韓歴二十歳 あとがき
コリアン・フード・コラムニストの八田靖史(はったやすし)が25歳のときに書いた23歳だった20年前(1999~2000年)の韓国留学記。
※情報は当時のもの
<最終章(7)から続く>
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<あとがき>
25歳の僕が書いた留学記はおしまい。このあとがきは43歳になった20年後の僕が書いている。20年前の留学時代はたいへんまぶしく、それは留学記を書いた18年前の姿も同様であった。
過去の文章はだいぶ粗削りではあるものの、若さがゆえの勢いがあり、鮮明な記憶で楽しかった日々を切り取っている。いま振り返ると忘れてしまったことも多く、いまの僕には到底書けないもので、自分自身の書いたものながら少しの嫉妬を覚える。ずいぶん遠いところまで来てしまった。
改めての話になるが、この留学記は2002年5月から7月にかけて書いたものである。大学を卒業した僕は物書きとして身を立てることを目指し、一連の話をまとめて出版社に持ち込むつもりだった。ありがたいことに紹介で、関心を示してくれる編集者と出会い、この留学記は高い評価を受けた。
ただ、出版に際しては企画を改め、この留学記が目指した食を中心とするものではなく、もっと学習寄りの内容にして欲しいとのリクエストがあった。
それを踏まえてすべてを書き直し、翌2003年8月に発売されたのが、僕のデビュー作『八田式「イキのいい韓国語あります。」』(学研)である。
すでに絶版にはなってしまったが、この本を読んでいただくと、また少し違った切り口で僕の留学生活が記されている。登場人物の名前はどちらかが仮名なので、多少異なりはするものの、キャラクターは一緒なのですぐにわかるだろう。機会があれば姉妹作品として読んでいただけるとありがたい。
今回、留学から20年の節目ということで、そのときの没原稿が日の目を見たのはたいへん嬉しいことである。
そもそもこの企画を最初に思いついたのは、ぎくしゃくする日韓関係を見て、自分なりになにかできないか考えてのことであった。過去の留学記ではあるが、留学の楽しさを発信することで、関心を持つ人が増えたり、うまくいけば後押しとなって将来のプロを増やす一助となるかもしれない。
そんなことを期待しながら、久しぶりに過去の原稿を読み返してみたのだが、正直その時点では、
「うん、やっぱり没原稿は没原稿だな」
というのが本音の感想だった。
自分なりに面白くは読めても、酔ってつぶれるような話ばかりで、誰かの参考になるとまでは思えなかった。それでも留学生としての暮らしや、語学的な成長過程、韓国人とのかかわりなど、当時の僕が大事に思ったことは書けている。
結果はどうあれ、発信してみる価値はあるかもしれない。
当初は第1章ぐらいをSNSにアップし、あとはどこかにまとめて読みたい人が読めればいいと考えていた。だが、その反響は僕が思っていたよりも少しだけ大きかった。SNSの力を借りて爆発的に拡散していくことまではなかったが、必要とされるところに小さくコツコツ届くような感覚があった。
最終話まで続いたのは、そんな熱心な読者のおかげであり、深く感謝をする次第である。
もうひとつ予想外だったのは自分自身への影響だった。今回の物語を誰よりも熱心に読んだのが僕だろう。自分で書いたものに感動するほどバカな話はないが、なにしろ自分で書いたことも忘れているぐらい前のこと。
1話ずつSNSにアップしながら、ときに気持ちを熱くし、ときに涙をこぼした(うん、バカだ)。
いまの僕は20年前の僕が憧れた物書きではある。
だが、20年前の僕が思い描いたほどにまぶしい自分であるだろうか。むしろ、物書きになりたくてがむしゃらに書いていた、かつてのほうがまぶしいように思う。
――もっとまぶしい自分になろう――
少なくとも20年後の僕が見て、いまをまぶしいと思えるぐらいに。いずれの『韓歴四十歳』はもっと名作であらねばならない。そして40年後に『韓歴還暦』を書くのだ。
<韓歴二十歳 おわり>
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