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押韻論

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日本語の押韻の基礎的な考察や研究
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#音声学

川原繁人『言語学的ラップの世界』にツッコミを入れまくる記事

 こんばんは。Sagishiです。  先月、川原繁人さんの『言語学的ラップの世界』という本が出版されたので読んでみました、という記事です。  結論からいえば、この本には著者の推測・思い込みによる記述が多数含まれており、科学的な根拠がなく、妥当性に疑義があるような内容、また曖昧な表現が散見されます。  今回の記事では、わたし自身の考えの備忘録も兼ねて、色々とツッコミを入れていきます。舌鋒鋭い場面もあるかと思いますが、とはいえラップをまともに研究題材にしたことがある学者は貴

日本語の押韻論:「複数音制約」について

 こんばんは。Sagishiです。  今回は日本語の押韻にとって特徴的な問題である、「複数音制約」について書いていきます。 1 複数音制約 日本語は、複数音で1つのアクセント(トーン)を構成する言語です。最低でも1音節2モーラ存在しないと、日本語は基礎的なアクセントを構成できません。  「複数音で1つのアクセントを構成する言語」というのは、現在わたしが情報として知る限りだと、日本語の他には韓国語・慶尚道方言しかない状態です。  英語やイタリア語やフランス語のストレス音

日本語の超重音節と押韻論

 こんばんは。Sagishiです。  今回は新しい押韻論の構築にむけて、現在導入中の理論をまとめていきたいと思います。 1.日本語の超重音節1-1.CCVG/CCGVG  これまでわたしは「日本語には超重音節(3モーラ音節)はない」という前提で押韻理論を組み立ててきましたが、どうもあるという前提で組み立てたほうが良さそうだと分かってきました。  その理論的証拠としては、単語の句音調を確認することで分かります。  「白菜」という単語の句音調は「サ」に起こっています。こ

日本語の完全韻の定義(2023年暫定版)

 こんばんは。Sagishiです。  今回は、日本語の完全韻(Perfect rhyme)について、その定義をまとめる記事を書きます。2023年の暫定版になります。 1 表記法の説明 日本語の完全韻(Perfect rhyme)の説明をするまえに、日本語音声の表記法について解説をします。  まず子音等の表記は、以下の独自の表記法に従います。既存のIPA(国際音声記号)に複数の課題があるため、独自の表記法を構築しました。  また、音節主音(音節核を持つ)母音には、以下の

詩型論:日本語の押韻詩の詩型に関する考察

 こんばんは。Sagishiです。  いよいよ押韻詩の詩型に関する考察をしていきたいと思います。 1 詩行の音数 最初から残念なお知らせですが、現在のわたしは、現代日本語東京方言を使った詩歌で、詩の一行の音数を決めることは事実上不可能だと考えています。理由を以下に列挙します。 1-1 韻律単位の問題  現代日本語東京方言は、モーラリズムの言語ですが、話中では軽音節(1モーラ音節)と重音節(2モーラ音節)が任意のタイミングで出現します。  現代日本語東京方言の自然な日

日本語の押韻論:川原繁人の「日本語のストレス」論と『認知加重説』の関係

 こんばんは。Sagishiです。  今回は、川原繁人ほかの論文である『日本語の韻律特性と下顎の開き』(2014年)を紹介します。 1 「日本語のストレス」について 研究論文『日本語の韻律特性と下顎の開き』は、日本語にストレスがあるかどうかを実証的に確認しようとする研究です。  英語はストレス音節と下顎の開きに関係があるため、日本語でも同様のことがいえないか、日本語にもストレスを確認することができないか、という視座に立った研究です。  論文を読むと、被験者(調査サンプ

日本語の押韻論:長短韻の問題、リズム単位(等時性)の重要性

 こんばんは。Sagishiです。  今日は、わたしが日本語の不完全韻の1つとして独自にカテゴライズしている「長短韻」に、問題があることに気づいたので記事にします。 1 日本語の不完全韻 わたしは日本語の不完全韻には「重音節韻」「長短韻」「撥音韻」、またややイレギュラーなスタイルとして「語感踏み」があると考えています。  特に「重音節韻」と「長短韻」は、日本語ラップにおいて広く実践的に使われている押韻形式ですが、これまで明確に定義化がされたことがありませんでした。これを

