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とあるゲイの思春期 - [5] 初めてのカミングアウト

ゲイである事を受け入れた高校2年生の僕が冬を迎える頃。
僕には彼氏ができていた。

今では考えられないが、大阪のゲイタウンである堂山町は、その昔無法地帯そのものだった。
高校生が深夜まで働いているゲイバーもそう珍しくなかったように思う。

季節が秋から冬に変わる頃。
ネットで知り合ったとある知人に堂山のゲイバーに初めて連れられて来られた。
店の従業員は高校生~大学生ぐらいの若者ばかりだった。
当時の僕は今まで見た事のない光景に圧倒された。
週末には満席になり、狭い店内に人がごった返していた。
一度に沢山のゲイを見るのは初めてで、自分のような人間はひとりでない事を改めて再認識した。

そのゲイバーで知り合った友達に面白半分だったのか、ご馳走になりながら梯子していろいろなゲイバーを行った。
何という名前の店に行ったのかよく思い出せない。
恐らく毎度結構酔っていたのだろう。

母の事、セクシュアリティの事、その他思春期特有の色々な悩みによる鬱憤を晴らすが如く、頻繁に堂山に出入りするようになった。

自分が自分らしく生きる事ができるのは、この街だけなのではないか?
と考えた時期があった。
しかし、当時の僕の友人は「楽しむだけにした方が良い。深入りは禁物だよ。」と僕にアドバイス。
僕は素直にそれに従った。

そうこうしているうちに、僕には好きな人ができた。
今思えばやんちゃでそこそこ遊び人のMという男だった。
彼はひと学年上の18歳で高校には通っていない。
実家のある九州から単身大阪にやって来て、堂山のゲイバーで働いている。
ゲイのクラブイベントではドラァグクイーンをしたりもしていて、ゲイ業界で生計を立て、経済的に独立していた。

当時、僕にとって彼は憧れだった。
月に6万の生活費を父親からもらって、小遣いをバイトで稼いでいる僕とは桁外れに大人に思えた。
定期試験対策もそこそこに、僕は彼の家に入り浸る事が多くなっていった。
そして気付けばMと付き合っていた。

Mはゲイである事を決して隠さず、堂々と生きているように見えた。
「ゲイですが何か?」という彼の姿勢に僕は益々彼を好きになり、その後ろ姿が頼もしく見えた。
「僕も彼のように堂々と生きたい」と強く感じるようになった。

もうゲイでいる事を恥じるのは止めよう。
もっと堂々と自分らしく生きたい。
僕は間違っていない。

そしてある日、僕の家に遊びに来た親友のⅠにゲイである事を打ち明ける事にした。
近所に住むⅠは、うちまで自転車で来て、いつも鍵を掛けていない僕の家のベランダの窓から、当然のように入ってくる。

「最近、あんまり家におらんけど、いっつもどこ行ってるん?」

Ⅰとは、僕が不登校の時も一緒に家で映画を観て、ああでもないこうでもないと感想を話し合う良き友人だ。

実は、自分がゲイである事。
それについて悩んでいて、ノンケ(ストレート)のふりをするために沢山の嘘をついていた事。
最近、彼氏が出来た事。

放課後の夕方頃からそんな話をし始め、気づけば夕食時の時間になっていた。
Ⅰは家に帰らなければいけない。
Ⅰのリアクションは、ただただ驚きを隠せないといった感じであった。

それもそうだろう。
当時、周りに「俺はゲイだ」と打ち明ける人がいなかったのだから。
僕にとって初めてのカミングアウトは、彼にとっても初めて受けるカミングアウトだったわけで、そう器用に事は運ばない。

驚きを隠せないⅠに僕が「これからも友達でいてくれる?」と聞くと、「もちろん」とは言ってくれたものの、彼自身この事実をどう消化しリアクションしたら良いのか困ったのだろう。

当時、NHKで土曜日の23時頃に“ビバリーヒルズ青春白書”というアメリカの学生の青春を描いたドラマが放送されていた。僕もⅠも欠かさず観ていた。
その中の登場人物にゲイの高校生がいたのもあってか、Ⅰは
「お前、アメリカ人になったのか?」
とわけの分からない事を言っていたのを今でも覚えている。

海外のドラマや映画の世界でしか起こり得ない、ゲイの友人からカミングアウトをされるというシチュエーションにただただ混乱して出てきた言葉のだろう。

僕はただ笑うしかなかった。

その日はとりあえず、お互い混乱のままⅠは家に帰っていった。

昨今、カミングアウトをする事が素晴らしいという風潮があるように思う。
が、付き合いの長い相手にカミングアウトをするというのはとても難しい事だ。
相手との関係性やコミュニケーション能力が問われる。
カミングアウトをする側がいれば、もちろんカミングアウトをされる立場の人間もいるわけだ。
相手の立場を無視する事もできない。

僕の初めてのカミングアウトは成功だったのか?
その日は悶々とした夜をひとりで明かした。


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