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Panopticon / .​.​.​And Again Into The Light

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Panopticon(パノプティコン)は2007年にケンタッキー州ルイビルでオースティン・ランによって設立されたアメリカのブラックメタルバンドです。本作は2021年リリースの9作目。もともと一人ブラックメタルプロジェクトで、すべての楽器をランが演奏するスタイル。そのあと、ツアーメンバーを拡充していますが、本作も基本的に一人での作成です。

音楽スタイルはオーソドックスなブラックメタルの要素を特徴としていますが、さらにブルーグラスとアパラチアのフォークを取り入れています。歪んだギターや高速ドラムなどのヘビーメタル音楽に特有のサウンドに加えて、バンジョー、フィドル、ベル、シンセサイザー、アコースティックギターなどのさまざまな追加の楽器も組み込まれているのが個性。ランは熱心なアウトドアマンであり、自然保護、自然回帰的な姿勢を持っている様子。

ちなみに、パプノティコンとは刑務所の展望監視システムのこと。AOTYでユーザースコアが76(かなり高い)。

活動国:US
ジャンル:アトモスフェリックブラックメタル
活動年:2007-現在
リリース:2021年5月15日
クレジット:
 Austin Lunn: Guitar, Drums, Bass (4, 8 and 12 string), Keys, Lap Steel, Pedal Steel, Banjo, Square Neck Resonator, Acoustic Guitar and Bass, Vocals (Screamed, Growled, Sung and Choirs) Mandolin, Recorded samples.
 Charlie Anderson : Violin
 Patrick Urban: Cello

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総合評価 ★★★★☆

曲ごとで表情は違うものの曲集というよりは7つの章と1つの断章で構成された物語。展開もかなりゆったりしていて、身をゆだねるというかアンビエント的に聞き流すのが良いのだろう。不快感を与える音というよりは心地よい、どこかリラックスできる美しい音像だが気が付くとかなり激烈な要素も入ってきている。その展開がじわじわと進んでいく。「ブラックメタル」と身構えていると入り口がかなりフォーキーで抒情的なので拍子抜けするが、アルバムを聞いているうちにかなり激烈性が強くなっているという作品。

作家性の強い単館公演の映画のように淡々と話が進んでいく。きちんと起伏はあるがそれがハリウッドのようにわかりやすくない。あとから、あらすじを説明がしづらいのだけれど鑑賞中は感情がゆるやかに動いていくような映画、そうしたものにコンテンツ体験としては近い。展開が急ではないのでじっくりと進んでいく。つかみどころがないから引っ掛かりを探そうと楽曲構成とかいろいろなことを考えていたらずいぶんレビューが長くなってしまった。日ごろあまりこういったジャンルを聞かないせいもあるかもしれないが、新鮮な手法も多かった。

コンテンツ体験として良質で、アルバム全体も見事な完成度だが、いわゆる商業性とか、ラジオ受けだとか、ストリーミングで最初の30秒で”つかむ”展開だとか、そういうものは全くない。アイデアが徹底して具現化されている音像なのだけれど、わかりやすい娯楽性は低い。ほぼ一人で作り上げている世界なので、本人の美意識や表現したいことが徹底して表現されている感覚を受ける。インディペンデントアート。

なお、ブルーグラスやアパラチアのフォークとあったが、カントリー要素はあるもののブルーグラス要素はあまり感じない(ブルーグラスとはいわばカントリーのジャズで、各人の速弾きとかダンサブルな要素を入れてショーアップしたもの)。バンジョーの速弾きとかは出てこない。アパラチアフォークの要素は強い。アパラチアフォークは移民、アイルランド、スコットランドのフォーク音楽なので、そうしたメロディ要素はずっと鳴り響いている。

※アパラチアンフォークのルーツについてはこちらがコンパクトにまとまっていてわかりやすい。

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1....And Again Into The Light 04:25 ★★★☆

アコギのアルペジオから、なんだか日本のフォークのようなコード進行、さだまさしとかかぐや姫とか。抒情的なバイオリンの音色が入ってくるのもさらにそれっぽい。ボーカルが入ってくる。低くうめくような声。スライドギターと絡み合う。スライドギターの音がちょっとたわんでいて(意図的にチューニングを心持下げている?)、声のトーンとともに歪んだ感情を感じさせる。フォークバラード調のまま曲が進んでいく。

