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ソングライティング・ワークブック 第157週:Cole Porter(7)

ミュージカル『Anything Goes』の舞台をを生で見たことはない。私が主に参考にしているのは、2021年にロンドンのバービカン(Barbican)で録画されたDVD(Blu-Rayもある)で、Reno役がSutton Foster(2011年ブロードウェイでこの役を演じていた人。この年演じる予定だった別の人が負傷したためFosterが再び演じることになった)、Billy役がSamuel Edwards、Moonface Martin役がRobert Lindsay、Hope役がNicle-Lily Baisdenというもの。あとはYouTubeにあがっているアマチュアによるものも見ている。

YouTubeを漁れば、Rachel YorkやElaine PaigeやPatti LuPoneなど, ミュージカルスターたちがRenoを歌っている古い映像を見ることができる。歌手の個性の違いもそうだけれど、演出の違いなども見られるのが面白い。

ミュージカルとオペラの違いの一つは、作曲家の立場と言えるかもしれない。ミュージカルでは作曲家はプロダクションの一部であって、プロダクションごとに曲の入れ替えも起こり得るし、キーも楽器編成も尺も変わる。作曲家がひとつの世界を創るという感じではない。オペラでは作曲家が興行主みたいだったり、下手すると自分で劇場を造ってしまおうという人も現れる。そういう全能感はミュージカルの作曲家にはないだろう。作曲家がいなくても、すでにある歌を集めて物語をくっつけてもミュージカルは成立するのだ(たとえば1952年のミュージカル映画『Singin' in the Rain(雨に唄えば)』は、ほぼそのようにできている。話が1927年あたりの、トーキーが始まったころの時代を舞台にしていることもあり、懐メロ集になっている)。

『Anything Goes』1936年の映画版はYouTubeで観ることができる。1934年のオリジナルの舞台でReno役を演じたEthel Mermanがここでも出演しているので、あの伝説の歌手がどうだったかということを知るには良い資料と言える。ただし、舞台の話をだいぶ端折っていて、歌も入れ替わっていて、Porterの書いたものでないものも歌われている。

実は舞台をそのまま映画にするには、当時としては、それこそ「不適切」だった。1934年にHays Code(ヘイズ・コード)と呼ばれる映画業界の自主規制(憲法で出版の自由が保障されている国では、こういう規制は業界の自主規制という形を取る。日本も同じ)が始まったこともあって、Porterの歌詞もその対象だったし、登場人物の行動、話の内容、いろいろ引っかかってしまったのだ(なお、1950年代にテレビの登場とともにしだいに規制は緩くなり、1968年にレイティング・システムにとって替わられた)。

なお、以前にも書いたが、1956年の映画は全く違う話と言っていい。

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近頃は何でもありだね(Anything Goes)(6)

聖職者がコメディに登場する場合

ヘイズ・コードにある規制のひとつに、聖職者をからかってはいけない、というのがある。わざわざそんな規制を設けるというのは、コメディでは伝統的に聖職者というのはよくからかわれるものであったからだ。権威をコケにするのはコメディの王道だ(日本のテレビ芸人はむしろ弱いものを虐めて笑いを取るけれど。そういう笑いの取り方が常道になったのはたぶん、1980年代のことだ)。

聖職者が重要な役を担うミュージカルで有名なのは『The Sound of Music(サウンド・オブ・ミュージック)』(舞台版は1959年、有名な映画版は1965年)、もっと新しいのなら『Sister Act(天使にラブソングを)』(映画が先で1992年、それをもとにした舞台版が2006年)、ミュージカルに詳しい人なら『Guys and Dolls(ガイズ・アンド・ドールズ)』(1950年、映画版が1955年)も知っているだろう。このうち『Sister』と『Guys』ははっきりとコメディだ。

ところで、コメディで聖職者の扮装(カトリックのシスター、救世軍の制服、その他法衣)をしている役者を見ると、何となくコスプレ感がしないだろうか?コメディでなくとも、『The Sound of Music』でシスターたちが歌うところはちょっとおかしな感じがしないだろうか。

シスターが主人公Mariaを励ますために歌う『Climb Ev'ry Mountain』だって、平たく言えばシスターの立場でありながらMariaに「やっちゃえ」と言っているわけでおかしいと言えばおかしい。スロベニアの哲学者Slavoj Zizek(スラヴォイ・ジジェク)が講演で話していたが、昔のスロベニアで上映されるときにはあの歌はカットされていたそうだ。スロベニアはカトリックの国である。Rodger & Hammerstein II(ロジャーズとハマースタイン2世)のコンビはミュージカルにモラル、教訓、登場人物の気付きと成長、といった要素を盛り込んだ人たちだけれど、意外とsubversive(権威やシステムを覆すような)なものが隠れていたりする。

Blow, Gabriel, Blow(天使ガブリエル、ラッパを吹け)

『Anything Goes』では本物と偽物の聖職者が登場する。本物の方は登場して間もなく誤認逮捕されてしまうので、船上に残るのはギャング(Moonface Martinという役名)が扮している偽物だけだ。

Renoはナイトクラブ歌手だけれど、以前はevangelist、つまりキリスト教の伝道者だったという触れ込みになっている。4人のコーラス隊/ダンサーを従えて乗船するのだけれど、彼女らは天使たちと呼ばれている。

船上のショータイムでは、彼女らは法衣のようなものを着て登場し、客に懺悔させるのだ。そして音楽が乗ってくると、彼女らは上着を脱ぎ棄て、テーブルダンスまがいのダンスを踊る。

上に挙げた動画は2012年にRachel YorkがRenoを演じたもの。

スピリチュアル風メロディ

十代の頃、ミュージカルのために書かれた歌なのにスピリチュアル(黒人霊歌)の歌だと思い込んでいた歌がある。Jerome KernとHammerstein II(ジェローム・カーンとハマースタイン2世)によって書かれ1927年に初演された『Show Boat』の『Ol' Man River(オールマン・リバー)』だ(映画版は1936年)。

こちらはまじめな歌。Jerome Kernの歌としては珍しく政治的な傾向がある(1920年代はsegregationが進み、Ku Klux Klanが活発だった)。

ペンタトニックを多用した単純で力強いメロディと単純に聞こえる和声でできている。こういう教会風の曲調で、ミュージカルのために書かれたものはいろいろある。

Sit Down You're Rocking the Boat(座れ、船が揺れるぞ)

Frank Loesserの『Guys and Dolls(野郎どもと女たち)』ではギャンブラーたちが救世軍の教会で懺悔をするシーンがある。そこで一人の脇役のギャンブラーが歌う『Sit Down You're Rocking the Boat』はとても人気がある歌だ。これも『Blow, Gabriel, Blow』と軽快になる部分では同じようなスタイルの音楽になる。

『Ol' Man River』と『Blow. Gabriel、Blow』を合わせたような感じが面白い。

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