フォロワーを食べた話
もう時効だろうからこの話を書き残そうと思う。
これは私なりの贖罪であり、告白だ。誰が読まなくても、ここに書き残すことに意味があると思う。「書く」ことで許されたいのだ、秘密で無くしたいのだ。
これはもう十年以上前の話だ。当時、Twitterがそれほど市民権を得ておらず、公式アカウントの数も少なかった頃の話だ。
あの頃の私はmixiにハマっており、毎日のように日記を書き、皆にコメントを残し、交流を楽しんでいた。「二次元的」であったネットの世界が、人との交流を経て、「リアル」と混じる感覚が不思議で心地よく、その感覚をさらに求めてオフ会に何度も何度も参加していたことを覚えている。
しかし、そんな日々は急に終わりを告げた。私の周囲のフォロワーの中で、私をヲチする(影から監視すること)人間が現れたのだ。彼は私の日記の内容を誹謗中傷することが生きがいだったようで、友人だと思っていた人間にまさかそんな事をされると夢にも思っておらず、存外にショックだったため、mixiから離れる事となった。その移住先がTwitterだった。
Twitterでは主にオタク趣味と当時の学校生活について呟いていた。特に小説が好きだったため、その事についてよく書き込んでいた。
そんな日々が3か月ほど続き、気付くと仲が良い……というより話が合うフォロワーが増えていった。特に仲が良かったのがHALさんだ。
HALさんとは谷崎潤一郎や江戸川乱歩、泉鏡花について語ることが多かった。最初はリプしあう事が多かったが、気付くとDMするようになり、メールアドレスを交換するまでにそれほどの時間はかからなかった。
特にメールでも語る内容は変わらず、何を読んだとか、次は何を読むべきだとか、そんな話ばかりだった。しかし、ある日、
『良かったら直接会ってお話しませんか。私は北区に住んでいるのですが、扇風機さんはどちらですか?』
私は以前からTwitterで自身の住んでいる場所に関しては呟いていたのでそう言われたのだろう。当時のネット……というかオタクには「現実で会う」というのは軟派的な行為というか、嫌われやすい行為であったが、mixiでオフ会を繰り返していた私は、とくに忌避感もなくHALさんに会うことにした。
当日、確か神保町で会ったはずである。喫茶店ではなく、食事を取る場所を選んだのは、私自身、別に何か変な気持ちや下心があるのではなく、「友人として会う」という意思表示であった気がした。HALさんも「その店、私もそこを指定しようと思っていたので嬉しいです」と言っていたのを覚えている。
HALさんは女性だった。特に何か特徴のある人ではなかった。強いて言えば歩き方がぎこちなかっただけで、取り立てて何かある人ではなかった。恐らく、相手も私に同じ感想を抱いただろう。挨拶もそこそこ、店に入ることにした。
「――ところで扇風機さんは、人を食べたいと思ったことがありますか~?」
もうもうと上がる煙の向こうでHALさんは言った。
「人を食べる、ですか? 安部公房でそんな話読んだことがありますね」
「はい、人を食べるです。比喩ではなく、肉として食べたいと思ったことはありますか?」
オタクが突飛のないことを言って”狂っている”と思われたがるのは良くあることなので、肉を七輪で焼きながら適当に当時の私は話を合わせていた気がする。
「人ってどんな味するんですかね。人って雑食だからきっと美味しいんでしょうね。肉食の動物って基本的に美味しくないって言いますし」
「ジョジョですか~? でも気になりません? 味を知ってるほうが創作にも深みが増すと思うんですよ」
「岸部露伴じゃないっすか。でも気になるっちゃ気になるけど、きっと食べられると思いますよ。大体調理すれば美味しいじゃないですか。今食べてるこのホルモンも何の味付けもしないで屠殺したそのままの生のまま食べたら絶対美味しくないですし」
この人は肉を焼きながら何て事を言うんだろうと思った。すぐにその理由が分かることとなったが。
「そういう話ではなくてですね~。知的好奇心ですよ。ある民族では常習的に人を食べるそうですよ。まぁ扇風機さんならその手の話は知ってると思いますけど~」
「言いたいことは分かりますよ。でも食べたいにも色々あるというか、食欲、弔い、性的な倒錯っていうかー、まぁ日常的に食べないものを食べる理由って、そこの関係性と環境が重要なんだと思うんですよ。例えば死に別れる恋人が『私を少しでいいから食べて』って言えば食べるだろうし、『この村では最後に親族一同で食べて弔うんだ』と子供の頃から言われて育ったらそれが正しいと思って躊躇いなく食べると思うんですよ。もちろん好奇心ってのもある人もいるでしょうけど、お店じゃ人の肉を売ってないし、自分を切って食べたりする酔狂な人はそんないないし、それを理由に人を襲う人は狂ってるって言われますよ」
