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ソングライティング・ワークブック 第43週:縦のコントラスト

ここではソングライティングの範疇を超えて、より一般的に音について考える。同時に鳴っている複数の音の流れについて考える。

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同時に鳴っている複数の流れに、それぞれの性格を与える

聴く人がどのようにパターン認識するか意図して書く

私たちは何を見ても、何を聞いても、パターンを見出す。レセプター(目、耳)だけでは光や音の洪水があるばかりだが、脳がパターンを見出すから、ベランダの下で猫がけんかする声と車の音と呼び鈴の音を混同することはない。

逆に脳がパターンを見出すから錯覚も起こる。シャワーを浴びていて電話が鳴ったように聞こえるときなどだ(昔の電話を知らない若い人にはそんなこと起こらないのかな)。録音などの製作技術は錯覚を利用する。

ある程度訓練された耳はピッチやコードも聞き取る。拍子もわかる。誰かがちょっとずれただけで「あ、跳び出したな」と意地悪に指摘したりもする。叩いて鳴らす音と吹いて鳴らす音と擦って鳴らす音を聴き分ける。遠くの音と近くの音を聴き分ける。

今では私たちにも買えるようなコンピュータも、パターン認識能力が高くなってきている。演奏を聞かせればピッチだけでなくキーやコードや拍子まで認識しようとする。それにはコンピュータの解析速度の進歩だけでなく、認知科学の進歩も背景にあるのだろう。

けれど、私たちやコンピュータがパターンを認識できるということと、聴く人がどのようにパターン認識するか意図して書くこととは、また違うことである。

同時に鳴っている複数の音の流れというと、対位法(メロディとメロディを重ねる方法)を思い出す人もいるだろう。でも、一般的にアカデミズムで実施されている対位法は、ごく限られた範囲での複数の音の流れの扱い方を考えるものである。伴奏とメロディだって同時に鳴っている複数の音の流れだし、アコギの弾き語りだろうが、バンドだろうが、ラップトップで創るEDMだろうが、アンビエントミュージックだろうが、ノイズミュージックだろうが、同時に鳴っている複数の音の流れについて考えることでは同じである。そしてそれは対位法を勉強しないとできないというようなものではない。むしろ、今あなたが将来対位法を学びたいと考えているとしても、理論だエクリチュールだということはひとまず置いて、先にいろいろな音を無邪気に重ねて遊んでみて聴いてみるということは必要だし、役に立つと思う。今はそんなことがスマホひとつで簡単にできる。

今部屋にいて聞こえる音

同時に並行して鳴る2つの音の流れを聴き分けられるようにするものは何かを考える

今改めて座って静かに聴いてみると、私の身体に対する位置というのは重要であることがわかる。車の流れは私の背後7時の方向から、鉄橋を渡る電車の音は私の前2時の方向からやってくる。隣の建築現場の音は1時の方向。時折低い音が私の頭を押さえるように鳴る。背後の車の流れも大きいものが通れば後頭部に響く。また、範囲というのも重要だ。広く空間を占める音と、そうでない音がある。移動する音があり、いつも同じところからやってくる音がある。

位置以外には、持続の長さや頻度、始まり方(アタック)、終わり方(ディケイ)、規則性など、「リズム」にあたる要素があり、いろいろな倍音を含む「ピッチ」の要素がある。「音色」はこの両者によって作られる。そして音の強さの違いがある。近くからやってくるけど弱い音、遠くからやってくるけど大きい音がある。

私たちはピッチのあるものに敏感だ

多くの環境音はホワイトノイズでできている。ピッチを「c2」だとか、聴いて定めることができない音だ。たまにアスファルトを切るカッターのやかましい音からD9のコードが聞こえてくるというようなことはあるけれど(倍音が聞こえている)。いっぽう、動物の鳴き声には一応のピッチがある。人の話し声にも一応のピッチがある。だから例の「号泣議員にギターを付けてみた」というようなことができるし、鳥の声を採譜してピアノ曲にしたというMessiaenの例もある。ピッチはコミュニケーションのツールだ。私たちはピッチの変化に他者が何かを意図をもって伝えようとしていることを感じ取る。だから私たちはピッチにことのほか敏感だ。私たちはピッチのあるものを、ないものから聴き分ける。

Steve Reichの『The Cave』では録音されたインタビュー(旧約聖書の登場人物についての現代人のコメンタリー)に楽器の音が重ね合わされる。

MessiaenやReichの例はノイズや複雑な倍音をたくさん含んでいる音を敢えて西洋音楽で言うところの楽音を鳴らす楽器に翻訳したという面白さがあるともいえる。人のスピーチは純音とノイズの間にあって、それを翻訳するための楽器を、私たちは伝統的に持っている。

