資本主義の「搾取」の本質と解決方法 〜「短期のプロジェクトベースの契約」と「安全網としてのベーシックインカム」〜
ソ連崩壊後、資本主義が主流になり今のグローバル資本主義社会に至っているが、社会主義よりなバーニー・サンダース、斎藤幸平、ひろゆきなどが若者から支持されているのはなぜだろうか?
そもそも論で考えたい。
そもそも人間社会とは何か
資本主義にしても、社会主義にしても、それは人間社会を運営する一つの制度でしかない。人間が合意のもと決めたルールである。
そもそも、我々は<世界>に投げ出されており、危険に晒された存在なのである。
赤ちゃんがもし、親のいないところに産み落とされたら、すぐに死んでしまうし、成人であっても、人間社会から離れた自然界では1ヶ月も生きてはいけないのではないか。
つまり、生まれた以上、基本的には誰でも、この自然界の危険に晒されていることを自覚すべきだ。
狩猟採集の生活から始まり、農耕が始まり定住し、社会が発展してきた。当時は、ちょっとしたことですぐに死んでいたのではないか。生まれながらに障害を持ってしまった人を、養えるほどの余力は社会になかっただろう。
今の人間社会に文句があるとしても、安全な食事ができたり、冬でも暖かく過ごせたり、働けなくなっても生活の保障があったりすること自体大変感謝すべきなのだ。
働きたく気力がないという人も、もし原始的な時代に生まれていたら、それは即、死を意味することを理解すべきだ。
資本主義の意義と問題点
資本主義の最大の意義は、社会の生産力がどんどんと成長していくことにある。どんどん安心安全、便利快適な社会になることが期待される。
一方で、資本主義の欠点は、生産手段の私有、資本家による「労働者の搾取」という生産関係との矛盾から、貧困、失業、周期的な恐慌をもたらすという負の側面がある。
そこで出てくるのが社会主義の議論である。社会主義は、生産手段の私有の廃止とその社会化、国民経済の計画的・組織的管理によってこうした問題を解決する。
しかし、それは資本主義の生産性向上という本来の意義を忘れているし、労働者搾取の解決方法は必ずしも「社会主義」化というシステム変更だけではないだろう。
今回、資本主義や社会主義など沢山の概念を包括する大きな議論をしないで、現在の問題を引き起こしている根本的且つ具体的な問題を考察してみた。
資本主義の根本問題は、労働者搾取
資本主義の問題は、日本大百科全書によると次のように定義されている。
「労働者の搾取」という生産関係との矛盾から、貧困、失業、周期的な恐慌をもたらすことにある
つまり、「労働者の搾取」が根源にあり、これが、①「貧困・失業」と②「周期的な恐慌」をもたらす。また、昨今これに加えて、③環境問題も深刻になってきている。
なので、労働者搾取が何より根本問題である。
「労働者の搾取」とは契約における双方の不均衡
搾取の本質は何か?以下考察する。
これは、現場レベルに還元してみれば、企業などの組織と、そこから金銭的報酬を受取る個人(労働者)という関係になる。便宜的に、企業と労働者と呼ぼう。
(正社員や派遣、業務委託、取締役、アルバイトなどいろいろな形態があるが、双方で何かしらを提供し合うという契約という意味では同じ)
ここでの、「正解」を決めるのは、この2主体の当事者だけであり、第三者がつべこべいうことではない。この当事者がOKであれば、OKなのだ。
一方が価値創造し、もう一方が金銭を支払うという甲乙の契約である。
この「契約」というのが重要だ。
契約は、両サイドでバランスしている必要がある。
そして、それがバランスしていると最終判断するのは、両当事者だ。
労働者は、企業から与えられた業務や、目標に対して労働する必要がある。企業のためにやっているあらゆる活動がそれに含まれる。デスクで作業するだけでなく、会社に通勤するのも、朝早起きすることも。企業が要求する仕事をするために使った全ての時間を提供していることになる。
一方、企業は主に金銭的な報酬を支払う。給与やボーナス、手当など含まれる。研修や教育費など、労働者のベネフィットになるものも含めていいだろう。
搾取と言われているのは、このバランスが崩れていることが問題なのだ。つまり、労働者が提供しているものに対して、企業が支払う報酬が少なすぎるのだ。
(もちろん、逆に企業が報酬を払い過ぎているWIDONS2000のような窓際族問題もある)
であれば、報酬を増やすか、提供しているものを減らすかが解決策になる。
なぜこのレベルに還元すべきかというと、個人の主観ベースにまで還元しないと、共通了解を築くことができないからだ。
人によっては、毎日残業して30万円でいいという人もいれば、9時17時でも、50万はほしい、みたいな幅があるだろうから。そして、それは雇用者と被雇用者で互いに納得できていればどんな条件でもいいのだ。
例えば、よくある翻訳者の薄給の問題があるが、仮に相場より安くてもある翻訳者は「語学力向上の練習になる」のような金銭的報酬以外の報酬があり、安く受けているかもしれない。はたから見ると搾取と映るかもしれないが、当事者が双方で合意していれば基本問題ない。
