Yasushi Kaneko

青山ブックセンター「KOD(研究社オンライン辞書)を使った翻訳演習」の講師、金子靖(研…

Yasushi Kaneko

青山ブックセンター「KOD(研究社オンライン辞書)を使った翻訳演習」の講師、金子靖(研究社編集部)です。同講座の補習のような形で始めた『図書新聞』そのほかでの書評演習。 本を書店で買って読む、論じてみる。 このことを一緒に考えたくて始めた補習です。

最近の記事

信藤玲子評 ローレンス・ブロック『エイレングラフ弁護士の事件簿』(田村義進訳、文春文庫)

翻訳ミステリーの巨匠が魅せる鮮やかな切れ味を堪能できる短編集――肝心の顛末を語らずに、どうやって物語を作りあげるのか? ぜひ実際に読んで確認してほしい 信藤玲子 エイレングラフ弁護士の事件簿 ローレンス・ブロック 著、田村義進 訳 文春文庫 ■「わたしは犯罪者の代理人にはなりません。わたしの依頼人はみな無実なのです」  詩を愛する洒落者の弁護士、マーティン・エイレングラフはいついかなるときもこう断言する。たとえ依頼人が人を殺した事実を告白しようとも、「あなたの思いこみ」と

    • 田籠由美評 八島良子『メメント・モモ――豚を育て、屠畜して、食べて、それから』(幻戯書房)

      著者はなぜ豚を自分で育てて殺して食べようとしたのか――肉を食べる行為が宿す深い意味を追求しようとする熱い思いはしっかりと受け取ることができた 田籠由美 メメント・モモ――豚を育て、屠畜して、食べて、それから 八島良子 幻戯書房 ■■著者は、豚を育て、屠畜し、食べ、この一連の行動を自分のアート作品にして世に問うた。ちなみに「屠畜(とちく)」とは「食肉用の家畜を殺すこと」を意味するという。著者が自分で飼った豚を自分で殺して食べることになぜそこまでこだわるのか気になったので、本

      • 眞鍋惠子評 リュト・ジルベルマン『パリ十区サン=モール通り二〇九番地――ある集合住宅の自伝』(塩塚秀一郎訳、作品社)

        パリの下町で名もなき無数の人々を見守ってきた集合住宅の物語――細い糸をたぐるようにしてたどり着いた二〇九番地の住人たち 眞鍋惠子 パリ十区サン=モール通り二〇九番地――ある集合住宅の自伝 リュト・ジルベルマン 著、塩塚秀一郎 訳 作品社 ■物語の始まりはネットで見つけた地図だった。一九四二年から四四年のあいだにパリから強制収容所に送られた子供の分布を赤丸で示した地図。そこに現れるひとつの建物が本書の主人公だ。タイトル『パリ十区サン=モール通り二〇九番地 ある集合住宅の自伝

        • 柳澤宏美評 ジョシュア・ハマー『ハヤブサを盗んだ男――野鳥闇取引に隠されたドラマ』(屋代通子訳、紀伊國屋書店)

          卵に魅入られた犯罪者――卵泥棒と彼を追い詰める捜査官を中心に、環境問題、アフリカ内戦、ブラックマーケット、博物学や鷹狩りといった歴史・文化の系譜までたどる力作 柳澤宏美 ハヤブサを盗んだ男――野鳥闇取引に隠されたドラマ ジョシュア・ハマー 著、屋代通子 訳 紀伊國屋書店 ■鳥の卵は生命の源ともみなされ、種類によって大きさ、色、柄などさまざまである。本書はそんな卵に魅入られた卵泥棒の犯罪をめぐるノンフィクションである。卵泥棒ジェフリー・レンドラムと彼を追い詰める英国野生生物

        信藤玲子評 ローレンス・ブロック『エイレングラフ弁護士の事件簿』(田村義進訳、文春文庫)

        • 田籠由美評 八島良子『メメント・モモ――豚を育て、屠畜して、食べて、それから』(幻戯書房)

        • 眞鍋惠子評 リュト・ジルベルマン『パリ十区サン=モール通り二〇九番地――ある集合住宅の自伝』(塩塚秀一郎訳、作品社)

        • 柳澤宏美評 ジョシュア・ハマー『ハヤブサを盗んだ男――野鳥闇取引に隠されたドラマ』(屋代通子訳、紀伊國屋書店)

          竹松早智子評 デーリン・ニグリオファ 『喉に棲むあるひとりの幽霊』(吉田育未訳、作品社)

          「消去」に抗い、時代を越えて共鳴する声――救い出された一人一人の声が重なり合い、「女のテクスト」は壮大な文学作品を織り成していく 竹松早智子 喉に棲むあるひとりの幽霊 デーリン・ニグリオファ 著、吉田育未 訳 作品社 ■「これはある女のテクストである。」  この印象的な一文は、本作のなかで幾度となく繰り返される。テクストとは通常、文字で記録された書物や文献を指す。しかしこの物語で「テクスト」と称されるものはその限りではない。たとえば、女性によって口承されてきた詩歌や物語。

