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第88回:政策が大きく動くタイミングをキャッチする方法


1)性別変更の最高裁決定と政策への影響

最近、大きな政策変更につながりそうなニュースとして、性別変更の際の「手術要件」を違憲とする最高裁判所の判決がありました。

(以下引用)

出生時の性別と性自認が異なるトランスジェンダーの人が戸籍上の性別を変更する際、生殖機能をなくす手術が必要になる「性同一性障害特例法」の規定(生殖不能要件)が違憲かが争われた家事審判の特別抗告審の決定で、最高裁大法廷(裁判長・戸倉三郎長官)は25日、この規定が「強度な身体的侵襲の手術か、性別変更を断念するかの過酷な二者択一を迫るもの」として、初めて違憲と判断した。裁判官15人全員一致の意見。手術を望まない当事者に性別変更の道が開かれ、国は要件の見直しを迫られる。

性別変更の「手術要件」は違憲  最高裁が初判断 生殖能力なくす性同一性障害特例法の規定 東京新聞TOKYO Web 2023年10月25日 https://www.tokyo-np.co.jp/article/285891

外見的な性別と心理的な性別が一致していないと感じる性同一性障害の方は、「性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律」に基づいて、一定の条件をそろえれば性別変更の請求を裁判所にできるようになっています。

「性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律」では、その要件を以下の5つとしています。

①   18歳以上であること
②   現在結婚していないこと
③   現在未成年のこどもがいないこと
④   生殖機能がないこと
⑤   その体に、別の性別の性器に似たものを有していること

このうち、④の生殖機能がない状態を作るには、精巣や卵巣を切除する手術が必要であると考えられています。

高裁では、変更する前の性別の生殖機能にもとづいてこどもが生まれれば、社会が混乱するとして、④の要件について、憲法違反でないと判断していました。

これに対して、最高裁は、この④の要件について、高裁と異なる判断をします。

最高裁は、

- 性別変更後に元々の性別により子どもを設けることにより問題が生じることは極めてまれである

- 法律上は、未成年でなく成年の子供がいる場合は、性別変更ができるが、大きな混乱が社会に生じているわけではない

一方で、性同一性障害に対する治療として、どのような治療が適切かは、患者ごとに異なるため、医学的にも精巣などの除去手術を要件とすることは医学的にも合理的でなくなっているとして、憲法違反であると判断しました。

※   参考 https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/446/092446_hanrei.pdf

このように、法令が憲法に違反していると最高裁が判断した場合、その法律を所管している役所はその法律が憲法違反である状態を解消するために、改正を行うことになります。つまり今回の裁判所の判断は、政策が変わる大きな「流れ」をつくるものです。このような、政策が変わる大きな「流れ」があることを、政策をつくる現場では「モメンタムがある」というような言い方をします(モメンタムというのは、はずみ、勢いという意味です)。

霞が関の政策担当者は、「よい政策案があるけど、モメンタムがまだ来ていないから実現のタイミングじゃないな」とか「今、モメンタムが来ているから一気に政策を前に進めよう」などと考えたりします。

もし民間から政策提案をしようとするのであれば、こうした政策のモメンタムが来るタイミングを逃さないこと、そして場合によってはモメンタムを「作り出す」ことが大切になります。今回の記事では、この「モメンタム」を引き起こすきっかけや、そのタイミングの掴み方などを具体的に解説します。

2)国のルールや方針を覆す判決

国が裁判に負けるケースは少ないですが、ときに冒頭お示しした性同一性障害のケースのように、国のルールや方針をくつがえす司法の判断が下されることもあります。司法の判断が下ったあとは、政府は速やかに判決の趣旨を踏まえた制度改正を行うことが通例です。
 
裁判の結果で政策が変わった具体的な例として、2014年に実現した、医薬品のインターネット販売解禁があります。
薬局で買える医薬品(OTCといいます)は、副作用のリスクなどを考慮して1類、2類、3類と分類されていますが、かつて、医薬品のネット販売については、厚生労働省が省令(法律、政令の下に位置する法令)で、比較的使用に当たって専門家の管理下に置く必要性が薄い3類以外はインターネットで販売してはならない、という決まりを作っていました。

これについて争われた裁判で最高裁は、2013年1月、厚労省のインターネット販売に関する決まりは法律違反である、と判断しました(専門的に言うと省令の規定が法律の委任の範囲を超えているという判断です)。


これを受けて、同年6月に策定された成長戦略に一般用医薬品のインターネット販売を認めることが明記され、これを受けて2014年の法改正によりインターネットによる一般用医薬品の販売が認められることになりました。

国が裁判で負けるケースの場合、最終的な判決の前にも報道などで、裁判の内容や道行きが世の中に発信されることが多いです。自分たちが進めたい政策に関係しそうな裁判が進行している場合にはメディアの報道などに注意を払い、政策が動くタイミングを逃さないようにすることが大切です。

(執筆:西川貴清 監修:千正康裕)

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