2.Dead Loons 11:26 ★★★☆

エレキギターのクリーントーンでゆったりしたメロディとアルペジオ。後ろにかすかにホワイトノイズ、きらきらと輝くブラックメタル特有のチリチリしたノイズがかすかに鳴っている。ゆらめくオーロラのような。かなり展開に余白があるというか、じっくりと展開していく。展開を焦っていない。ストリーミング時代は最初30秒でいかに情報を詰め込むかという作りが多い中、真逆というかそんなことをまったく感じさせない。なんなら30秒だとイントロのSEというか雰囲気作りだけで余裕で終わってしまう。訥々と音が置かれる、アンビエント的な音像が3分以上続く。反復するシンプルなメロディをギターとキーボードが奏でる。3分13秒で轟音が降ってくる。ドゥームでヘヴィな音の塊。和音はどこか不協和音感がある。微妙にチューニングをずらしている? 残響音のピッチをずらしているのだろうか。和音そのものは整っているようだがどこかずれた感じがする。あるいはどこかテンション音を入れているのか。5分過ぎ、ボーカルというかスキャットが入ってくるのと同時にバグパイプのようなキーボードが入ってきて解放感が出る。差し込む光のような。全体として映像的、心情の変化をゆったりと描くというかサントラ的というか。6分になってようやく曲が進み始める。ボーカルはかなり後ろのほうに配置されていてほぼ聞こえない。ドラムは突進というよりミドルテンポ、ドコドコとかわいげのある速度。いわゆる超絶ブラストではまったくない。しかしバスドラはたどたどしさもあるがタムはえらく叩きまくっている。これは打ち込みかな。だんだん手数が増えてきた。全体の空気感は最初と変わらない。上を流れる抒情的なメロディが反復される。それが中心にあって、ドラムとボーカルはどちらかといえば遠くのほうにある。ギターソロも入ってくるが、メロディのほうが後方にある。かなり極端な音像。アンビエント感が強い。グロウルやドラム連打も入っているのに動より静、醜より美の感覚がはるかに勝っている。大きな川の流れのようなゆったりしたメロディだけが反復される。バイオリンソロが入る。全体的にどれかの楽器だけが突出してこないが、その中ではバイオリンの音が一番フューチャーされているかもしれない。

3.Rope Burn Exit 08:32 ★★★★

抒情的なバイオリンからのスタートは変わらないが、これは30秒もしないうちからドラムが入ってくる。バスドラはミドルテンポで進んでいく感じだが、タム回しがえらく早い。ボーカルも入ってくるが変わらず後方に。上にのる楽器群はギターとバイオリンか。そちらも刻みやリフが聞こえるというより音の流れとして聞こえる。ギターはほとんど音の塊、流れ、シューゲイズ的な極端なノイズの奔流として聞こえる。リフと呼べるようなものはなく、ドローン音として機能している。全体の和音は移り変わっていき、キーボードらしきものとバイオリンがメロディを奏でる。ボーカルとドラムが展開していく。気が付けば妙にドラマティックな展開。これギターどうやって録っているんだろう。ジャーンとコードを一回鳴らしているのか、トレモロで細かく弾いているのか。流れとして聞こえて、ピッキングのアタック感がほぼ感じない。和音が変化していくのはわかるのだが轟音、ノイズの奔流で輪郭がわからない、ところどころリズムに合わせてブレイクするのでそのタイミングは輪郭が出てくるのだが。ああ、これやはりトレモロか。細かく弾くことでまんべんなくアタックで埋め尽くされているのかも。ドラムのタイミングと同じかな。まったくブリッジミュートをかけずにかき鳴らすとこういう音になるのだろうか。相変わらずゆったりというか、一つ一つの展開は長く、完全に自分の世界にひたる耽美的な曲だが、この曲はそもそも構成がトラマティック。

4.A Snowless Winter 12:10 ★★★★

間髪を入れずに次の曲に。今度は最初からドラムが入ってくる。ツービートでスタスタ進んでいく。そういえばドラムパターンは比較的一定している。一定のビートの上で展開していくのでリズムパターンはさておきそこはテクノやダンスミュージック、エレクトロ的。ドラムは打ち込みと思われるので、実際テクノ、エレクトロミュージックとも言える骨子なわけだ。あれ、でもクレジットを見ると「Drums」とあるな。生ドラムなのか。だとしたらかなり上手い。でも打ち込みっぽいなぁ。タムが高速すぎる気がする。

こちらも同じくドラマティックなメロディ、雄大に流れていくメロディを慟哭するボーカルが遠くでなっている。慟哭するボーカルは前面に出てこないが切実な叫びや訴え、祈りのようなものを感じさせる。それが音像に溶け込んでいる、吹雪の中で姿はかすかにしか見えないが声だけ聞こえるような。4分過ぎから音像が変わる、またアルペジオ、音数が少なめのアンビエント的な音像に戻る。ドラムなしで聞くとよくわかったがトレモロギターだな。細かい、チリチリとしたノイズ。かなり細かく刻まれる音。5分半からまたドラムが戻ってくる。ドラムの音が土台を築く。これ、ギターはコードかき鳴らしではなくて単音弾きを組み合わせているのだろうか。1音ではなさそうだが。テンションがかかっているのはベースなのか。ドラムはツービートからバスドラ連打に、さらにビートが細かくなってツービートに戻った。ビートもBPMは一定ながら展開していく。シンバルの音がカンカンカンカンとなっていて催眠効果のようなものを感じさせる。10秒近くでドラムが一度とまり、トレモロギターによるリフフレーズが反復される。10分ごろ、ドラムだけのブレイクがありまたもとに戻る。こうしたブレイクを何度か繰り返してそのたびに激烈感が増していく手法はこの曲で初めて出てきた。