          竹松早智子評 デーリン・ニグリオファ 『喉に棲むあるひとりの幽霊』(吉田育未訳、作品社)

          品川暁子評 ジョエル・タウンズリー・ロジャーズ『止まった時計』(夏来健次 訳、国書刊行会)ジョエル・タウンズリー・ロジャーズ・コレクション 1

          かつて一世風靡した美人女優を襲ったのは誰か?――犯人が判明したあと衝撃の真相が明るみに 品川暁子 ジョエル・タウンズリー・ロジャーズ・コレクション <br>止まった時計 ジョエル・タウンズリー・ロジャーズ 著、夏来健次 訳 国書刊行会 ■ワシントンDCの閑静な住宅街、女性は自宅で何者かに襲われ、重傷を負っていた。犯人が殺し損ねたことに気づいて戻ってくることを恐れ、電話で助けを求めようとするが、もうほとんど力が残っておらず、意識も朦朧としている。現在はニーナ・スロークと名乗

          品川暁子評 ジョエル・タウンズリー・ロジャーズ『止まった時計』(夏来健次 訳、国書刊行会)ジョエル・タウンズリー・ロジャーズ・コレクション 1

          永田和男評 ステファニー・グリシャム『ネクスト・クエスチョン?――トランプのホワイトハウスで起きたこと』(熊木信太郎訳、論創社)

          元側近が吐露するトランプ夫妻との愛憎とホワイトハウスの日々――自分だけが中心というトランプ氏の性格を浮き彫りにしている 永田和男 ネクスト・クエスチョン?――トランプのホワイトハウスで起きたこと ステファニー・グリシャム 著、熊木信太郎 訳 論創社 ■本書の帯に「トランプは大統領に返り咲くにふさわしい人間か?」とあるが、著者ステファニー・グリシャム氏(元ホワイトハウス報道官兼広報部長)の答えは「ノー」だろう。なにしろ本人は今年八月にシカゴで開かれた民主党全国大会で演説し、

          永田和男評 ステファニー・グリシャム『ネクスト・クエスチョン?――トランプのホワイトハウスで起きたこと』(熊木信太郎訳、論創社)

          眞鍋惠子評 井上荒野『猛獣ども』(春陽堂書店)

          別荘地での熊害事件、しかし本当の猛獣は別の場所にいた――語りの名手による七つのねじれた愛の物語 眞鍋惠子 猛獣ども 井上荒野 春陽堂書店 ■早朝、山あいに響く悲鳴を合図に物語の幕が上がる。八ヶ岳の別荘地内で、近隣の町に住む男女が熊に襲われて死亡した。この事件があぶり出すふたりの管理人と定住する六組の夫婦の多様な愛の形がつづられるのが、井上荒野の最新長編『猛獣ども』だ。  小松原慎一は、住み込みの管理人として三年前に東京から来た二十八歳。熊の事件当日に着任した小林七帆は、別

          眞鍋惠子評 井上荒野『猛獣ども』(春陽堂書店)

          上原尚子評 スーザン・マン『張家の才女たち』(五味知子、梁雯訳、東方書店)

          家族を支えながら自らの思いを詩に託した清朝時代の女性たち――不思議な本だ。研究書でもなければ小説でもない 上原尚子 張家の才女たち スーザン・マン 著、五味知子/梁雯 訳 東方書店 ■不思議な本だ。研究書でもなければ小説でもない。完全なノンフィクションではないがフィクションというわけでもない。この本は、一体どのジャンルに属するのだろう?   淡い桃色の背景に赤い提灯や扇があしらわれた優美な表紙を開くと、一枚の絵が現れる。〈隣り合った部屋で連句を作る〉ことを意味する、「比屋

          上原尚子評 スーザン・マン『張家の才女たち』(五味知子、梁雯訳、東方書店)

          品川暁子評 P・G・ウッドハウス『スウープ!』(深町悟訳、国書刊行会)

          イギリスに九か国が攻めてきた!――侵攻小説を揶揄したウッドハウスの幻の快作 品川暁子 スウープ! P・G・ウッドハウス 著、深町悟 訳 国書刊行会 ■十四歳の少年クラレンス・チャグウォーターは、ボーイスカウトの若き総長だ。つば広の中折れ帽、ネルシャツ、短パン、茶色のブーツというきちんとした身なりをしている。愛国心あふれる少年は、祖国イギリスの行く末を案じている。だが、家族が国防に無関心だ。父親はディアボロ(空中コマ)に夢中になり、兄はクリケットの記事を読みふけっている。家

          品川暁子評 P・G・ウッドハウス『スウープ!』(深町悟訳、国書刊行会)

          中井陽子評 ルイザ・メイ・オルコット『「若草物語」のルイザのヨーロッパ旅物語』(谷口由美子構成・訳、悠書館)