何故か、HALさんがこちらを見ているのが分かり、必要もなく饒舌になってしまった。
「良かった~。話が通じない人だと意味が無かったから今日は来て良かったです~。それでですね~」
その時、彼女が心底「良かった」と言ったのが分かった。何というか、目が、私というか、私の向こう側を見据えており、その見開いた瞳が煙る白い靄の向こうで爛々と光っているように見えたからだ。
「これなんですけど」
その時異様に世界がゆっくりになった事を覚えている。彼女は当たり前のようにソレを七輪の上に転がした。
「――え?」
足の親指だった。
私がそう認識できたのは、爪がついていたからだろうと思う。注文した肉やホルモンたちと一緒に、誰かの親指が七輪の上に転がり、あまりに現実離れした光景に何も言えなくなってしまった。
「ひかりごけ、って読みました〜? 船長の心情……というか、物語をちゃんと理解するためには、それと同じ行為が必要だって私は思うんですよ〜」
私は何故か、その話を聞きながら親指の赤黒い断面を凝視し「骨は抜いてあるんだ」なんてどうでもいい事を考えていたのを覚えている。
「人の肉を食べて初めて、今後の小説でもどんな創作でも、人が人を食べた話を心底理解できると思うんです〜。扇風機さんとメールするの本当に楽しくて、もっとちゃんと話したいって思ったんです。経験のない考察って、真に迫らないと思うんですよ」
「つまり、そのために……親指を持ってきたんです?」
徐々に焼けていく親指、網の跡が黒く焼けつき、肉汁のようなモノが流れ出る。断面から流れる汁はその色と同じく赤黒く、また血が流れ出ているようにも見えた。
「はい! 分かりやすいと思いませんか〜? この肉、私の肉ですから犯罪にも何にも当たりませんし病気もないから安全に食べられますよ」
「あー、だから歩き方がおかしかったんですか?」
「そうなんです〜。昨日の夜切って、血は止まったんですけど歩きにくくて……でもあと少し経てば普通になると思います、以前やった時もそうでしたから」
現実感が無いからか、臆することなく話をする事が出来る自分がいた。
「2回目なんですか?」
「はい! つい最近やってみようと思ったんで……意外と慣れますよ? オススメはしないですけど」
「へー、味はどうだったんです?」
「それは――」
彼女は手早くトングと菜箸で爪を剥ぎ取ると私のお皿に“”親指だったモノ“”を乗せた。
「――これから分かるじゃないですか〜」
僅かに焼け焦げ、タレを纏ったソレは、ブツ切りのウインナーか、もしくは焼く前のシマチョウにも似ていた。
私は案外、躊躇いがなくそれを箸で取り、僅か眺め――口に放り込んだ。
最初に感じたのは熱さとタレの味の濃さ、そして歯を立てると最初こそ強い弾力を感じたがプツッと皮が切れ、肉汁とも血液とも分からない液体が舌に纏わりついた。
感覚としては豚臭さともに乾いて切れた唇を舐めた時のような、ツンとした血の味がした。肉の感覚自体は、肉以上でも以下でもない噛みごたえで、咀嚼するにつれて細かくなり、ミンチになっていくのが分かった。
「そこからなんです」
彼女が嬉しそうに微笑む。発言の意図が汲めず、そのまま咀嚼し、飲み込もうとすると――
「――!?」
何か、喉が塞がれるような、異様な圧迫感を覚える。吐く寸前の込み上げ、と言えば分かるだろうか。一切の嘔吐感もなく、喉が拒否するのだ。
「なんか、入らないんですよね〜」
彼女の言う通りだ、喉が、胃が、口の内容物を受け入れる事を拒否してくる。私は咄嗟に卓上のコップを手に取り一気に水で“”親指だったモノ“”を流し込んだ。
「それしかないですよね〜。で、どうでした?」
私は少しの間を置き、答える。
「貴重な体験でした……どうです? 私の背後に光は見えますか?」
「えぇ、光の輪が見えますよ〜。これでもっとお話が出来ますね?」
そう言って笑って手を合わせた彼女の背後には確かに、光の輪が見えた気がした。
別れ際、彼女は相変わらず足を変な風に動かしながら去っていった。その後私は直ぐに全ての媒体で彼女をブロックした。極力それ以降、神保町には近寄らないようにしている。
私が親指を食べた理由。それは簡単な事で、彼女の
コレを読んだら、連絡ください。待っています。食事の後のお誘いを今度こそしてみたいと思いますのでお願いします。当時のメールアドレスと同じIDでTwitterをやっているのでそちらからでも構いません、よろしくお願いします。
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