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青山泰の裁判リポート 第16回 「お前、頭おかしいよ!」被告人は、被害者の姉を罵倒した。

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法廷と傍聴席の間に、3人の警備職員が傍聴席の方を向いて立っていた。
東京地裁429号法廷は警備法廷といわれ、過激派や暴力団関係者などの公判が開かれる。
傍聴希望者が定員に達しなかったので、抽選はなかった。
法廷の入り口で手荷物を預け、厳重なボディチャックを受ける。
裁判は混乱が予想された。

2024年2月14日、控訴審の法廷は、開廷時間が少し遅れた。
傍聴席から見えない衝立の奥から、女性のすすり泣く声が聞こえてくる。ゴホゴホとせき込んでいる様子も。
声の主は、被害者の姉だった。

両脇の刑務官に挟まれて福島弘被告(仮名・34歳)が入廷すると、嗚咽の声が大きくなった。
肩までのびた長髪の福島被告はグレーのスウェット姿で、少しふてくされた様子で被告人席に座った。

「おい、なんだよ」
判決に被告人の不満が爆発。


「判決を言い渡します。主文、本件控訴を棄却する」
「おい、なんだよ」
裁判長が、弁護側の主張を否定する判決を告げたとたん、被告人は大声で叫んだ。
「ここでは発言しないでください」と裁判長が注意して、すぐに刑務官が福島被告を制する。

衝立の向こうから、被害者の姉が泣きながら叫ぶ。
「『おい』じゃないよ、ふざけんじゃねぇ、ガキが。人殺し」
福島被告は「黙れ、冤罪だろ! 矛盾してんだろう!」と怒鳴った。
ふたたび裁判長からたしなめられる。

「被害者に対し、頸部圧迫により死亡させた……」と、裁判長は判決理由を述べた。
「そこがおかしいだろ」
被告人が絶叫する。
「おかしくない」
そう叫んだ被害者の姉を、被告人が罵倒した。
「お前、頭おかしいよ」

2人の怒鳴り合いは、
エスカレートするばかり。


裁判長は発言を何度も制止するが、二人の怒鳴り合いは、エスカレートするばかり。
「冤罪だよ、冤罪」
「冤罪なわけないだろ。証拠はそろってるんだよ」
お互いに怒号を浴びせ続ける声が法廷内に響き渡った。

その迫力に、約40人の傍聴人は固まってしまった。
私もメモする手が震えて、足がガクガクしたほどだ。

被害者の家族、特に最愛の人を亡くした遺族は、法廷で感情的になることがある。
それまで必死に抑えてきた悲しみや、無念の思いが、吐露してしまう。
被告人を目の前にして、激しい怒りが噴出してしまう。
人間として仕方のない、当然の感情発現かもしれない。

逆に被告人は、法廷では冷静な態度で終始することが多い。
あんなに残虐な事件を起こしたのが、本当にこの被告人なのだろうか、と違和感を覚えることもある。
情状酌量のことを考えて、反省の態度を繕っているのかもしれないが……。

しかし、控訴審では違うことがある。
一審の判決に納得できないから、被告人は控訴したのだ。
弁護側の主張が通らない「控訴棄却」という判決に対して、感情を爆発させるケースも多い。

一審判決は傷害致死罪で、
懲役9年だった。


この事件が発覚したのは2021年9月6日。
埼玉県熊谷市の自宅アパートで、徳山英美さん(仮名・当時27歳)の遺体が見つかった。
3日前から徳山さんと連絡がつかなくなり、部屋を訪れた知人男性が、布団の上で遺体を発見した。被告人とは別の男性だ。

1か月半後に、派遣社員だった福島被告が逮捕された。
事件当日、福島被告はレンタカーで徳山さん宅を訪れた。会うのは3度目。
自宅へ向かう被告人とのLINEのやり取りが、徳山さんの最後の通信記録になった。

福島被告の容疑は首を圧迫して窒息死させた殺人罪。
その後、「殺意を認定できない」と、傷害致死罪で起訴された。

被害者のパジャマの襟から、徳山さんと福島被告の混じったDNAが検出された。
福島被告は徳山さん宅を出た直後、被害者とのトーク履歴やアプリを削除。その後、「LINEの捜査機関への対応」「殺人の刑期」などのワードをインターネット検索していた。
徳山さんが殺害されたことが報道された後も、ニュースの続報を検索し続けた。
これらさまざまな事実を積み重ねて、被告人の犯行を「疑いなく認めることができる」としたのだ。

さいたま地裁での裁判で、懲役9年(求刑は懲役10年)の判決が言い渡された。
裁判長は、「死亡させた結果は重大。不合理な弁解をするなど一切の反省は認められない」と断罪した。

被告人は一貫して
無罪を主張していた。


福島被告は、逮捕されてから一貫して無罪を主張している。
部屋で2人で話していると、徳山さんが突然奇声を上げて、布団に顔を押しつけて泣き始めた、という。

徳山さんは精神的に不安定になることがあり、看護師が定期的に訪問していた。その日も訪れたが、ドアを開けてもらえなかった。それまでも同じようなことがあり、ポストにメモを入れて帰った、という。

福島被告は、その後もしばらく部屋にいたが、徳山さんが回復する様子がないので帰宅することに。
「被害者を殺していない。部屋を出るとき、徳山さんは確かに生きていました」と主張した。

弁護側はパジャマから第三者のDNAが検出されたとして、他に犯人がいた可能性があると、無罪を主張していた。

被告人は「みなさん、
これは冤罪です」と。


裁判長は20分以上にわたって、一審の判決を支持する理由を述べた。
「被告人は被害者宅から帰宅する途中、自動車運転中にも関わらず、LINEアカウントを削除した。報道を気にして、閲覧を続けていた」
そして「一審判決は不合理とは言えない」と。
被告人は腕を組んで、椅子に浅く腰かけ、首を右斜めにかしげて聞いていた。

福島被告は法廷を出ていくとき、傍聴席に向かって訴えた。
「裁判所は、不都合なことを無視した判決をしてます。
みなさん、これは冤罪です」
驚くほど、冷静で、落ち着いた口調に感じられた。

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