Angélique Kidjo / Remain in Light
Angélique Kidjo(アンジェリーク・キジョー)。1960年生まれ。アフリカ音楽界のスターで、グラミー賞に4度ノミネート。「世界でもっとも啓発的な女性Top100」に選ばれ、ユニセフ親善大使でもあります。
もともとはアフリカ、ベナン出身。戦火を逃れパリに移住し、現在はNYで活動中。本作は2018年にリリースしたTalking Headsのアルバム「Remain The Light」を丸ごとカバーした作品。
Remain The Lightはもともとアフリカのリズムを大胆に取り入れて衝撃を与えた作品でした。キジョーは学生時代、1983年にパリに引っ越した時、あるパーティーに呼ばれた。そこで音楽がかかったとき「あなたはアフリカ人だから私たちのように踊ったり歌ったりできないでしょう」と思われていたけれど、普段家でやっているように歌い、踊ったら友達ができた。その時、パーティーで知った曲がこのアルバムの曲「Once In a Lifetime」だったそうです。それ以来ずっと口ずさんできたけれど、実はアルバムを聴いたことが無かった。キジョーの夫であるフランスのミュージシャン、ジャン・エブレールがアルバム「Remain The Light」を聴くことを勧め、ついに彼女はアルバムと出会いました。そして、その中に確かにアフリカ音楽(特にフェラ・クティ)の影響を感じた彼女は、アルバム全体をカヴァーすることに決めました。彼女はそこに、トーキングヘッズ、ディヴィッドバーンのアフリカ音楽への憧憬と敬意を見つけ、それを本当のアフリカ音楽として表現しようとした。歌詞にアフリカの寓話や神話を加え、また、アフリカにロックンロールを持ち込むために。かつてバーンがアフリカ音楽に影響を受け、音楽同士をつなげたように、今度はキジョーがアフリカ音楽の側から再度ロックンロールを解釈したかったそうです。
音楽における文化の盗用。キジョーはピッチフォークのインタビューの中でこう述べています。これが、彼女が本作を丸ごとカヴァーしようと思った動機にもなったそうです。
2004年のチベットハウスコンサートで演奏するバーンとキジョー。
『人々はそれがあまりにも大げさ(なアフリカ音楽との融合)であると彼らに言いました、しかしトーキング・ヘッズは最初から非常に正直でした。あなたが、あなたをインスパイアした人々に信用を与え、自分なりに解釈して新しいものを生み出した瞬間から、それは文化の盗用ではなく、文化的な表現です。エルビスプレスリーはそうではありませんでした。彼は歌を盗んだ(ロックンロールは黒人のもの、とは言わなかった)。あなたが露骨に歌を取り、それにあなたの名前を付けるとき、それは文化の盗用ではありませんーそれは盗みです!
それがどこから来たのかを知っていれば、問題ありません。あなたがそれを認めるとき、それは私にとって文化の盗用ではありません。
私たちが自分自身を何と呼んでも、私たちは皆、私たちが聴いている音楽によって、誰かに触発されています。それは犯罪(≒盗作)ですか? いいえ。私にとって、それは音楽の美しさです。私たちはお互いに影響を与え合います。私たちは2人の才能のあるミュージシャンになり、同じ曲を持ち、まったく異なる解釈をすることができます。アフリカのアーティストと仕事をするためにアフリカに行く場合は、敬意を払ってください。あの人達の話を聞いて。お互いに耳を傾けます。しかし、あなたが自分の態度でそこに着き、あなたが傲慢であるならば、人々はあなたを見て、「まあ、それがあなたがやりたい方法なら...」と言うでしょう。彼らはあなたに何も教えません。彼らはただあなたを感動させようとします、そしてあなたが去るとき彼らは笑います。
マリにはアリ・ファルカ・トゥーレというアーティストがいて、みんな「ああ、マリはブルースの場所だ」と言っています。しかし、ブルースはアフリカのいたるところにさまざまな形で、さまざまな言語で存在しています。彼は幼い頃、ミシシッピ州の南部出身の古いブルースマン全員の話を聞いていました。彼はギターのチューニングを変えた。音楽はとどまりません。それは行き来します。それは動き、進化します。あなたがどこかに何か新しいものを持ってくるとき、誰かがそれに触れます。以前と同じになることは決してありませんが、そうでなければ死にます。私は、自分の文化である文化は自分のものではないと信じて育ちました。私はそれを人々と共有しなければなりません。』
活動国:US(出身:ベナン)
ジャンル: ワールド, ワールド・フュージョン, ワールドビート, アフロポップ, アフロビート, レゲエ, ジャズ, ゴスペル, ラテン
リリース年:2018年
活動期間:1982ー現在
メンバー:クレジット
Jeff Bhasker(ヒップホッププロデューサー)
Tony Allen(Fela Kutiのドラマー)
Ezra Koenig(Vampire Weekendのフロントマン)など
++++
総合評価 ★★★★☆