社会主義という大きな思想も、この労働者搾取を根本問題にしている。
以下、 薬師院 仁志『社会主義の誤解を解く 』より。
社会主義とは、生産活動が私的な金儲けの手段と化さないよう、それを理性的な意思決定の下に統制することである。もっと平たく言うと、何をどれだけ生産するのか、その価格はいくらで、労働時間や賃金はどのくらいなのか等々を、私的な自由意志や無規制な市場原理に委ねず、人民の参政権が及ぶ機関が全て決定するということである。
つまり、人間はだれでも、生産活動をすることで社会貢献し、生きるために必要なリターンを得る。
それが、「私的な金儲けの手段と化さないように」というのは、つまり、雇用主側が不当に利を得ている、ということであり、契約の不均衡に相違ない。
不均衡な契約の3パターン
では、不均衡にはどのような状況があるか?3パターンに分けて見てみよう。
①そもそも最初から不均衡な契約
例えば、月22日程度、毎日12時間一定のスキルを伴った仕事をしているのに、15万円しかもらえない、というようなことが予め決まっている場合がそうだ。
第三者的に見て、明らかに一般的な相場から考えても均衡していないだろ!というもの。
②契約は均衡で始まったが、実態として不均衡になっていく
均衡した条件で契約しても、実際に仕事をすると、契約で定められている仕事が、報酬より複雑で難しいという状況になる場合。
最初は、毎日5件の往訪営業をすればよいというような仕事内容として合意したのに、10件も20件も求められる、というようなことだ。
③双方の権利義務が未規定な契約
契約があいまいなことも問題だ。特に、労働者側にもそれを交渉する能力がないこともよくある。労働者がなんでもやります的な態度で仕事を始めると、上記と同じく仕事と報酬のバランスが悪くなる。
終身雇用の正社員はわかりやすい例だ。
大企業が雇う正社員は、彼・彼女が今後どんな仕事をして、どんな成果を出すかについてほとんどわからない。1〜2年先ならわかるかもしれないが、その先は全くわからない。また、短期的な視点でみれば、低評価なことばかりやっていても、実は長期的にみたら会社に大きな利益をもたらすことかもしれない。そういう双方の不均衡をどうバランスさせるのか?
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このような形で契約に不均衡が生じると、労働者は心身ともに疲弊してしまい、企業と話がつかなければ、仕事をやめることになる。こうして、契約の不均衡(搾取)から、貧困、失業が生まれる。
不均衡な契約はどう生まれるか
では、上述のような契約の不均衡は、どのように生まれるのか?
1.先が読めないから契約時点では詰めきれない
まず、より根源的な理由から。
上記の②「契約は均衡で始まったが、実態として不均衡になっていく」や③「双方の権利義務が未規定な契約」の主な原因は、契約を結ぶ時点で、その先にどんな仕事を依頼するかがわからない、という問題がある。
それはそうだ。複雑系である世界、社会において、以後何年間かの仕事内容を明確に規定することなどできない。一定の割合で、何でもやります!要素はあるだろう。
しかし、対策はできるはずだ。
2.雇用側の方が情報を持っているので、有利
雇用側は、労働者に仕事のやり方を教えて、仕事をさせるわけなので、その仕事についてはよく理解している。
労働者が、それを知るには限度がある。
情報をより沢山持っている方がより優位に契約を締結できるのは当然だろう。
3.仕事の数は限りがあるから
上記の①のパターンのように、明らかに不利でも就職してしまうのはなぜか?そんなのわかっててやる人いるのか?と思うが、仕事がない人は選んでしまうかもしれない。
世の中の仕事の種類や数は限りがあり、よい仕事を競争で奪い合う必要があり、不均衡な条件(労働者不利)契約させられてしまう。こうなると、心身ともに疲弊してしまい、企業と話がつかなければ、仕事をやめることになる。失業、貧困になる。
企業からしたら、それでも働きに来る人がいるのでそうするということにすぎない。
過酷な仕事とわかってて、それを選ぶのは、労働者からしたら生きるための金を稼ぐために他にできることがないからだろう。
解決案1:できるだけ均衡する契約をするには
主に上記の①と②に解決としてできるのは、できるだけ双方で権利と義務が均衡するように調整した上で、契約締結することだ。それについて考えたい。
契約はどこまで将来を予測できるか
ある時点において、契約で詰めきれる仕事内容には限界がある。
契約の基本は、Aという仕事内容に対してBという報酬、ということになるが、将来どうなるかわからない。
あるウェブサイトを作るから、その報酬を◯◯円で、というような契約は最もシンプルな形式の1つだろう。
しかし、この契約でさえ、不均衡を生じさせる可能性がある。
ウェブサイトの仕様に対して、どこまで明確に契約で定義するだろうか?
