「なぜこのプロダクトを作ったか?」に初めから分かりやすさなんてない。プロダクトと同じく長年育て熟成させていくもの。
カレンダーシェアアプリTimeTreeを提供する株式会社TimeTreeの代表取締役 深川です。今年からnoteも書いていこうと思います。
noteでは、会社としての情報発信というよりも1個人としてTimeTreeという会社をやりながらこれまで悩んできたこと、反省したこと、気づいたことなどなどを書いていくつもりです。
なぜ、カレンダーシェアアプリを作ったのか。ストーリーは後付け?
一回目は、なぜカレンダーシェアアプリTimeTreeというプロダクトを作ったのか?について
よくスタートアップでは「起業家の強烈な原体験をもとにプロダクトが作られた」という事例を聞きます。僕の場合はそこまでのものはありませんでした。
今思えば、強烈な「課題感」というよりも「価値観」に起因するものが大きかったです。
僕は子供の頃から「何のために生きているんだろう」「自分って何なんだろう」といったことを必要以上に思い悩む性格で「人生の中でこの時間をどう使うのが最良なのか?」という疑問のようなものが常に頭の中にありました。
そのあたりが「カレンダーシェアアプリ」という、時間とコミュニケーションにまつわる領域を選んだ理由として大きく影響しています。
また、作るプロダクトを選ぶ理由というものはひとつではなく、いろんな角度から考えるものだと思います。
他の誰かでなく自分がやる理由があるのか?自分は課題の当事者なのか?その課題は大きいのか?今は最適なタイミングなのか?何が競合にあたり、自分達は勝てそうなのか?などなど。
こうした理由を、ユーザーや求職者や投資家やメディアやいろんな人たちに何度も話していくうちにひとつのわかりやすいストーリーに収斂していくものであって、最初からわかりやすいストーリーがあるというのは幻想ではないかと思います。
つまり「なぜこのプロダクトを作ったか?」というストーリーも、プロダクト同様に育てて熟成させていくものだと考えています。
きっかけとなった「子育ての忙しさ」。日々はサバイバル
もちろん具体的な課題感がなかったわけではありません。直接のアイデアのきっかけとなったのは子育てです。
起業した頃は息子と娘がまだ小さく毎日本当に大変でした(子育てしている家庭はどこもそうですよね)。
しかも兄妹で同じ保育園に入園できず、真逆の方向の別の保育園をはしごして送り迎えしていました。雨でも降ろうものならもうそれだけで1日の気力体力がなくなってしまいます。
子育てしてる皆さんそうだと思いますが、突然子供が熱を出してお迎えの呼び出しがかかったり、夫婦双方にどうしても外せない仕事が発生したり毎日ハラハラで綱渡りです。
これはもう「平凡な日常」というより、毎日がサバイバルだなと。
そんな中で「この日、お迎え行ける?」「今、保育園から熱出たって電話かかってきた。どこにいる?動ける?」なんて、やりとりして返事を待ってまた連絡して、というのが煩わしく、もっとスムーズに連携できたらいいのにと思っていました。
これが「カレンダーをシェアした方がいいな」と思った具体的な課題です。
時間の意味。選んだ時間が私を形作る
でも「効率的で便利」を提供することだけがテーマでは物足りない自分がいました。
「何のために生きているのだろう」「人生に意味があるとしたら何なのだろう」「幸福とは何なのだろう」そういったことがいつも心の底にぼんやりとあり、それはくだらない悩みではなく大切なことであるという確信もありました。
映画「万引き家族」でカンヌ国際映画祭のパルムドールを受賞した是枝裕和監督の作品に「ワンダフルライフ」というものがあります。
変わった設定の映画で、天国の入り口のような場所に映画スタジオがあり、死者は天国に行く前にそこで「人生で最も大切な思い出」を選ぶ。天国のスタッフがそれを映画として撮影し再現する。
天国へ向かう前には上映会があり、死者はその映像の思い出を胸に天国へと旅立っていく。というあらすじです。
誰しも幸福になるために生きていて、これまで過ごした忘れられない瞬間が自分の中に残り、それを何度も確かめ反芻することが幸福ということなのかな、とこの映画を見て思いました。
過去の中に、いまの自分を形づくる決定的な出来事があったり、自分の人生を豊かにしてくれた思い出や時間がたくさんあります。
そういうものを集めて、覚えておくということが、私の生なのかなと思ったのです。
以前どこかの国のスーパーマーケットの広告で「You are what you buy(あなたの買うものが、あなた自身を形作る)」というコピーを見たことがあります。
同じように「You are what you spend your times(あなたの過ごした時間が、あなた自身を形作る)」なのだと。
