そこに立っていたのは一人の黒い男であった。
 男の手には、厚手のナイフが握られている。そして、そのナイフの刃はベットリと赤黒いもので汚れていた。

「意味、わかんないんだけど。」

 少女のそんな呟きを聞いてか聞かずか、男はナイフを振り上げる。
 そして、少女の静止を求める声も聞かずに、ナイフを振り下ろす。

 やがて、少女が動かなくなると男は満足したように立ち上がり、歩きだす。

 それを三つの視線が見つめている。

「どうします?」

「とりあえず通報したほうがいいんじゃないかしら。」

「・・・・・・。」

 椎堂さんが、青い顔をしながら、口元を押さえている。

「椎堂さん大丈夫ですか?」

「・・・・・・ちょっと、気分悪い。」

 彼らは今、深夜の立体駐車場にいた。少年は、双眼鏡を顔から離すと、スマートフォンを取り出し110番に電話をかける。

 少年は、簡潔に起こった出来事を話し、通話を切る。

「どうですか?椎堂さん。」

「うん。ちょっと落ち着いたかな。」

 椎堂さんは、深呼吸をしながらそうかえす。

「いえ、体調もですけど。」

 尾張さんの方を顎で指し示す。

「見えるようになりました?」

 椎堂さんは、当初の目的を思い出したようで、僕が示した方向を見つめる。
 そして、その大きな瞳を丸く見開く。

「尾張、さん?」

「ええ。そうね。」

 椎堂さんは、ふらふらと尾張さんの方へ向かって歩いていく。
 そして、尾張さんの頬をプニっとつまむ。

「触れる。」

「離しなさい。」

 椎堂さんは、指を離すと、尾張さんを抱きしめる。

「ちょっと。椎堂さん?」

「久しぶり。尾張さん。」

 尾張さんは、私は久しぶりって感じでもないんだけど、と呟きながら、それでも椎堂さんを振り払おうとはしない。

 しばらく尾張さんに抱きついていた椎堂さんは、目元を拭いながら、

「でも、よくわかったね。あそこに連続殺人犯が現れるって。」

 と、不思議そうに尋ねる。

「まぁ、半分は当てずっぽうでしたけどね。」

 これまでの連続殺人犯の犯行現場から、行動範囲を予想して、後は椎堂さんには一人しか見えないのに、僕には集団に見える人物の行動を張っていた。

 この数日、僕達は放課後の時間をそんなことに費やしていた。

 連続殺人犯の目的が幽霊を見ることであるなら、必ずまた人を殺すだろうと推測していたが、どうやら当たりだったようだ。

 ただ、他人とはいえ人が死ぬ可能性を見過ごすのはやはり気分が良いものではなかった。
 それは、尾張さん達も同様だったようで、複雑そうな顔をしていた。
 そんな沈んだ空気を変えようと、軽口を叩く。

「幽霊の集団の中に水城がいたのは、驚きましたけどね。」

「そうね。気づかれなくてよかったわ。」

「水城って、尾張さんを殺した人?いたの?」

 椎堂さんが驚いたような声を出す。

 嫌な予感は当たるようで、水城もどうやら幽霊になってしまっているようだった。

「これは本格的に幽霊を成仏させる方法考えた方がいいかもしれないですね。」

「あのお寺でお祓いして貰えばいいんじゃない?」

 椎堂さんの提案に、尾張さんが意を唱える。

「たぶん、それで成仏するの私じゃないかしら。」

「まぁ、それはそれでいいんじゃない?」

 椎堂さんがシレッと呟く。

「よくないですからね?」

 いや、本当に良くないのかはどうにも判断に困るが。
 ただ、現在の尾張さんは成仏を望んでいるとは思えなかった。

「あ、犯人どこか行っちゃうけど。」

「といっても、僕達にできることはもうないですし。」

 それに、僕には彼らに借りがある。例え相手が連続殺人犯でも、命を助けられてしまったことに変わりはなかった。

 だからこそ、良心の呵責はあれど、彼らの犯行を見逃すことをよしとしてしまった。
 そんな言い訳のような事を考えて、自分を納得させようとしていた。

 彼らの姿が、僕らの将来の姿なのかもしれない。そんな考えを頭の片隅から追い出そうとするように。

 遠くからサイレンの音が聞こえてくる。

「あなたの心を揺さぶる物語を。」  あなたの感情がもし動かされたなら、支援をお願いします。  私達はあなたの支援によって物語を綴ることができます。  よろしくお願いします。