5.Moth Eaten Soul 07:39 ★★★★☆

そのまま次の曲へ。これは壮大な組曲ともとれるな。全体としては激烈なのだが耳障りではなく、むしろ浸っているうちに流れていることを忘れるというか、まさにアンビエント。ダイナミクスが少なく一定のテンション、音圧でずっと続いていくからだろう。だんだん音世界に慣れてくると気が付けば別世界にいる感もある。そういえばあまりブルーグラス感は感じないな。なんだろう、北欧ともまた違うが、この曲はややケルティック? エスニック? 伝統音楽的なメロディが展開している。ああ、これがアパラチアンフォークか。途中、かすかにテンポチェンジしてテンションが上がる。アルバムの冒頭に比べると激烈性が増している。ただ、わかりやすい変化ではなく、アンビエント感に任せてなんとなく聞き流していると気が付くとかなり激しい音像になっているというか。ゆであがっていくカエルのように。6分過ぎ、鐘が鳴り響き、TVのナレーション、ニュース報道のようなアナウンスが入る。反復するアルペジオのギターリフ。穏やかな会話だが警鐘のように聞こえる。最後にボーカルが入ってきて締める。

6.Her Golden Laughter Echoes (Reva's Song) 01:55 ★★★

アコギ、バンジョーか。はじめてカントリー感が前面に出てきた。今まではそれほどUS、アメリカーナ感は感じない。欧州というか、伝統音楽的な要素はあったが、基本的には壮大でマイナー調の音の奔流だったが、この曲はカントリー、キャンプファイアー的な。うしろで自然音のような、アウトドアな感じの音もする。インストの小曲。

7.The Embers At Dawn 12:40 ★★★★☆

アコギの穏やかなカッティング、ふわっと入ってくるキーボード音。静謐なインディーフォークロック、オルタナフォークの音像。Fleet Foxesにも近い音像が続く。2分ごろからゆっくりベースとドラムが入ってくるが、カントリーフォーク的な音像は維持されている。ゆったりと時が流れていく。1曲1曲が長いので展開がどれもかなりゆっくりしている。十分反復してから展開する。ボーカルもクリーントーンというか、穏やかでフォーキー。5分過ぎからボーカルが多重に重なってくる。ある意味教会の合唱というか、荘厳さもある。6分半ごろ、突然ノイズが入ってきて、今までの静謐なメロディ、バイオリンを残したままブラックメタル的な疾走に入る。ボーカルもグロウルに変わるが、曲の全体の雰囲気は保たれている。この「保たれている」というのはなかなか面白い。明らかに音像は変わったのに。上を流れるバイオリンやトレモロギターのメロディが続いているからだな。だんだんその上側の奔流の音量が上がり、ドラムとボーカルのグロウルを押し流していく。ドラムパターンも一定の繰り返しで、テクノ、トランス的な催眠効果を持ってくる。声はかなりリバーブとエコーがかかり、遠くの山に向かって叫ぶような音像に。最後、キーボードの音だけが残って足音と扉を開く音。山だろうか。

8.Know Hope 12:18 ★★★★☆

そのまま足音に導かれて次の曲へ、いきなりフルパワーで轟音とリズムが降ってくる。最初は音圧を感じるがすぐに奔流感が強まる。ドラムがやる気を出してかなりパターンを変えてくる。反復ではなく作りこまれたドラム。一部ギターもリフらしきものが出てくる。これはメタル的には一番輪郭がくっきりした曲。メロディの奔流だけでなく曲が展開していくし、どこかヒロイック、バイキング的な響きもある。ドラムパターンが表情豊かなので酩酊感より展開感が強い。やはりこういう音楽においてドラムの影響は大きいのだな。むしろドラムパターンで表情が変わるからね。ギターやボーカルより、ドラムが主役の音楽なのだと思う。これは単曲があつまったアルバムというより、パート、章が集まった一つの組曲のようなものなのかもな。最終章なのでクライマックスなのだろう。ただ、それでも10分以上あるからね。8曲71分で、各曲の中でも表情は変化していくので曲というより章建てに近い。第1章から6の断章(この曲だけ短い)を挟んで全7章というか。6分半ごろ、曲の表情が変わり、静謐さが出てくるが今までと違いドラムは鳴り続けている。完全に静に振るのではなく、緊迫感が維持されている。女声のナレーションが入ってくる。8分半過ぎから曲が展開し再び疾走を始める。ブラストというより疾走感を重点に置いたリズム。高速エイトビート。このビートパターンは出てくるのが初めてかも。軽やかに駆けていく感じがする。最後、アジテーションのコーラスのようなフレーズを連呼する。クライマックス感がある。そこからツインリードのメロディへ。10分半ごろからだんだんとそうした音がフェードアウトしていく。バイオリンとチェロの音だけが残る。何か機を織るような、機械がきしむような生活音も入る。アウトドアというか自然界の中で暮らすような音。回帰していく。鳥の鳴き声だ。

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