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千正組がサポートした児童相談所のAIツールが、NECと静岡市で構築されました

~静岡市児童相談所で2024年4月から運用開始~



【ポイント】

児童虐待対応の現場を応援するAIツール開発に当たって、千正組はベストなチーム編成や円滑な実証を行うための橋渡しをしました。

  • 有識者やサポート・助言をしてくれる方も含めて、幅広いネットワークを活用して、新しい実証を行うためのベストなチーム編成に貢献しました。

  • 行政をよく知る者として、行政の視点も踏まえて、企業の提案を深め、伝わりやすくするサポートをしました。

  • 行政内部の意思決定の複雑さを知る者として、行政側の立場に立って意思決定の支援も行いました。

  • 企画の検討や実証の段階でも専門性を活かしてサポートをしました。


1.児童虐待の政策の進展

児童相談所における児童虐待の相談対応件数は右肩上がりで上昇し続けています。2022年度に全国の児童相談所の相談対応件数は過去最高の21万9,170件(速報値)となっています。

出典:児童相談所における虐待相談対応件数とその推移(こども家庭庁HP)

こうした状況の中で、国も近年累次の制度改正を行うとともに、児童相談所の人員体制の強化を進めています。

出典:令和4年度における児童福祉司・児童心理司の配置状況について(厚生労働省HPより)

株式会社千正組代表の千正は、厚生労働省勤務時代に2008年夏から2011年夏にかけて、2016年夏から2017年夏にかけてと、二度児童虐待防止対策には携わっており、最も長く担当した分野です。

政策を進めてきた立場としても、近年、児童虐待が大きな社会課題となり、世論の後押しや政治のリーダーシップがある中で、対策が進められてきたことは大変ありがたく思っています。

2.現場の状況

一方で、虐待対応の中心を担う児童相談所の現場の方からは、大変な状況も聞いておりました。虐待対応が増加する中で、経験の浅い職員が増え、経験豊富な職員は難しいケースに対応しつつ、経験の浅い職員の指導もしなければならず、非常に大変な状況になっているということです。また、ベテラン職員が定年を迎えていく中でどのようにノウハウを引き継いでいくのかというのも大きな課題です。

「国の政策も大事だけど、今必要なことは大変な状況の中でがんばっている現場を応援することではないか」そんなことを、強く思いながら関係者との意見交換は続けていました。

3.NECグループとの出会い

そんなことを考えていた頃に、NECグループの方から「児童虐待対応の現場が大変なので、自分たちの技術を活かして、現場を応援するものを作りたい」というご相談をいただきました。

保育所の入所決定のAIツールを開発したチームの方々でした。待機児童対策や保活の負担軽減なども、千正が厚生労働省時代に関わってきた問題でしたが、このチームの皆さんは民間企業の技術を活かして役所とは違うアプローチで課題を解決してきたということです。そういう方々が、児童虐待の問題に取り組みたいということですから、大変心強く感じました。

保育所の入所決定よりも、児童相談所の児童虐待対応ははるかに複雑ですから、大変野心的で難しいプロジェクトです。もちろん企業として開発したツールをビジネスにしていかないといけないわけですが、このチームの皆さんからはそのこと以上に「自分たちの技術を社会に役立てたい」という強い情熱を感じました。

特に、このチームの皆さんについて、強く印象に残っているのは、「自分たちは、たまたま、現場の状況について知識を持っていて、技術開発ができるという恵まれた環境にいる。だからこそ、しっかりと社会に還元しないといけない」という思いを持っておられたところです。

やろうとしていることが難しいということに加えて、一つの機関だけでは実現できないプロジェクトです。すべての関係者の強い情熱がそろわないと実現できません。このチームの皆さんとならできるかもしれないと感じました。

また、株式会社千正組は、社会課題に対する理解、解決するための政策についての知見、政策を実現するためのプロセスの知見、専門家・行政・企業・民間団体・NPOなど自分たちの専門分野における各セクターとのネットワークという独自の強みがありますが、ものを作る能力がありません。常に、ものを作れる方と一緒に活動しています。

情熱と実績のある技術者の皆さんと、我々の特技が合わさることにより、よいものが作れるのではないか、そう感じたので、企画段階から児童相談所のAIツールの開発プロジェクトをご一緒させていただくことにしました。

4.児童相談所との対話

専門家や行政の方など、色々な方との意見交換の機会をいただきながら、NECグループのチームの方々と一緒に企画を進めていきました。千正組としては、児童虐待対応の知識に加え、自治体サイドにとっての有益なものが何かという観点から、議論に参画しました。

実際に、AIツールを開発するために必要不可欠なプレイヤーは児童相談所です。児童相談所が蓄積したデータがないと、AIツールの開発ができませんし、AIツールを実際に使うのは児童相談所ですから、児童相談所の方々が「これなら活用できる」というものでないと意味がありません。

一緒に児童相談所の現場を応援するAIツールの開発を行っていただく自治体を求めて、NECグループの皆さんと一緒に全国を周りました。千正組は、NECグループの技術者の方々と行政の方々の通訳の機能を話すよう努め、意見交換を続けていきました。

