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ビジネスは課題ベースで

ビジネスは課題ベースでないとダメだという話を昔から聞いていたが、最近それがようやく分かるようになってきた。WANTであれば、まだお金を出す可能性は高くない。課題やPAINになっていないとお金を出して解決するということにはならない。

最近買って本当によかったと思うものは、airpodsとwimaxのポケットwifiだが、やはりイヤホンのコードが邪魔、且つ他のブルートゥースでは使い勝手が悪いという課題を解決しているし、wifiはカフェとかで作業がネット環境が必要なときいつも困っていた。

一般的に起業しようとする人は、こういうのあったら凄いとか、凄い技術があるからという理由で商品やサービスを作りがちだが、それは何の課題を解決するのか。誰もほしがらない可能性が高い。

私自身、凄い効率的に効果を出す語学プログラムを作っているが、実際それは誰のどんな課題を解決するのか。たしかに自分がほしいと思うものを作っているが、自分は本当にその値段でそのサービスで買うだろうか。根本的な課題はどこにあるのか慎重に見極めなければならない。学習方法が分からないのか、時間が取れないのか、机に向かうのが嫌なのか。

それに仮に課題が明確であっても、それを適切な人に認知してもらい、さらにその課題が解決されることを信じてもらわなければいけない。もちろん、課題解決だけがビジネスではなく、ある価値観を広めたい、という自己表現的な要素もありうる(最初の内はそんなこといってられないが)

そう考えると、ビジネスは自分がターゲティングしやすい層を起点に商品やサービスを作るのもありだ。属性がある程度似通ったグループの繋がりがあり、ある程度信頼されていれば話は早い。社長の友達が多いというなら、時間を節約するものや新しい遊びなどはお金に糸目を付けないだろう。そういう人の課題を考えて提案するのだ。なんとも夢がないやり方だけど。個人的には絶対やりたくはない。

また、課題にも段階がある。既に顕在していて知られれば買ってもらえるようなもの。あるいは、言われれば気づく潜在課題。前者は競合が多いだろうが、後者は少ない。

あと、暇という課題には楽しかったり暇つぶしになりうる課題解決が必要だ。可処分所得と奪い合いだ。可処分時間とか可処分精神ということもいわれている。暇さえあればいじってしまうTwitterやFacebookは時間を奪い合い、映画などのコンテンツもそうだろう。恋愛や宗教など頭の中に常に現れるのが精神の奪い合い。

一般的にみんな何に課題持っているんだろう。自分がリアリティを持って分かるのは同年代とか一部の人達に限られるだろうな。

まあ、課題の話をずっとしてきていたが、それはビジネスの話だ。もっと広く世界をみると、価値観が不在の時代といえるかもしれない。多様化して共通前提が崩れていく中で、みな明確な価値観を欲している。これも課題かもしれない?



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