仮に完成品の細部まで事前に契約で決めていては、それはもう企業側が制作したようなものになってしまう。一方で、契約をざっくりしていては、労働者が作ったアウトプットがいつまで経っても企業に認められない可能性もある。
これはわかりやすい例だが、終身雇用の正社員について考えれば、とてつもなく難しい話になる。
大企業が雇う正社員は、彼彼女が今後どんな仕事をして、どんな成果を出すかについてほとんどわからない。1〜2年先ならわかるかもしれないが、その先は全くわからない。また、短期的な視点でみれば、低評価なことばかりやっていても、実は長期的にみたら会社に大きな利益をもたらすことかもしれない。そういう双方の不均衡をどうバランスさせるのか?
プロジェクトベースの業務委託で解決できるか?
この不均衡を解決する1つの方法として、、「短期的な成果で見る」「プロジェクトベースで契約する」というのはどうだろうか?
プロジェクトベースであれば、その中で期待される仕事の成果がある程度明確になる。また、長期のプロジェクトは不確実性は高いが、短期のものであれば、予測できる。こうすれば不均衡は防げる。
また、これらは、明確に仕事が規定されているがゆえに、正当な理由があればすぐに解雇(契約終了)できることも前提にしている。
しかし、そんな短期的な契約を都度都度、締結しなければいけないのであれば、変化する外部・内部環境についていけないし、生き生きと仕事ができない、という批判もあるだろう。
抽象度によって仕事をカテゴライズ
例えば、抽象度によって仕事の内容をカテゴライズし、企業から労働者への依頼ごとに、カテゴリーを選び、その具体的な仕事内容とともに依頼する、というような方法はありえるだろうか。
抽象度が最も高いのは、「弊社のリソースを使って新規事業を作ってくれ」というようなもので、もっとも低く具体的なものは、マクドナルドのアルバイトのような完全に言語化された仕事のようなものだ。
事前に抽象度別に報酬を定めておき、これらの依頼や納品を、あるITシステムの上で全て行い、プログラムで報酬を計算するということは可能かもしれない。
こんなものは忙しい現場でやってられないと思うだろうが、一番のハードルは仕事を依頼する側だ。
依頼する側は往々にして、自分でもよくわかっていない仕事を労働者に依頼する。これが不均衡の原因になる。結局何のためにやるのかわからず、やったとしても、評価されない。
具体性がないということは、労働者側の価値が上がるということだ。無能な依頼者の意を汲み取る必要があるから。
アメリカの資本主義は好調だが、民主主義は危機
アメリカの資本主義は長らく好調をキープしている。
上述のように価値を生む仕事を定義し契約ベースの社会で、効率的に無能を排除し、有能を伸ばしてているからだ。
では、今のアメリカの問題は何か?
それは、資本主義勝者と敗者の分断であろう。
勝者は、資本主義で稼いだお金を、敗者のために使いたくない。
本来、これだけ経済が強ければ、社会保障をもっと充実させることができるだろう。それでもやらない主な理由は、そうすることで競争が抑止されてしまうということだけでなく、弱者に対しての連帯感がなくなっていることも大きな要因なのではないか。
ピーター・ティールのように弱者はVR、ドラッグという餌を与え、無力化させようと考える。
一方の敗者からしたら、勝者が自分たちを搾取していると考える。
ここで解決策2を考える必要がある。
解決案2:セーフティーネット(安全網)を
上述の③「仕事数が限られている」問題の解決するには、セーフティーネットが必要になる。
仮に、①②の問題がクリアされたとしよう。アメリカでは明確なジョブディスクリプションありきで契約するし、社内のコミュニケーションも、目的ベースで依頼者に責任がある。
こういう社会では、能力がない(社会に必要とされる仕事ができない)人々は淘汰される。
契約社会になると、明確に能力や実績が問われるので、やるべき仕事が明確になる分、それができない人たちも明らかになる。
では、淘汰されたらどうなるか?