たくさんの自治体と意見交換を重ねましたが、最終的に「ぜひ、一緒にやりたい」と言ってくださったのが、静岡市の児童相談所の皆さんでした。行政に限らず、どの組織でも新しいことを始めるときには、トップと現場の方の両方がやる気になっていないと、うまくいかないものです。静岡市児童相談所の皆様は、所長から現場の担当の方まで大変な情熱をお持ちでした。

特に、「自分たちの仕事は、他の専門家が見たらもっとよくできる可能性があるのではないか」とおっしゃっていたのがとても印象に残っています。私たちも、行政のこと、医療のこと、福祉のことをいつも考えています。それぞれ歴史がありますから、今の時代にあった最適な仕事のやり方をつくっていくためには、外部の力が必要と強く思っています。

こういう新しいことをやるときに、既存の業務が止まるわけではありません。児童相談所の職員の皆さんにとっては、ツールができれば業務負担が軽減されるかもしれませんが、開発の段階ではどうしても追加の業務が発生します。職員の皆さんも、そうしたことを飲み込んで、本当に役立つツールを作りたいという強い思いを持っておられました。

5.AIツールの開発

開発・実証の段階においても、トライ&エラーを繰り返しながら、NECグループの技術者の皆さんや児童相談所の皆さんと一緒に、改善の検討をご一緒させていただきましたが、そのプロセスは地道なものでした。

外向けのアピールではなく、「本当に現場で役立つものをつくる」という共通の目標に向かって、立場や専門性の異なる皆さんが協力して開発を進めていったと感じています。ですから、単純に「ケースの危険度を数値化する」という分かりやすいものではなく、「想像力をかき立てるAI」というコンセプトで、ベテランの知見からのアドバイスや過去の類似事例の情報を見て、児童相談所の職員の皆さんが方針を考えることをサポートするのが主眼となりました。そして、実際に対応の質の向上と業務効率化が実証されました。

虐待対応は、どこまで行ってもAIで完全に代替することは難しいだろうと思います。複数の職員(人)が、総合的かつ多角的に方針を考え、そして家庭や環境の変化をとらえて常に方針を見直していくという地道な仕事です。

ですから、児童相談所を応援するAIツールも、分かりやすく機械が判定してくれる(人の判断を代替してくれる)というものではなく、人の判断を助けるものという位置づけになると思います。児童相談所の対応の中でも、危険度の判定や一時保護をするかどうかの判断はその一部です。様々な情報を勘案して多角的な検討を行い、家庭のアセスメントや対応方針全体を考えないといけません。そのため、方針を決める会議を行うことになっています。実証の過程で、AIツールが示した留意点や類似事例を見ながら、児童相談所の皆さんが気づきや必要な視点を得ておられ、議論が深まっていく様子が大変印象に残っています。

地味かもしれませんが、児童相談所の職員の皆さんの考える力、対応能力を引き上げるものとして有効に活用していただければ、とても嬉しく思います。

もちろん、AIツールがあることで、児童相談所の職員の方の負担が増えてしまっては、元も子もありませんので、音声認識AIによる記録業務の効率化などもセットで進めました。

また、開発のプロセスで大変印象に残っているのは、課題が見つかったときに、児童相談所の皆さんとNECグループの技術者の方々は、決して押し付け合いをせずに、一緒に改善を考えておられたことです。こういう関係性がないと、官民連携のプロジェクトはうまくいかないだろうと思います。

そのように関係者が連携して作り上げたこのAIツールが、静岡市児童相談所の対応力向上と業務効率化の一助となることを切に願っています。また、虐待対応を行っている静岡市以外の児童相談所や市町村の虐待対応の現場などにも広がっていくことを願っています。

6.社会課題の解決とセクター連携

社会課題の解決に向けて、何か新しいことに取り組もうとしたら、ベストなチーム編成をしなければ、うまくいきません。ベストなチーム編成というのは、全員が同じ方向を向いて情熱を持っており、必要な特技の人たちがそろっているということです。

そうなると、おのずと一つの組織だけではできません。複数の企業が必要になることも多いと思いますし、企業、行政、専門家などセクターをまたいだベストなチーム編成が必要になります。そして、同じ目標を共有しつつ、関係者の相互理解や目線合わせを常にしていくことが欠かせません。

日本は、比較的流動性の低い社会の中で、縦割り構造がまだまだ根強いと感じます。官民の壁もありますし、民間の中での壁もたくさんあると思います。それぞれの専門家の皆さんの力が結集していけば、必ず新しい社会のニーズにあったものが作れると思います。

そういう思いで、千正組は、国、地方自治体、企業、アカデミア、NPO、スタートアップなど多様なセクターを自由に行き来しながらプロジェクトを進めています。

これからも、千正組のセクターを超えた知見とネットワークを活用し、社会課題や人の生活・困りごとを起点に活動を続けていきます。官民の枠を超えて、また組織間の壁も超えてベストなチーム編成をつくり、多くの人がよりよい仕事ができる、よりよく生きられる、そのための新しいものを生み出すことに、パートナーの皆様と協力しながら取り組んでまいります。

(参考資料1)
2023年10月13日付 NECプレスリリース
(参考資料2)
2023年5月30日付NECプレスリリース

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