午前四時十七分

午前四時十七分に 大地震が起きて
床が抜け 天井が崩れ落ちる
あなたはいったい何が起きたのかもわからないまま
これまでの自分の生活の残骸とともに生き埋めになる
人間がこしらえた ウエハースのように薄くて脆いビルディングが
あなたを闇の中に閉じ込める

命の危機 でもあなたは まだこれが夢だと思っている 
それも当然 だってほんの数分前まで あなたは温かいベッドのなかで
かつて愛していて もういまは愛していない ある人の夢を見ていたのだ
あなたはその人に ずっと言いたいことがあったのに ずっと言えなかった
けれど夢の中でなら なんだって言える
だからあなたは勇気を振り絞って言ったのだ あなたを愛していますと
現実にはそんなふうに言うことはできないとわかっているから
夢の中だからいったのだ あなたを愛していますと

ついに言えた という達成感にあなたは包まれる
でも目を開けたら あなたは闇の中に閉じ込められている
足が痛い 腕が痛い 胸が痛い 頭が痛い 
そして何かが体からどくどくと流れ出て
それをどうしても止めることができない
これは夢だ夢にちがいないとあなたは思う
同時に いや夢じゃないこれは現実だと思う
あなたはかすれた声で、かつては愛していなかったがいまは愛している人の名前を呼ぶ すぐ隣で寝ていて 
眠りに落ちるまえに「おやすみ」と言った人の名前を
でも返事はない それどころか なんの物音もしない なんの光も見えない
無だ
あなたは無の中に閉じ込められているのだ

あなたは助けを求める これが現実であろうと夢であろうと
どうだっていい とにかくここから出してほしいと思う
そのとき どこか遠くから 人の声が聞こえたような気がする
それは 小学生のころ 病気で死んだ友だちの声のようでもあり
大学生のころ 癌で痩せ衰えて死んだ父親の声のようでもあり
二年前 老人ホームであなたが誰なのかもわからなくなって死んだ母親の声のようでもある
あなたは自分が呼ばれているのを感じる
あなたの人生を通り過ぎていった人々が すぐそばにいるのを感じる
かつて愛していて いまは愛していない人も
かつては愛していなかったが いまは愛している人も
すぐそばにいるのを感じる
あなたは大きく息をつく そして微笑みさえする 
無の中に自分が溶けていくのを感じる まるで子宮のなかにいるみたいだ

でもそのとき どこか遠くで 現実の空間を震わせる現実の声が聞こえる
「誰かいますか? 誰かいますか?」
あなたはハッとする そして声を出そうとする
残された最後の力を振り絞り 喉を震わせ 
無の中に自分の声を響かせようとする
「ここです」とあなたは言う
その声はまるで歌のようだ
「ここにいます」とあなたは言う
その声はまるで歌のようだ









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