          一五〇年前の賑やかな女子旅――『若草物語』の著者が勧める自由な旅と経験への投資 中井陽子 「若草物語」のルイザのヨーロッパ旅物語 ルイザ・メイ・オルコット 著、谷口由美子 構成・訳 悠書館 ■本書は『若草物語』で有名なルイザ・メイ・オルコットが記したヨーロッパの旅物語『ショール・ストラップス』に、彼女の別の短編集に含まれるスイスへの旅の思い出を描いた一編を加えたものである。登場人物はお姉さん格のラヴィニア、美しいものに目がない絵描きのマティルダ、フランス語にもイタリア語に

          中井陽子評 ルイザ・メイ・オルコット『「若草物語」のルイザのヨーロッパ旅物語』(谷口由美子構成・訳、悠書館)

          吉田遼平評 フレッド・シャーメン『宇宙開発の思想史――ロシア宇宙主義からイーロン・マスクまで』(ないとうふみこ訳、作品社)

          宇宙を目指す「われわれ」の過去、現在、そして未来――宇宙開発が転換期を迎えている現在、一つの「碑」のような書 吉田遼平 宇宙開発の思想史――ロシア宇宙主義からイーロン・マスクまで フレッド・シャーメン 著、ないとうふみこ 訳 作品社 ■一九六九年の夏、人類がはじめて月を歩いた。「一人の人間にとっては小さな一歩だが、人類にとっては大きな飛躍だ」というニール・アームストロングの言葉とともに、人類の長年の夢が実現し、その栄光の瞬間は歴史に刻まれた。一方でそこに至るまでの過程で生

          吉田遼平評 フレッド・シャーメン『宇宙開発の思想史――ロシア宇宙主義からイーロン・マスクまで』(ないとうふみこ訳、作品社)

          眞鍋惠子評 アマンダ・ゴーマン『わたしたちの担うもの』(鴻巣友季子訳、文藝春秋)

          傷ついても前進するために――未来を信じる詩人は言葉で戦い続ける 眞鍋惠子 わたしたちの担うもの アマンダ・ゴーマン著、鴻巣友季子訳 文藝春秋 ■二〇二一年一月二〇日、米国首都ワシントンの連邦議会議事堂にアマンダ・ゴーマンはいた。ジョー・バイデン第四十六代アメリカ合衆国大統領の就任式で自作の詩「わたしたちの登る丘」を朗読するためだ。詩中に込められた、アメリカの団結を促し分断を修復するために共に立ち上がろうと呼びかけるメッセージは、多くの人に感動を与えた。  大統領就任式で詩

          眞鍋惠子評 アマンダ・ゴーマン『わたしたちの担うもの』(鴻巣友季子訳、文藝春秋)

          滝野沢友理「『英日バイリンガル 現代ゴシック小説の書き方』(研究社)について」

          今回は原稿チェックという形でほんの少しお手伝いさせていただいた『英日バイリンガル 現代ゴシック小説の書き方』(研究社)をご紹介いたします。 「~小説の書き方」というタイトルの本書は、ブライアン・エヴンソンさんの短篇(4篇)、エッセイ(2篇)、柴田元幸先生との対談で構成されています。  そこにあの横尾忠則さんの代表作のひとつである装画が添えられているとなると、もはやどこが推しなのかわからない状況ですが、本書の編集者であり翻訳講座で講師を務める金子靖先生のもとで学んでいる私たち

          滝野沢友理「『英日バイリンガル 現代ゴシック小説の書き方』(研究社)について」

          信藤玲子評 ミア・カンキマキ『眠れない夜に思う、憧れの女たち』(末延弘子訳、草思社)

          自分のしたいことをした「夜の女」たちに会いに行く――前作では清少納言を求めてフィンランドから旅立った作者の新しい旅路を描いた紀行エッセイ 信藤玲子 眠れない夜に思う、憧れの女たち ミア・カンキマキ 著、末延弘子 訳 草思社 ■旅とは失望の連続である。どれほど憧れた地でもいざ現地に行くと、想像していたほど美しくない、混雑している、現地の人と意思疎通ができない……など、こんなはずではなかったという事態が次々に発生する。  フィンランドの出版社に勤めていたミア・カンキマキは、四

          信藤玲子評 ミア・カンキマキ『眠れない夜に思う、憧れの女たち』(末延弘子訳、草思社)

          古森科子評 ロランス・コセ『新凱旋門物語 ラ・グランダルシュ』(北代美和子訳、草思社)

          スプレッケルセンと新凱旋門――大型建造物が我々に問いかけるもの 古森科子 新凱旋門物語 ラ・グランダルシュ ロランス・コセ 著、北代美和子 訳 草思社 ■一九八七年三月十六日月曜日、ひとりのデンマーク人建築家がこの世を去った。ヨハン・オットー・フォン・スプレッケルセン、一九八三年五月にフランスで開催されたテート゠デファンス国際設計競技で最優秀賞を受賞した人物だ。テート゠デファンスはパリのデファンス地区にある広大な区画で、十五年ものあいだ、さまざまな企画が提案・検討されるが

          古森科子評 ロランス・コセ『新凱旋門物語 ラ・グランダルシュ』(北代美和子訳、草思社)