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とあるゲイの思春期 - [6] 親友とのその後

Ⅰへのカミングアウト後、特に奴との関係性に大きな変化はなかった。
ただⅠとの恋バナの内容は大きく変わった。
僕がありのままの恋愛事情をⅠに話すようになった。

僕の心の性は女性ではない。
しかし「男性と付き合っている人間として、こういうのはどう思う?」というようなⅠからの相談が増えたように思う。

僕は当時、なんだか得意気にⅠにアドバイスしていたように思う。
今振り返ると、僕には女心が何たるかをほとんど分からないというのに。
ゲイは男性の気持ちも分かるし女性の気持ちも分かると勘違いしている人がいるが、僕はそうではないと思い。
結局ゲイはゲイの気持ちしか分からない。
それを10代の僕は何か勘違いして、Ⅰに鼻高々アドバイスしていたのだから、良い笑いものである。

Ⅰとは30代になってからほとんど親交がない。
最後に会ったのは、20代の頃の奴の結婚式だった。

それからはFacebookで互いをたまに見かける程の関係性だ。
奴のFacebookのページには何故か首輪をした猫の画像がアップされている。

どうして飼っている猫に首輪を着けようと思ったのか?

それを聞きたいと思いながら、Facebookすらほとんど見なくなってから、数年の時が流れている。
疎遠だが、もし今僕が余命幾ばくかの事態になれば、“猫に何故首輪を?問題”を直接会って聞いてみたいと思っている。

でもそのような差し迫った状況でない今、特段時間を作って会おうとは思わない。
彼には彼の生活がある。
奥さんもいるし、子供もいる。
仕事も忙しいだろう。
きっと僕とはだいぶ状況の違う生活をしているに違いない。
なんだか気を遣ってしまって、連絡できないでいる。

とりあえず、カミングアウト後の関係は良好だった。
カミングアウトはひとまず成功だったのかも知れない。

ただ、Ⅰは僕が共通の友人にはカミングアウトをしない方が良いし、僕がゲイである事は、僕とⅠの間の話だけに留めておいて欲しい様子だった。

それが何故だったのか?
僕はうまく理由を聞く事が出来なかった。

もしかしたら、Ⅰの仲の良い友達である僕がゲイである事が皆に知れるのを恐れているのかもしれない。
Ⅰの友達である僕がゲイなのだから、Ⅰもきっと“そのけ”があるに違いない。

そうした誤解を恐れていたのだろうか?
僕と同じと思われるのが嫌だったのか?
そう考えると理由を聞くのが怖かった。
だからあえて理由は聞かなかった。

今思えば、それそれで仕方のない話で、別にそうだったとしても傷つかない。
そりゃあそうだで済む話だ。

あの時の僕は、何故かその点においてとても臆病だった。

今度Ⅰに会う機会があったら、なぜ他の人へのカミングアウトをしない方が良いと思ったのか?
それと“猫に何故首輪を?問題”を聞いてみたい。

ちょっと意地悪かもしれない。
けども、余命幾ばくもない状態であれば許してもらえるだろう。


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