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綾仁美イベントレポート 『わからない』(岸本佐知子 白水社)刊行記念代官山文学ナイト:「佐知子の部屋」vol.20

『わからない』(岸本佐知子 白水社)刊行記念
代官山文学ナイト:「佐知子の部屋」vol.20 イベントレポート
日時:2024年6月28日(金) 19:00-
場所:代官山蔦屋書店
登壇者:岸本佐知子 聞き手:間室道子(代官山蔦屋書店文学コンシェルジュ)

 岸本佐知子さんと代官山蔦屋書店の間室道子さんが文学について語り合う不定期連続イベント「佐知子の部屋」の記念すべき20回目は、岸本佐知子さんの最新エッセイ集『わからない』刊行記念トークショーでした。
光栄なことに『わからない』の書評を執筆することになり、ご招待いただく形でお話を聞くことができましたので、イベントレポートをお送りします。少しでも雰囲気が伝われば幸いです。

 翻訳家・エッセイストとして絶大な人気を誇る岸本佐知子さん。
 オンラインでもかなりの方が視聴されていたそうで、最新エッセイ集を心待ちにしていた参加者からの質問やコメントを読み上げながらイベントは進行してゆきました。
 なかでも一番に取り上げられたのが表紙の絵と「わからない」というタイトルについて。
 目にして以来頭から離れなかったという絵はブラジルの女性画家Tarsila do Amaralの『眠り』という作品だそうです。実は岸本さん最初のエッセイ集『気になる部分』で表紙イラストを担当された方もアルゼンチンに縁があったという不思議な結びつきのお話があり、「当初は深い意味のなかった事柄が後からつながって意味を帯びてきた」というのはまさにエッセイ集『わからない』の世界観に通じている気がしました。
 タイトルに関してもインスピレーション先行だったけれど、後から考えると「自分の人生をよく表している言葉だな」と思ったそうです。
 『わからない』に収録されているエッセイや日記に関しては「頭をアイドリング状態にしてエッセイを書くモードになる」、「日記を書くモードになると色々と変なことが起こる」、「意味がわからなくてもとにかくリズムがいい日記を書きたかった」とおっしゃっていて、わからないことに対してわかったふりをせず、日常の中での違和感や、ふと湧いてくるインスピレーションを逃さず言葉にするのが、古びない魅力を持つ「キシモトワールド」の秘密なのかもしれません。
「頭の中で体験したことは全部本当のこと」という言葉も強く印象に残っています。
 そうして生み出されたエッセイ「危険なキノコ」と「お台場」を岸本さんが朗読するコーナーでは、実際に耳でそのリズムの良さを体感することができ、日常と非日常が混ざり合い、思わぬ方向に進む語りにとても引き込まれました。
 聞き手の間室さんが「日本では翻訳家が批評家のような役割を担っていて、翻訳家の名前で本を買うことがある」とおっしゃっていましたが、これだけ日常に対する鋭敏な感覚を持ち、語りのリズムや形式にこだわりのある岸本さんの新しい訳書を楽しみにせずにはいられません。新しい訳書の刊行は9月だそうなので、その時を楽しみに待ちたいと思います。
 岸本さんと間室さんのコンビネーションも終始素晴らしく、笑いもこぼれる和やかな雰囲気のまま、イベントは終了となりました。
イベントの最後、『わからない』収録のエッセイ「オカルト」の一節を引用して「暗闇の中を歩くとき、明かり取りの窓になるようなものは?」との質問があり、お2人は「暗闇の中に煌々と差し込む光にどれだけほっとするか」を話されていましたが、参加者にとってはこのイベントこそが、肩の力が抜けてほっとする「明かり取りの窓」だったのではないかと思います。本当に素敵な夜をありがとうございました。
(翻訳者/ライター)

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