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「こんな音にしたい」という意志をどうやって持つか?(3)

作曲家の意志によって音を選ぶというのとは違う作曲について考えてみる。すぐ思いつくのは自然とか環境をトリガーにして音を発するような仕組みを作ること。もう一つはコンピュータなどの機械が音を選ぶようにすること。また、発せられた音を音楽として聴くという聴く側の態度も音楽を成立させるのに必要だ。

ザダルの波オルガン

前回の投稿で紹介したDisquiet Juntoという企画(ミュージシャンたちがミュージックライター、マーク・ヴィーデンバウムから毎週出される課題に応えて作品をアップするというもの)は、ある音楽作品を創って、それを環境によってリズムが乱されるようにその環境の中で演奏するというものだった。たとえば、あるメロディを基にして一連の風鈴を作って風に演奏させるというのもひとつの方法だろう。

そこで思い出したのが、クロアチアのザダルという愛らしい港町にある、波によって演奏されるオルガンだ。複数のパイプが仕掛けられていて、海水が出入りすることによって鳴る。ニコラ・バシッチの設計によって2005年に完成した。

オルガンの上には、何と呼べばよいのか、円形の広場があって、夜になるとその床面が昼間に集められた太陽光と波のエネルギーによって、いろんな模様を描きながら光る。

ある場所に、特定の雰囲気のある空間を作るということが目的であれば、素材を限定して、ある条件で鳴らされるということを考えればよい。その限定する度合いによって、効果が変わってくる。

たとえば、アンビエントミュージックの元祖として名高いブライアン・イーノ(Brian Eno, 1948-)の『Music for Airports』では、非常に音の選び方がコントロールされていることがわかる。決まったメロディ(音列)がだいたい定期的に繰り返される。ゆっくりしていても、リズムがある。

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空港の展望ラウンジや込んでないときのロビーで感じる落ち着き―まるで空を飛ぶことへの恐怖を忘れ去ることができるような雰囲気―を与えるのにこのイーノの音楽は役立ちそうだ。人工的な、守られた空間。このnoteの最初の投稿で触れた、カオスに抗するための音楽。音楽の起源。人工的な羊水。吉村弘芦川聡

ちょっと想像してほしい。例えばこの空港の音楽がザダルのオルガンのように、その時の風向きや風力や天気で変わるようなものだと、人は恐怖を覚えないだろうか?ザダルのオルガンのちょっと不気味な音は、それがそれだけより自然に近いという証だ。自然とはそういうものだ。人類が滅びようが地球の知ったことではない。

ザダルのオルガンのような「環境彫刻」には、ビル・フォンタナ(Bill Fontana, 1947-)という先駆がいる。フォンタナの場合、ジョン・ケージの影響を受けていて、より積極的に聴くことに焦点がある。だから彼の作品のでは、しばしばパイプやワイヤにコンタクトマイクが取り付けられる。空調の排気口やアスファルトを切るカッターの音からナインスコードが聞こえた経験をした人は多いと思うけれど、そういう発見を助ける(別にコンヴェンショナルなコードを見つけることが目的ではないが)ことが、フォンタナの作品の目的と言える。顕微鏡や望遠鏡で分子構造や星空の秩序を見つけようとするのに近い。対してザダルの場合は、音を通じて環境に触れようという試みであると言えるだろう。目的と手段が少し違う。

音を用意する:音を並べる

作曲するときには、いろいろなことを決定し続ける。決定しなければならない事柄はいろいろあるけれど、二つに大別できる:1.音を用意する(限定する、想定する、もともと潜在的にあるものを顕在化する等);2.音が演奏される順序を決める。1、2共に、偶然にゆだねるというのもひとつの決定のやり方だ。実際には、決定の度合いは全くの確定と全くの偶然の両極の間のどこかに収まる。なお、1と2はどちらかが先でなければならないということはなく、どちらが先に行われることもあるし、同時に行われることもある。