子供と水族館へ行ったある日の思い出や、自分の音楽観を変えるような衝撃を受けたコンサート、大事な仲間と出かけたキャンプでのひと時。
そういう時間は、何年経とうと鮮明に思い出せます。あの時になにかの理由で予定を取りやめていたら、自分の人生そのものがいまより目減りしている気さえします。
楽しみな先の予定や約束に生かされている
もうひとつ。
未来の予定が今に意味を与えてくれるのではないかとも感じていました。先の楽しみな予定をカレンダーに書き込むと、その日まで毎日を楽しみに過ごすことができます。
未来の予定がそれまでの時間に意味を与えてくれるのです。
学生時代のバイト先に僕がすごく尊敬する社長がおり、その人がふいに僕に「人は何のために生きると思う?」と訊ねました。
答えられずにいたら「俺は『週末のBBQが楽しみだから』が答えだと思う」と言われました。これはすごい答えだなと。
遠く大きな夢だけで生きていけるほど現実の毎日は楽ではなく、すぐ目の前の喜びだけを追い続けるのも虚しい。ちょっと先の楽しみな約束というのは、ちょうどよい希望なのだなと。
週末にバーベキューの予定をたてて、それを楽しみに仕事をがんばったり、準備したりして過ごす。それが過ぎればまた次の楽しみな予定をたてる。生きていくとは、こういうことではないかと思ったのです。
カレンダーに入れた予定は、そのようなちょうどよい希望そのものなのではないかと。
人類には新しい道具が必要なのでは?
こんなふうに「時間って人生そのもの」であり「予定は毎日を生き抜く希望なんだ」と思うに至る一方で、その時間をどう使うか選ぶのはなんと不自由なんだという苛立ち、怒りのようなものがありました。
自分がどこへいくか、何をするかは、自分一人で決められるものではありません。
コンビニの棚からお昼の弁当を選ぶようにはいきません。家族と相談したり協力したり、会社での仕事の都合も調整したり、お店の席やチケットを予約したり周囲との関わりの中で決めていくことができるものです。
さらに、何に時間を使うか?という選択肢は増える一方です。
世の中の情報は日々増え続けています。今後も増える一方でしょう。情報量が増えると「あれもしたい」「これもしたい」と選択肢も増えます。
例えば動画コンテンツだけ考えても、Netflix, Hulu, Amazonプライムビデオと到底見切れない量の作品が日々公開されています。
コミュニケーションのスピードもあがっています。
のんびり手紙のやりとりをする時代ではなく、SNSで連絡する相手のパスも増え、チャットやDMでタイムラグなくやりとりが行われます。
複数人と同時多発的に、切れ目なくコミュニケーションが行われれば、「この日どうする?」「誰といついく」といった他人との調整の難易度もあがります。
こんな状況でひと1人が使える時間は1日24時間のまま変わらないのです。なのに、世の中のカレンダーアプリはほとんど1人用の道具です。
いまの人類には「予定を選び、管理していく新しい道具」が必要なんじゃないか?それは「共有とコミュニケーション」がキーなのではないか。
そう思ってカレンダーシェアアプリを作りました。
終わりに:読んだ本など
こういったことを一人で考えたわけではありません。チームメンバーとも毎日議論したし、インタビューも繰り返しました。
過去に見た映画、話したこと、やったこといろんなことをつなぎ合わせて考えました。
また本もたくさん読みました。僕の場合、特に参考にしたのはこの二冊です。
「時間」を哲学する: 過去はどこへ行ったのか 中島義道
時間の歴史 ジャックアタリ
選んだ領域の人類史における成り立ちや哲学的な考察などの学術書を読むのは結構おすすめです。
今直面している課題が、絶対的なものではなく、さまざまな社会状況が重なって今このような問題になっているだけなのだという相対化ができます。問題の理解も深まるし、考えられるソリューションの幅も広がると思います。
以上、長くなってしまいましたが、これが「共有とコミュニケーションを前提にしたカレンダー」を考えた理由となった課題感や僕自身の問題意識、疑問、価値観です。
お読みいただきありがとうございました。
次回は「なぜTimeTreeをつくったか?」の会社組織バージョンです。
どんなプロダクトをつくるかと同じくらい、どんな会社にするのかも悩みました。ここも僕の場合は価値観ドリブンでした。というわけで「どんな会社を目指して作ったのか」を書こうと思います。
編集後記ラジオ
書ききれなかったこと、書いた背景などを1人語りしています
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