ホップ、あるいはスパイスについて

突然ですが、皆さんIPAは好きですか?

僕は好きです。
飲むのも、造るのも好きです。
ということで、今回はビール造りに向き合うときに考えていることを言葉にしてみようと思います。

そもそもIPAとは?
IPAというのはIndia Pale Aleの略称で、19世紀にイギリスが当時植民地のインドにビールを送るにあたって、防腐の役割から抗菌作用のあるホップを大量に使用したことがこのビールの始まりと言われていて・・・といったスタイルの由来にまつわるエピソードは様々なところですでに詳しく書かれているので、それを孫引きすることはここでは割愛することにします。

IPAの特徴をざっくりいうと、ホップの苦味と香りがそのビールの最大の特徴のビール、と言って差し支えないかと思います。

では、よいIPAとは何か?

僕自身、ホップを使えば使うほどよいかというとそういうわけではないと思っています。苦ければ苦いほどよいわけではなく、香りが強いほどによいかというと、そういうわけでもなく。それらの特徴を楽しみつつも、パイント一杯を飲みきるまで飽きさせないバランスの取れたビールが理想、と考えています。

これってどこかしらカレーに通じるところがあるな、と思うことがあるのです。カレーって、辛いほどよいかというと、そうとも限りませんよね。激辛カレーはたしかに一口目のインパクトはたしかに強烈。でも、一皿食べきるまで美味していただけるかはまた別の話だと思うのです(あくまで僕の主観ですが)。

ビールも同じこと。
バランスを逸脱して苦すぎたり、過剰なまでの香りは、一口目のインパクトは絶大ではあるものの、パイント一杯を飲み切る前に飽きてしまうような気がするのです。

ビールの原材料は、ビール純粋令に則って言うと、水、麦芽、ホップ、酵母。そのいずれにも配慮が行き届いているIPAが、いわゆる『よいIPA』だと思っています。

さらり一言『配慮』にしてしまうと、わかったような、わからないような、ちょっと煙に巻いた感があるのでホップ以外の材料に求める配慮を詳しく説明してみましょう。

まずは水。
これは、ホップの良さを最大限に引き出せる少しミネラルの強い水です。硫酸イオン濃度の高い水はホップの苦味を強調する、と言われています。これと塩化物イオンの濃度の割合がビールに与える影響は実は看過できないぐらいに大きいものです。(と、実はこのあと何段落か水の話を書いていて一向に他の素材の話に行く気配がなくなってきました。ということで、水の話もまた改めて別にしたいと思います。)

そして、麦芽。
麦芽に求めるのは、出来上がったビールにほのかな甘味が残るものであることです。この甘味がホップの苦味を受け止めることで、苦さだけではややもすると単調になる味わいに多層性をもたせてくれます。

最後に酵母。
ホップの香りを引き立てる酵母を選定することも、実はそれ以外の材料と同じぐらい重要です。酵母は麦汁の中の糖分をアルコールに変えていく役割を担っていますが、同時にホップの香りの成分を別の物質に変換させる能力を持っています。これを生体内変換と呼んでいますが、その能力は酵母によって大きく違いがあります。この変換能の高い酵母を選択することも重要な配慮のひとつになります。

これらすべてに配慮が行き届いたとき、苦味が強く、香り高くも、飲み干すまで飽きのこないIPAが完成するのだと思っています。

品種改良によって毎年新しいホップがリリースされ、いまでは100種類を超えるホップが手に入るようになりました。選択肢が多くなるほどに、その組み合わせは無限大。様々な組み合わせで新しい香りを作ろうとする試みは、万が一失敗したときのことを思うと、毎回出来上がるまで気が抜けないものですが、思っていた香りがグラスから立ち上ってきたときには、ムフフと笑みがこぼれます。これがあるので、IPAづくりはやめられません。

ちなみに。
カレーのスパイスをうまくブレンドしてカレーを作れる人って、もしかしたらビールづくりにも向いているかもしれないと思うことがあります。香りに多層性を持たせるために、種類の違うホップをブレンドしていく過程は、何かしらスパイスのブレンドに通じるところがあったり、辛味の質の違う唐辛子を使い分けるのは、苦味の質の違うホップをビールによって使い分けるのに似ている、と思っているのは僕だけでしょうか。

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