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永田和男書評 ヴィンセント・ベヴィンス『ジャカルタ・メソッド――反共産主義十字軍と世界をつくりかえた虐殺作戦』(竹田円訳、河出書房新社)

評者◆永田和男
現代史を新しい視点で振り返る一助になる良書――米国の政策が冷戦期以降、今でも「形を変えた植民地主義」であるという結論を大胆に導き出した
ジャカルタ・メソッド――反共産主義十字軍と世界をつくりかえた虐殺作戦
ヴィンセント・ベヴィンス 著、竹田円 訳
河出書房新社
No.3561 ・ 2022年10月08日

■台湾を巡る米国と中国の対立激化で、「新冷戦」がますます大きな声で語られるようになったこの夏。日本では、衝撃的な元首相の銃撃事件をきっかけに、問題のある宗教団体と、時代錯誤にも聞こえる「反共産主義」を掲げるその関連団体の影響が政権与党に浸透していた事態が明らかになった。
 内外が騒然とする中で読了した本書は、三十年以上前に幕を下ろした米国とソ連を頂点とする冷戦を、反共を旗印とする米国がアジアや中南米、アフリカの国々に対して行った介入を軸にとらえ直し、尖兵となった中央情報局(CIA)による工作を解明しようとする意欲的な歴史書だ。著者ベヴィンスは、米大手新聞社の特派員として東南アジアと中南米を取材した。冷戦が両地域に残した傷痕を見つめ続けて得た実感が、「この世界は、(一九)六〇年代の亡霊たちに取り憑かれているようなもの」だという。
 題名の「ジャカルタ・メソッド」は、インドネシアで一九六五年に起きた「九・三〇事件」と呼ばれるクーデター事件が、その後各国の軍や反共勢力が行った共産党弾圧作戦のひな型になっていたことを指す。九・三〇事件では、まず親共産主義の軍人が陸相らを殺害したが、後の大統領スハルトが率いる陸軍に鎮圧され、二〇〇万人とも言われる共産党員や関係者が殺害された。
 著者によれば、一九四五~九〇年に少なくとも二十三の国・地域で、米国が支援する反共「絶滅」プログラムによる大量殺人が行われた。「反体制派や武器を持たない市民の処刑を実行した兵士たち」は「互いに学習」して、ある「方式(メソッド)」を採用したのだった。「ジャカルタ」の名を冠した作戦による大量殺戮は、少なくとも十一か国・地域で確認されたという。南米チリでは、共産主義勢力への弾圧作戦に先立って、住宅地の壁に「ジャカルタが来る」という不吉な落書きがみられたという。
 各国の兵士たちを結びつけていたのは米国だった。カンザス州の陸軍基地ではインドネシアやブラジルの幹部候補生軍人を集めたゲリラ掃討などの訓練が実施され、軍人同士の交流も持たれた。
 世界各地で繰り広げられた「ジャカルタ作戦」の実態を著者は、ささいな嫌疑で拘束されて暴行を受け、釈放後も「共産主義者」の烙印を押されて暮らすことを余儀なくされたインドネシア人女性や、「どこにゲリラが潜んでいるかわからない」として村全体を焼かれたグアテマラの農民
たちに語らせている。
 インドネシアでは今もタブーとされる事件のことを、同国人の見知らぬ通訳を介して話すのを嫌がる人がいると、著者自ら現地語を猛特訓して率直な話を聞き出したというエピソードに、ジャーナリストの執念を感じた。重みのあるインタビューの蓄積に加えて、外交文書など資料の精緻な分析で、米国の政策が冷戦期以降、今でも「形を変えた植民地主義」であるという結論を大胆に導き出したところが本書の魅力だろう。
 共産主義陣営で行われた残虐行為には、あえて触れていない。ソ連は消滅し、現在の世界でスターリンの粛清やポル・ポト体制の虐殺によって直接構築された部分は実際ほとんどないというのが理由だ。その一方、かつて米ソ両陣営に属さない「第三世界」を模索したインドネシアのスカルノ、チリのアジェンデといった指導者たちを追放した米国は今も、自国主導のシステムの枠外に有力なモデルが生まれる可能性を脅威ととらえている、というのが著者の見方だ。
 この見解に倣えば、中国の台頭もロシアによるウクライナ侵攻も、米主導の世界システムへの抵抗として説明出来るのかもしれないが、それが巷間言われる「新冷戦」につながるのか。日本が冷戦期に中国やインドネシアと築いていた独自の関係や、自民党一党優位の確立に反共運動が果たした役割をどう評価するか。こうした点にも触れた著者の次回作に期待したくなる。訳は大変読みやすい。現代史を新しい視点で振り返る一助になる良書だ。
(桜美林大学非常勤講師)

「図書新聞」No.3561 ・ 2022年10月08日(土)に掲載。
http://www.toshoshimbun.com/books_newspaper/index.php
「図書新聞」編集部の許可を得て、投稿します。

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