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哲学にもユーモアを

ウディ・アレンほど、ちょっとした名言をたくさん作っている人もめずらしいと思います。

"My only regret in life is that I am not someone else."
人生で唯一後悔しているのは、
僕が僕以外の誰かじゃないってこと。
ウディ・アレン

最近、そんな彼の名言をまたひとつSNSでみつけて、さすがだなぁ、と思いました。

一昔前の自分だったらこの文章、単なる笑える自虐ネタだと思ってしまってはずです。彼の名言はこれまでも、あちこちで目にしてるので、きっとこの名言についてもこれまで目にしていて、そのように解釈していたように思います。

でも、いまなら、この名言で彼が言外に含めてる意味が、「人生で最も大切なのは自分自身であること」なんだ、ということがよくわかります。

結局、自分は自分以外になることはできない。だからそうした配られたカードで人生を楽しむしかないし、それが人生でもっとも大切なことだってこと。

でも、それをそのまま文章にしてしまうと、単なるメッセージになってしまいますよね。そこのところを彼はユーモアを込めて自虐的にこのように表現しているんだろうと想像しました。これは本人に確認したわけじゃないから真偽の程はわかりませんが、彼のこれまでの言動を見ていると容易に想像できます。

最初に取り組んだ映画『何かいいことないか子猫チャン』(What's New,Pussycat?)で自分が脚本、出演したものの、監督が別の人になって、納得のいく仕上がりにならず、消化不良に終わり、それ以降自ら監督をやることを決意したり、映画では臆病で冴えない姿が印象的な役柄がほとんどなのに、インタビューを受ける際を見る妥協を許さない姿勢を示したり。

この本の仕事で知り得たウディ・アレンその人は、スクリーンで観客に見せてきたキャラクターとは全く違う。

人になじめず、いつも神経症的な男。自分の欠点をひけらかすことにマゾヒスティックな快感を見出そうとする苦悩の男、自己憐憫の男。 心気症や自己陶酔や優柔不断、その他もろもろの病的な恐怖におびえる男。 こうしたスクリーン上の役柄とはうって変わり、私の前にいたのはプロ精神を持って仕事に挑む男だ。強い決断力があり、まじめで、自覚のあるアーティスト。 彼は創造の領域を積極的に広げ、自分の芸術とビジョンに対する妥協を辞さない。

『ウディオンアレン 全自作を語る』スティーグ ビョークマン著

まぁそんなことを並べ立てなくても、しっかりと自分自身を確立していないと、監督&脚本&主演の三役なんてできるわけないですよね。それだけ自分自身にこだわり続けたからこそ生まれた人生哲学と、それをひとひねりする表現手法。

こんなふうに、誰もが共感する人生訓を、直接言葉にしないで、ユーモアを込めて表現できるのは本当に魅力的。そんなふうに僕もなれたら楽しいだろうだなぁと思います。

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エマ・ストーンがウディ・アレンにツイッターについて、教えてあげてるとき、「ツイッターではちょっとした名言とかをつぶやくのよ。。」みたいな話をして、たとえば、、といったら、ウディ・アレンが「それは僕が言ったやつだ・・」っていうのがあって笑えます。


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