口琴とかもそうだけれど、今のテクノミュージックのほうがむしろそういう伝統的な楽器に近かったりする。

「楽音」での縦のコントラスト

DAWであれ、オーケストレーションであれ、ピアノのようなひとつの楽器のための作曲であれ、「一枚のカンバス」の中に音を収めるにはいろいろと考慮しなければならないことがある。

まず、弱い音は強い音にかき消される。とくに音域が重なっているとそうなる。音域によっては大勢が鳴らしている音の塊を超えて飛びぬけて聞こえることもある。ピッコロフルートの高音域はオーケストラがトゥッティでも飛びぬけて聞こえることが多い。ミキシングをする人は、イコライザーを使って要らない(聞こえない)低周波をカットしたり、ある周波数を強調してある楽器がよく聞こえるようにしたりして、無駄に音を重ねないようにしているだろう。マイクを使わないコンサート用の音楽を作る人は、オーケストレーションの段階でミキシングと同様のことを考えるだろう。

同時に鳴っている場合、和声的には高い音は低い音に支配される。高音で明るいメジャーのコード、低音で暗いマイナーのコードを鳴らして明暗のコントラストの効果が得られるというものではない。

メロディにGメジャー、Fメジャー、Cメジャーのコードの構成音を使っても全体の雰囲気は低音のAマイナーに支配される。上の例ではメロディと伴奏の間には音価と音域と規則性の点ではコントラストがあるが、和声的な明るさのコントラストはない。

もし、ピアノが弾けて楽譜が書けるのなら、でたらめでいいから2つないし3つぐらいの極端に性格の違う流れを書いてみればいい。ピアノを使ってスケッチするということは、鉛筆や木炭で色付けしないで描くことに近い。とりあえず和声理論などは無視する。その場合コントラストを作る要素は、音域、密度、運動の仕方である。それぞれの流れに繰り返しのようなものがあれば、それぞれの性格がはっきりして、一貫性を得やすい。

 

もちろん普通の音楽を書いてもいい。ピアノ初心者用の古典的なソナチネ風のものの多くは、メロディに4分音符より長い音が多ければ伴奏はコンスタントに8分音符で刻むなど、コントラストに気を使って書かれている。

こじんまりしたものにはこじんまりしたコントラストがある。そういうことだけをやり続けてもいいけれど、極端なことを試すのはいろいろ刺激になる。

コントラストとグラデーション

Count Basie and the Kansas City 7—Count Basie(ピアノ、オルガン)、Thad Jones(トランペット)、Frank Wess(フルート、アルトフルート、tracks 2、6 & 8)、Frank Foster(テナーサックス、クラリネット、tracks 1、3-5 & 7)、Erik Dixon(テナーサックス、フルート、クラリネット)、Freddie Green(ギター)、Eddie Jones(ベース)、Sonny Paine(ドラムス)、J. J. Johnson(トロンボーン)—による演奏を聴いてみよう。

ギター、ベース、ドラムがトン、トン、トン、トンとコンスタントにリズムを刻み、この3者で一体のような感じになっている。その上で管楽器が多様な動き方を見せる。そこにひとつのコントラストがある。ピアノは時折ちょこっと入ってくる。その頻度の少なさ。気まぐれさ。それから高音域を多用すること。このこともコントラストを生み出している。

管楽器群の中での互いの関係を見てみよう。はっきりしたコントラストはソロ演奏と2管以上の楽器によるリフやオブリガートとが並行している部分にある。一方は自由闊達に動いて、一方は決まった形を繰り返す。

管楽器同士ではコントラスト以上にグラデーションを生み出すことに注意が払われている。フルートやクラリネットはほかの音に対して溶けやすいから、混色の効果は大きい。

またテーマやリフを複数の演奏者で演奏する場合にも、ユニゾン、同じリズムで同じ方向に動いてハモる場合、違うことを演奏する場合、など、グラデーションを作ることができる。

課題68

  • 外に出歩いたり、部屋の中にいたり、いろいろな場所で音を録音してみよう。できればGarageBandのような多重録音できるアプリを使う。音を出している対象に近づいてもいい。たとえば工事現場の発電機や部屋の換気扇など。各トラックに録音して、後で同時に再生して聴いてみる。どの音が飛びぬけて聞こえるか?また、ある音がよく聞こえるように狙って録音することも試してみよう。

  • GarageBandのようなものを使っているのなら、その録音した環境音に何かアプリの中のヴァーチャル楽器の音を重ねてみよう。あるいは何かしゃべって録音してみよう。生楽器を足してもいい。

  • ピアノやオルガンやシンセサイザー(音色はスプリットしない)を使って、2つないし3つのそれぞれ性格の違う音の流れを書いてみよう。それぞれの流れがそれぞれ特徴的な運動の仕方をするようにする。

  • そうやって書いたものに、たとえば2オクターブ上にダブリングするとか、不規則な音程で重ねてみたりして、グラデーションを付け加えてみよう。

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