日本語の押韻論:『語感踏み』の追加検証(句両端の認知加重)

 こんばんは。Sagishiです。  前回書いた「語感踏み」の記事の、句両端の認知加重についての記事が、かなり自分的に良い線いっているので、追加的検証をしようと思います。 1 前回のおさらい 提案内容としては、音声学の概念で使われる「アクセント句(Accent Phrase=AP)」や「イントネーション句(Intonation Phrase=IP)」を押韻論に適用しつつ、句の両端にあたる音は認知的に重要が高くなる「認知加重」が起きているかもしれない、というものでした。

日本語の押韻論:『語感踏み』の句またぎと認知加重について

 こんばんは。Sagishiです。  今回は『語感踏み』の基礎考察の記事になります。 1 『語感踏み』の分析 今回はフォロハーのゴンザレス下野さんの『語感踏み』の実例をサンプルとして、何らかの傾向等がないか分析していこうと思います。  まず、上記の『語感踏み』ペアを「押韻ローマ字」と「アクセント句」に展開します。 「JALマイレージバンク」は、7音節10モーラ、アクセント句2つ。 「百聞は一見に如かず」は、10音節13モーラ、アクセント句3つ。  通常の押韻であれば

日本語の押韻論:母音中心主義の問題と押韻の本質

 こんばんは。Sagishiです。  今日は、「押韻」の本質とは何かを考えていきます。 1 母音中心主義の問題 まず最初に話していくのは、日本語ラップが発達させた「母音」中心による押韻理解についてです(仮にここでは『母音中心主義』と呼びます)。  『母音中心主義』とは、例えば『母音中心主義』という語の子音を外して母音だけに還元・分解し、「おいんうーいんうい」のように表す手法、そのような押韻観を差します。  この発明によって、日本語で押韻を作ることが飛躍的に容易になり、

日本語の押韻論:なぜ日本語の脚韻は発達しなかったか、完全韻への追加考察

1 なぜ日本語の脚韻は発達しなかったか これまでわたしは、英語のPerfect rhymeの定義を援用しつつ、日本語の完全韻を定義することを試みてきました。*1  しかし押韻の「響き」を考察している際に、同じ子音を含まない押韻ペアが、なぜか響きにくいという傾向に気がつきました(近類子音を含む押韻ペアよりも、同じ子音を含む押韻ペアのほうが、効果的に響きます)。  当たり前といえば当たり前な事実ですが、上記の気づきはわたしにある直感を与えました。  英語のPerfect r

日本語の押韻論:雌節韻を知る

 前回の押韻論の記事で、ストレス音節で押韻すれば押韻になる、非ストレス音節は押韻しなくても良いと書きましたが、古典的な西洋詩歌では、この考えは採用されていないことに気づきました。  英詩には「Feminine Rhyme」(雌節韻)というライムタイプがあります。  実例を列挙していきます。  これらの実例から分かることは、非ストレス音節も音の成分を揃えていることが原則だということです。  つまりUSのHIPHOPに見られる、例えば「grease your wave/l

響きの押韻論:子音特性の整理

 こんばんは。Sagishiです。  以前『押韻の「響き」の評価指標』にて、「押韻の響きのレベル」を論じるのに「音節」「子音」「アクセント」を評価指標にできると書きました。  その後、『押韻論Ⅴ:日本語のライムタイプ』で音節とアクセントを一体的に捉え、「ライムタイプ」の理論にまとめました。この「ライムタイプ」の定義は、日本語の押韻への理解を高めるのに非常に有用ですが、「押韻の響き」への検討が十分ではない、という懸案がありました。  そこで今回の記事では、日本語の各言語音

押韻詩論のための覚え書き②:アクセントを実現するための単位

 こんばんは。Sagishiです。  わたしの『詩歌』マガジンでは、日本語の「押韻定型詩」を掲載しています。日本語で押韻定型詩を書くというのは、かなりマイナーな試みです。 1 日本語の押韻定型詩の基礎 そもそも日本語の押韻定型詩の歴史は浅く、明確に意識して書かれたのは九鬼周造『日本詩の押韻』(1931年)が初めてです。その後、『マチネ・ポエティク』(1942~48年)、飯島耕一『定型詩論』(1991~94年)などの変遷を経て、最も完成度は高い詩集に鈴木漠『遊戯論』(201