1にはいろいろなレベルのものが含まれる。楽器、機械、音素材(サンプルや録音など)、環境や自然の音など、音そのものの選定から、調律やモード、音列、調、といったものの選定もある。楽器の選定が調律やモードを決めてしまうこともある。録音された素材自体に2の「音の現れる順序」ができている場合もある。「もともと潜在的にあるものを顕在化する」とはビル・フォンタナのようにマイクで環境の音を増幅する例のことを言う。

作曲をプログラミングとすれば、2こそがプログラミングの作業にあたると言えるだろう。ただ、これも1の作業を拡大して2に近づけることができる。つまり音素材に加工を重ねるということだ。アナログシンセサイザーでも、波形の操作でアルペジオや音形を作ったりすることができる(キーをひとつ押しっぱなしにしてアルペジオや音形やリズムが「音色」として出てくる場合のことを言っている)。これは音がもともと潜在的に持っている規則性(倍音、干渉などの物理的に持っている属性)が顕在化したものと言える。ザダルのオルガンでは、いろいろな長さのパイプを用意することが1で、2の音が現れる順序(速さ、強弱、密度も含む)は波が請け負う。

波にも潮にも規則性はあるので、リズムがある。自然には秩序があって、カオスではない。また、数学理論によると、カオスもまたランダムということとは違うらしいけれど、この辺のことは私には理解できていない。

規則性とランダムさ

私はコンピュータプログラミングには疎いのだけれど、80年代から90年代ぐらいのパーソナルコンピュータのことを思い出せば、コンピュータが得意な作曲はパターンを作ることと、ランダムに音を発すること、それからそれらの組み合わせであることは推測できる。作曲家三輪 眞弘(1958-)が作曲を学んでいたころ、無調の曲を書くという課題を与えられて、12音がランダムに発せられるプログラムを書いたということを彼自身のエッセイで読んだことがある。高橋 悠治(1938-)がパターンがパターンを呼ぶようなプログラムでサンプラーを演奏していたのを見たのが90年ごろだったか?

ここでプログラミングという言葉について注意したいのは、これから考えようとしていることで言うプログラミングは、一般にダンスミュージックやポップスで言われているシーケンサーのプログラミングとは違うことだ。シーケンサーのプログラミングは機械が音を選ぶのではなくて、作曲者(プログラマー)が音を選んでいる。普通の作曲とそう変わりはない。

パターン発生装置や音列発生装置を作った場合は製作者が途中まで作曲したということになる。もっとも普通の作曲でも、作曲家がゼロから作ることはあり得ない。モード、調性、コード、音列、どう音を選ぶかという決まり、あるいは作曲者の趣味、文化、そういったもので作曲は途中までなされていると言える。

AIによる作曲はどこまで進歩したか?

AIによる作曲として、商用が始まっているもののひとつにAIVAというものがある。AIVAが創った音楽の例がYouTubeに挙げられているのを聴いて、低予算のドキュメンタリー番組やニュースのBGMとしてはこれでもいいかもね、と感じた。転調したりするのは苦手そうだ。エオリアンモードの音楽が多いというのも、そうだろうな、と思う。もうひとつ、Orb Composerというのがある、こちらはそれほど大言壮語はせず、作曲の補助に、と謳っている。つまり、いろいろなパターンを素早く作ってみせ、作曲家はそこから選ぶ、というわけだ。

一般に人々が思いつく、あるいは見てみたいと思うだろう作曲AIは贋作製造機だろう。つまり、バッハやベートーヴェンやモーツァルトやショパンのスタイルで書くことができるAIだ。それには作曲家デヴィッド・コープ(David Cope, 1941-)の試みがある。作曲例もYouTubeにたくさんあがっている。次回はそれについて考えるところから始めてみたい。参考図書として数学者でポピュラーサイエンティスト(科学に疎い人に科学を説明する人)ハナ・フライ(Hannah Fry)の『Hello World- Being Human in the Age of Algorithms』という本を使うだろう。


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