アメリカは弱肉強食の競争社会で、弱者を救済する制度が日本ほど整っていない。(というより、整えていないといったほうが正解だろう。)
敗者は、尊厳のない生活を送るか、野垂れ死ぬしかない。。
これを解決するには、敗者を救済するセーフティーネットが必ず必要だ。
上述のように、契約の不均衡(搾取)を解消するには、明確な仕事内容と報酬を規定する必要がある。そうなれば、能力や実績が物を言う世界になる。ここについていけない人は敗者となってしまう。
そのために、セーフティーネットが必要なのだ。(端的にいえば、ベーシックインカムだ)
日本は、生活保護という類まれなセーフティーネットの制度がある。
これがあることで、企業も解雇を行えるようにすることが、解決策1にも必要となる。
日本とアメリカの現状
上述の議論を踏まえて、日本とアメリカはどういう状態だろうか。
資本主義が絶好調だが、弱者が大暴れし、揺れ動くアメリカ。新しい価値創造がなされ、社会は生き生きとしている。一方で、敗者を救済するインフラが不十分で、貧困や治安の問題が絶えない。
一方、日本は経済は不調で社会に元気がないようにみえるが、平均的によくできる人材がそれなりに国際競争力を保っているという感じだろうか。また、社会保障は充実している。でも、しかし、制度がうまく機能しておらず、必要な人が救済されていないという捉えにくい現状だ。(それを解消するには手続きがなくなるベーシックインカムを導入すればいい)
社会主義の中心的な意義を、計画経済と社会保障だとすれば、これらの問題は解決するのだろうか?
こうした現状を鑑みると、社会主義(計画経済)で解決できる問題でもないだろう。計画経済になれば、成長や生産性向上がどこまで確保できるかわからず、敗者へ回すほどの分配が確保できない可能性があるし、自由が制限された社会は活力を失う。人々は何を楽しみに生きるのだろうか。
最後に
以上、だらだらと書いてしまったが、資本主義でいわれる「搾取」とは、「仕事と報酬の不均衡」によるものであり、それは双方の吟味された上で契約をすることで解消される可能性を述べた。
そして、背景には契約を結ぶ時点での3つの問題があった。
1.先が読めないから契約時点では詰めきれない
2.雇用側の方が情報を持っているので、有利
3.仕事の数は限りがあるから
この1と2を解決するには、短期的なプロジェクトとして雇用主と労働者が契約を詰めて考える必要がある。また、そのためには、企業・労働者が均衡した契約を結ぼうという態度、能力がある必要もある。
また、3の問題は、能力や実績のないものへの安全網で解決する道を示した。
アメリカ社会においては、①と②が実現されつつあるが、③が十分でなく、敗者による民主主義のかき回しが社会の治安や安定を悪化させる。
アメリカ国内の資本主義では、搾取があるというより、露骨な競争社会により無能が簡単に解雇され排除されることが問題だろう。
一方の日本は①と②がだめ。契約不均衡の搾取は、現在進行形であり、もっと業務ベースの契約に移行すべきだし、解雇も自由にできるようになる必要がある。また、③が充実しているようにみえるがそうでもない。敗者を救済する制度があるにも関わらず、それが機能していない問題にも取り組む必要があるだろう。
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また、「労働者の搾取」から生じる「周期的な恐慌」と「環境問題」について保留になっていたので、最後に触れておく。
恐慌とは「景気循環の過程のうち、好況局面で突如発生する深刻な景気後退」であるが、資本主義である以上、景気はよくなったり悪くなったりする。
インターネットのような技術革新が起き、新しい産業が生まれることもあれば、そうした産業が成熟し、次の産業が出てこなくて成長が鈍り、企業は労働力を調整する必要が出る。
常に、生産性が同じ速度で高まる保障はない。
この偶然性は、オープンに何でもありの資本主義で経済活動を行うかぎり、かならずおきる。いいときもあれば、悪いときもある。
これについては、上述のセーフティーネットがあれば問題は解決するので話が早い。
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最後に環境問題だ。
経済成長を追い求める余り、環境に与える影響を考えず、地球温暖化、異常気象の問題が起きている。これを中心に、人間が持続的に生きられる環境に危機が迫っているという問題だ。昨年、国連から温暖化が客観的事実であるという報告が出ていたが、未だに、そんなものはないという反論もあるのも事実。
資本主義における企業等の活動の公式に、環境に与えるマイナスが組み込まれていないことが問題だ。これは、すぐにフィードバックのあることではなく、見えにくいものであるから考慮しずらい。炭素税のような形で、企業にコストとして負担してもらう必要がある。
これは、契約の不均衡が解消され、セーフティーネットが整ったとしても残る問題だ。
しかし、そこまで将来を予測して契約を吟味し締結する世の中になれば、こうした外部について検討すれば、必要なルールを導入できるのではないか。