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約束の話

参考楽曲
WHITE JAM / SORRY
https://www.youtube.com/watch?v=8CxSUtwJmgE

WHITE JAM / WHITE LOVE
https://www.youtube.com/watch?v=GOusl_Xpus0

1.
大昔に書いた化石のような曲を 
友人たちが蘇らせてくれた。
現代の技術に感謝だ。
三葉虫が動きだすなんて まさにリアルSF。
その曲を聴きながら 
池尻大橋をぶった切る太い高速を乗せた
あの無機質な陸橋を ぼくは思い出している。

クリスマスソングが街には流れていて
ぼくはそのうちの数曲を書いたことがある。

その全てが 会えないという歌で
実際 曲を書いていた頃 
ぼくはクリスマスに
好きな人には会えなかった。

仕事が終わる頃にはとっくに十二時どころか
二時も三時も過ぎていて
それでも疲れ果てた身体をひきずって
池尻大橋の ふたりの家に帰ると
ひとりで毛布に包まる彼女の背中と
すっかり冷めてしまった
彼女の作ったぼくの好物たちが
聖夜の悲しみを雄弁に語るだけだった。
それは今まで ぼくが見た表現の中で
一番生々しくて 一番伝わる表現方法だった。

翌朝 
仕事に行く前に昨夜をごまかすように
なけなしのギャラで買った
安物のネックレスを渡した。
彼女は朝から泣いた。泣いてありがとうと言った。
ぼくらはしあわせで しあわせじゃなかった。

0.
2022年のクリスマスの夜。
今まで守れなかった約束を
数えてみることにした。
すると波の音がして 
いつの間にか寒い冬の海辺にいる自分に気づく。
砂浜の砂のひとつぶ ひとつぶを 
ぼくは数えている。
暗い聖夜の向こうでぼくに数えられるのを待つ間
キャンセルした予定たちは 
誰にも守られずに 凍えている。

2.
胸が裂けるほど痛くて
胸が裂けるほどくずだった。

二時過ぎ スタジオでまたタイピングする。
何かをつかむようにして。
頭の上に走る もやもやをつかむように。

曲を書くのは ぼくにとって
幸せになる方法を探す 唯一の術だった。

お金を稼ぐとか 有名になるとか
いろいろな下心を抱えながら
それも含めて 幸せになりたいと
切に願っていた気がする。

この曲も そんな風にして書いた。

好きな人に幸せになってほしくて
自分を応援してくれる人たちにも
そして もちろん自分も
幸せになりたかった。

みんなが幸せになったかは わからない。

多分 ならなかった。

ぼくはくずだったから。

当時の彼女からは
「こんな曲書いている暇があるなら
帰ってきてよ」と言われた。

当時の仲間からも嫌われてグループは解散した。

ファンの人まで 泣いていた。

今では みんなが正しいと思う。

けれど この曲を書いて
よかったとも 思う。

何が本当の正解か わからないまま
僕の前には 守れなかった約束だけが
寒そうに凍えている。

ごめん、ほんとに。

3.
約束は守れるうちに 守る方が良い。
曲なんて 書いていないで だ。

曲を書いていなければいけない夜もある。

つまり 仕事をしなければいけない夜も。

それでも約束は守った方がいい。

それは道徳的な意味でも
社会通念的意味合いでもなくて
守れなかった約束は 
ずっと宙ぶらりんのままだからだ。

それは琥珀の中に閉じ込められた太古の虫のように
息もできずに ずっと固まって泣いている。

彼女がとっくに新しい道を歩き出していて
ぼくも もう全然違う生き方をしていても
約束だけは あの夜で待っている。
ゴミ箱に捨てられた計画を なんども読み返して。

それに報いるには 今を大切にするしかない。
2022年現在 まだ本物のタイムマシーンは
一般公開されていないから。

ただ ぼくは幸運だ。

ぼくは 友人たちに感謝したい。
琥珀の中の三葉虫を もう一度溶かして
誰かの現在と重ねてくれたことを。
あの夜をこうして思い出させてくれたことを。

昔に書いた歌を もうひとつ 流して
ぼくは守れなかった約束を数えるのをやめて
今夜の約束を守ることにする。

「何もできなかったクリスマス
眠らない街を通り過ぎれば
バックミラーが写した"いつか"
なんでもない昨日が遠くなっていく」

さあ お風呂を沸かして入ったら
暖かい布団にもぐりこんで
パジャマを着たサンタクロースになるのだ。
プレゼントはぬくぬくのハグと
ぬくぬくした深い眠り。

後悔が教えてくれることは
今を大切にするべきだってことだから。

暗い聖夜の向こう。
守れなかった約束に 火を灯して
キャンドルの灯りが埋め尽くす夜空を見上げる。

会えなかった いくつもの夜を背に
今夜ぼくは 仕事より会うことを優先してる。
懐かしい歌を 静かに止めた。
2022年現在 まだ本物のタイムマシーンは
一般公開されていない。

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