前半のテンションの高さが凄い。80年代のポストパンクアルバムを最新のアフロビートアルバムに仕上げている。フェラクティ以降のアフロビートはスタジオ盤で聴くと今一つ迫力に欠けるというか、洗練の方向に向かっている気がしていたが、そのなんとなく感じた穴を見事に埋めている。音像は(とても)洗練されているのだけれど、やはりもともとの曲構造やリズム、80年代初頭のニューウェーブ・ポストパンクの時代の「新しい音楽を切り拓く」気概が、現代の感情や主張の精神を噛み合っている、共鳴している。ロックからアフリカ音楽を見て作った作品をアフリカ音楽の側から再度作り直す。そのキャッチボール、多重構造が音に多層的な深みを与え、元の作品より緊張感や焦燥感が増している。後半ややバラエティに富んできてテンションが下がるというか、実験色が強まり緊張感が途切れるのが惜しいが、聴くべき名盤。
++++
1 Born Under Punches (The Heat Goes On) 3:51 ★★★★★
アフリカの呼び声。アフリカンコーラスからスタート。リズムが入ってくる。トーキングヘッズの性急なポストパンクのリズム。これは音に魂が篭もっている。リズムはけっこう洗練されている。飛び跳ねるリズム。声やハーモニーはアフリカンテイストがかなり強まっている。リズムはタイトだが原曲のフィーリングが活きている。じゃがたら的だな、なんというか融合感がある。アフリカ音楽を取り入れたロックンロール(ポストパンク)をさらにアフリカ音楽側が取り入れるという不思議な感覚。音作りに呪術性は薄く都会的。
2 Crosseyed And Painless 5:31 ★★★★☆
ひっかかるギターフレーズ、コロコロした音。ブラスセクションがせめぎ合う。アフロビート。Antibalasなどの現代USアフロバンドにも通じる音。分厚いホーンセクション、音が湧き上がってくる。本場のアフリカ音楽に比べると疾走感と焦燥感がつよい、それはポストパンクの性質だろう。トーキングヘッズバージョンだと(特にリリース当初は)最初に「アフリカ音楽」の要素が印象に残るが、このバージョンだと「ポストパンク、西洋音楽」の要素が印象に残る。ロックのスリルが強いアフリカ音楽(だからじゃがたらを連想する)。
3 The Great Curve 4:10 ★★★★☆
アフリカンコーラスというか口ドラムからスタート。アフリカ音楽の歌唱法、声の使い方がアフリカ色が強い。打ち鳴らされるドラム、トライバルリズム。短いフレーズの反復が折り重なっていく。アフロビートの「感覚」を80年代NYの加速感で慣らして見せたリメインザライトを、さらに2010年代のNYの感覚でアフリカンミュージシャンが鳴らす。NYに旅行するならこれをBGMにしたい。まさに坩堝の表出。
4 Once In A Lifetime 5:51 ★★★★★
不安定感と奇妙な安定感、開放感。どこかずれているがポップ。どこかずれているのはもともとの和音感の話。ベースラインをずらすダブ的な手法か。明るいテンション。コールアンドレスポンス、ゴスペル的な構成。さすが口ずさんできた曲だけあって伸び伸びと歌っている。どの曲も伸び伸びとしているのだけれど、一段と気持ちよさそうに音の中をボーカルが泳ぐ。次々と沸き立つ、沸騰した水のようにリズムが湧き上がってくる。後半、エレクトリックマイルス、ビッチズブリューにも通じる音世界に。まぁ、もっと性急で祝祭感が強いが。
5 Houses In Motion 4:35 ★★★★
アフリカの言葉で入るナレーション。アフリカの神話や寓話だろうか。音の隙間が増えた。やや様子を伺うようなリズム。ボーカルは力強い。行進するような、とも言えるか。マーチングバンドのリズムにも近い。ボーカルはアジテーション的な感覚もある。声を張り上げて主張する力強さがある。最後、キーボードのフレーズが耳に残る。
6 Seen And Not Seen 3:07 ★★★☆
アフリカンコーラス、ライオンキング(ミュージカル)みたいなオープニング。こちらもナレーション、英語のナレーションが入る。そういえばビヨンセがライオンキングのサントラをやっていたな。あれも西洋から見たアフリカ(もともとライオンキングの作曲者はアフリカ音楽を取り入れた白人作曲者だろう)を、もう一度アフリカの視点でとらえなおそうという試みだったのだろうか。ナレーションが終わり、儀式的なコーラス。アカペラでアフリカ的フレーズを歌う。祈りだろうか。アフリカの言葉。
7 Listening Wind 6:05 ★★★★☆
アフリカ的な始まり、そこから80年代的なエレクトロサウンドに。80年代ニューウェーブ、ややゴスも入った雰囲気で曲が進む。マイナー気味のメロディ。哀切な感情。望郷なのか、離別なのか。見たことが無い想像上のサバンナに歌声が響いていく。
8 The Overload 3:32 ★★★★
アカペラ、ボーカル1本でメロディを歌う、ややBjork的にも聞こえる。女性Voで音程が泳ぐようなボーカルだと連想する、というだけだが。こうしてみると個人的には初めてBjorkで聞いた表現が多かったということになる。ギターが入ってくる。オルタナティブロックな表現。感傷と手触りを残してアルバムが去っていく。
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