ソングライティング・ワークブック 第184週:Leonard Cohen (5)
「insecurity」の状態から逃れることは難しい、か?
思い出す小説
とくにLeonard Cohenと直接関係あるわけではないのだけれど、insecurityと言えば、私が連想する小説がある。イギリスの脚本家、映画作家が書いた『Intimacy』という小説だ。6年間一緒に暮らしたパートナーと二人の幼い子供を置いて愛人のもとに去ろうとする中年男の、その去るまでの24時間に彼の頭の中を駆け巡るいろいろな考えや感情をだらだらと書き連ねた感じ。主人公はライターであって、基本的に作者自身だ。日本でいう私小説である。
面白い、と言えば面白い。でも嫌いな人は嫌いなはずだ。言葉を重ねれば重ねるだけ虚しさが増す。どんなに深そうなことを言っても、賢そうなことを言っても、正直そうなことを言っても、もはや自分で言っていることを信じていない、そういう感じ。そんな状態もinsecurityと呼べるだろう。
かなり有名な小説で映画化もされている。日本語訳もあったと思う。忘れたけど、なんか変な邦題が付いていたように記憶している。
さて、今回はこの歌について。
Your Famous Blue Raincoat
12月の朝の4時、君は元気になったかな、と思って手紙を書いている。ニューヨークは寒いけど、住んでいる場所は好きだ。クリントン通りでは夕べの間ずっと音楽をやっているよ。
朝の4時。早起きしたのか眠れなかったのか。誰に手紙を書いているのだろう?「I hear that you're building your little house deep in the desert」―どうやら人から離れて暮らしているらしい。疎遠になった友人か?
「Janeがうちに立ち寄って来てくれた。君の髪束を持ってね。君がくれたと言うんだ」。一束の髪を形見として持つのは、ヴィクトリア時代のイギリスなどで行われていたようだ。
「go clear」は文脈から「別れる」「縁を切る」という意味だろう。で、すっきりしたのかい?
すっきりさよなら、というわけではなかったようだ。「the last time we saw you, you looked much older / Your famous blue raincoat was torn at the shoulder / You'd been to the station to meet every train / And you came home without Lili Marlene」weは話者とJaneか?君はずいぶん老けた。有名な青いレインコートは方のところで破けてた。君はやって来る列車を全部確かめるためにずっと駅にいた。でも君のリリ・マルレーンはいなかった。それで仕方なく帰って行った、という感じ。
吹っ切れてなかったのだ。Lili Marleneは大戦中に流行った歌で、いくつかのヴァージョンがあるけれど、歌詞によって恋人だったり娼婦だったりする。trainと韻を踏むために選ばれたのだけれど、面白い選択だと思う。要は未練があった、ということだ(大昔寺尾聡が歌った『ルビーの指輪』の結末に近い)。
次に、手紙を書いている私とyouとJaneの関係が明らかにされる;
「君は私の女を軽く扱って、戻ってきた彼女は誰の妻でもなかった」Janeの方はもうすっかり目が覚めている;
バラの花咥えてる薄っぺらなジプシー泥棒の君が見えるよ。でもJaneはもう目覚めている。よろしくと言ってるよ。
自分に送る手紙?
ジプシーは前回紹介した『So long, Marianne』でも出てきた言葉だ。実際この歌のyouとIは実は同一人物(Cohen自身)という感じがする。自問自答というか、自家撞着している。
自分を許せない、許したい。というか、罪の意識があって罰せられたいのだ。甘えと言えば甘えである。
そしてもっと変なことを言う;
もし私たちを訪ねてくるようなことがあったら、私は眠ってるからJaneは自由だよ。でも、そんなことはないと思ってるからそういうことが言えるのだろう、ということが続く言葉でわかる;
Janeの前から姿を消してくれてありがとう、私はそんなこと試してもみなかったけどね、という意味だろうか?今でもJaneと暮らしている自分が一方にいて、他方別れて遠くでJaneを恋しがっている自分がいる。そういうことなのかな?
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?