見出し画像

これからの新型コロナとの付き合い方ー罹患後症状(コロナ後遺症)の知見ー

 気候が良くなったこともあり、最近はすっかり発熱患者さんも減少し、時々来る発熱患者さんも検査を希望する方がめっきり減った印象です。実際に東京都の定点観測ではインフルエンザは0.35でほぼ収束、COVIDも1.48とかなり少なくなっています。(定点報告疾病 週報告分(保健所別) (tokyo.lg.jp)。ちなみに数か月前に大騒ぎしていた麻疹は想定通りまったく発生はありません・・(昨年に引き続き過熱する麻疹報道をどう解釈するか?|水野泰孝 Global Healthcare Clinic (nikkei.com))。ところで5月8日は感染症法5類以降後1周年記念日?ということで会見がありました。

 オミクロン株以降は症状も軽症化し、ワクチン接種や罹患者の増加によって、高齢者も含め個人差はあるものの数日で軽快している方が多くなっています。検査を希望する方も少なくなり、希望して陽性となった場合には抗ウイルス薬を使用することもありますが、投薬によって症状が改善したのか、自然経過で良くなったのか、いまひとつ判定し難いことも多く、高額な薬を急性期のCOVID患者さんに使用する必要性については現場でも賛否両論がある様子です。すなわち、過去のように特別視することは少なくなり、2年前に出版した書籍にも提言したように、ようやく通常の診療のなかに落とし込まれてきたと感じているところです。
感染症専門医が教える新型コロナとの付き合い方 コロナ禍が生み出した「社会のゆがみ」への提言 | 水野 泰孝 |本 | 通販 | Amazon

 それでは今後、社会や臨床現場でのCOVIDの位置づけや私たちがどのように付き合っていくかということになる訳ですが、私の考えとしては以下の図にあるように「LONG COVID(いわゆるコロナ後遺症)」「医療関連施設における感染制御」がこれからの大きな課題であると思っています。今回はLONG COVIDに関する最近の知見を私がこれまで行ってきた講演会資料をもとにご紹介します。

図1 COVID-19の臨床経過
図2 LONG COVIDの病態生理

 LONG COVIDは「新型コロナウイルスに罹患した人にみられ、少なくとも2カ月以上持続し、他の疾患による症状として説明がつかないもの」とWHOでは定義しています。病態生理はまだまだ解明途上ではありますが、仮説としては「ウイルスの持続感染」「感染によっておこる自己免疫の異常」「潜在するウイルス(EBウイルスなど)の再活性化」「組織損傷や機能不全」が挙げられています(図2)。
 症状は様々で日本の研究グループがデータベースをもとに集計した報告では頭痛、倦怠感、精神神経症状が多くを占めています(図3)。

図3 日本におけるLONG COVIDの概要

 最近では体内のセロトニンの低下が関連しているというかなりインパクトの高い報告がありました(図4)。セロトニンが関連する病態は「うつ病」が代表的で、最近の抗うつ薬(Selective serotonin reuptake inhibitors; SSRI)はこのセロトニンの選択的取り込みを阻害する作用があります。実際にLONG COVID患者さんに対してSSRIを投与した効果に関する報告も複数みられています(図5)。LONG COVIDと診断された患者さんの一部には倦怠感が強く仕事ができないなど、うつ状態に類似する症状がみられることがあります。このような背景にはセロトニンの減少が関連していることが可能性として挙げられるかと考えます。

図4 LONG COVIDにおけるセロトニンの減少メカニズム
図5 LONG COVIDに対する抗うつ薬の効果

 セロトニン以外にも炎症物質であるインタフェロン-ガンマ(IFN-γ)が関連しているという報告もあります。IFN-γは急性感染後には減少しますが、LONG COVIDに進行した患者さんでは持続的に高値が続くということです。またワクチン接種によってIFN-γの有意な減少がみられることも判明しています(図6)。

図6 LONG COVIDとIFN-γとの関連性

 それではLONG COVIDの症状はいつまで続くのか?というのが最も気になるところですが、COVIDが発生した2020年頃に罹患した患者さんの追跡調査をした報告がいくつかみられます。日本の報告では2年経過した段階では3割程度の方が1つ以上の症状が残存していたようですが、3年経過すると6%程度まで改善しているということです(図7)。5月9日配信の記事でも同様の内容が報告されていました。コロナ後遺症、2年で6割が大きく改善、緩やかな回復の希望をもたらす最新研究(ナショナル ジオグラフィック日本版) - Yahoo!ニュース また味覚嗅覚障害に関してもほぼ3年で改善するという報告が出ています(図8)。

図7 LONG COVIDの追跡調査
図8 COVID関連の味覚嗅覚障害は3年で回復

 このようにLONG COVIDの病態解明に対して多くの研究や調査がなされることで新たな情報が発信されてはいますが、まだまだ未知の分野であることは確かです。だからといって長く続く体調不良をすべて「コロナ後遺症」と結び付けてしまうのも如何なものかと以前より考えていましたところ、インパクトのある報告が日本から出されました。
コロナ感染後の長引く症状のすべてが後遺症とは限らない~コロナ後遺症外来で見つかった内科疾患から~ - 国立大学法人 岡山大学 (okayama-u.ac.jp)

コロナ後遺症は、世界的な社会問題となっており日本でも診療できる医療機関が増えてきました。しかしコロナ感染後も長引く症状のすべてが後遺症であるとは限らず、特に高齢者ほど他の疾患が見つかる割合が高いことがわかりました。コロナ後遺症の診療では他の疾患が隠れていないかきちんと調べることが大切と考えられます。本研究成果により、コロナ感染後も長引く症状のある方の中には、実は隠れている他の疾患を診断・治療することで症状が改善する可能性があることが期待されます。

コロナ感染後の長引く症状のすべてが後遺症とは限らない~コロナ後遺症外来で見つかった内科疾患から~ - 国立大学法人 岡山大学 (okayama-u.ac.jp)

 メディアなどで「複数の医療機関を受診したが原因不明でやっとコロナ後遺症と診断されました」などといったコメントが紹介されていることがあります。もちろん全面的に否定するつもりはないのですが、COVID前も何らかの体調不良がありどこへ行っても原因不明といわれ複数の医療機関を受診していたような患者さんが、LONG COVIDの概念が出てきたことによって、実は隠れている他の疾患をしっかりと精査もせずに「後遺症」として原因がわかったと安堵している可能性はないでしょうか?またメディアなどではほとんど取り上げられませんがCOVIDワクチン接種後の症状ではある可能性はないのでしょうか?実際に私のところでもワクチン接種後にBrain fogのような症状が長く続くという患者さんが来られたことがあります。
 患者さんにとっては自身の症状を理解してもらえたことで強い安心感につながるのは確かであると思いますが、後遺症外来を掲げていればそれを疑って受診する患者さんに対して医師はおそらく「後遺症ではない」とは言えなくなり、該当する患者さんは永遠に増え続けるでしょうし、医療機関がいくつあっても足りないような気がします。また隠された疾患の治療が手遅れになる可能性もあるかもしれません。COVIDに限ったことではありませんが、先入観ではなく「きちんと調べる」ことは医学の基本であり、一方で患者さんも自身の強い思い込みに留まることなく視点を変えた柔軟な考えを持つこともときには必要なのではないでしょうか。この論文から学ぶべきところはきわめて大きいと考えた次第です。

#日経COMEMO #NIKKEI


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?