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翻訳不可能な「日本語」とは?/Unübersetzbare japanische Wörter

翻訳は、楽しい。原語と突き合わせて意味を汲み取りつつ、日本語に落とし込むときにどう創意工夫するか、という意味で編集的な側面も含まれているからだ。とはいえ翻訳に困る「言葉」も無数に存在する。例えば擬音や造語、あるいは日本語になっていない動植物など様々だが、「翻訳不可能な『言葉』」といったトピックは、結構色んな場所で見たり聞いたりする(まあそれを知ったところで居酒屋の与太話以上の何かに特段なりうるわけでもなく、雑学の一種として処理されて終わるのだが…というか、言葉に関する問題っておおよそこんな扱いを受けがちな気がする)。創元社から出ている『翻訳できない世界のことば』は、まさにそうした人々の雑談魂に火をつけたという意味でヒットしたのだろうが、皆さんは何かその「翻訳不可能な言葉」を覚えているだろうか?

一応ドイツ語に親しんできた身としては、Waldeinsamkeit(ヴァルトアインザームカイト;森の中で一人ぼっちでいるような感覚)やら Schadenfreude(シャーデンフロイデ;他人の不幸を喜ぶ気持ち)といった語がそれなりに認知度がある言葉だと思う。余談ついでに、前者の Waldeinsamkeit に関しては、その発案者が既に分かっている……というか、この言葉はもともとドイツ・ロマン派というドイツ文学の一潮流を代表する言葉として知られていた。Waldeinsamkeit の元ネタは、ルートヴィヒ・ティークという詩人が書いた『金髪のエックベルト』(1797)に出て来る「小鳥の歌」で用いられた言葉で、単に「だだっ広い森の中にひとりぼっちでいる」感覚ではなく、そこには都市という現象に対する反応として出てきた言葉……というのが、一応ドイツ文学史の定説っぽい理解だ。

ともあれ、「翻訳不可能な言葉の日本語訳」はそれなりに見るものの、逆に「翻訳不可能な日本語と見なされている言葉」については意外と考える人は少ないのではないだろうか? とりあえずざっと思い付く限りだと「侘び寂び」やら「もののあはれ」とかみたいな古めかしい言葉は翻訳不可能なものとして挙げられているに違いない。そう踏んだ上で、Google に Unübersetzbare japanische Wörter(翻訳不可能な日本語)と打ち込み、検索する。すると「ドイツ語の訳がない日本語13選―Part1」というサイトが見つかったので、以下書き起こしてみよう。

・積読(TSUNDOKU)

一発目から何とも変な単語が来た。一応このページの頭では、「ひょっとしたらこの13のドイツ語訳のない日本語の言葉の一つ、あるいは全部が、あなたの旅の体験を生き生きとさせてくれるかも?」みたいな但し書きがあるのに、こんな旅行とは無縁の言葉が一発目だなんて……。

ドイツ語ではこの言葉について次のように説明している。

買った後に読んでいない新品の本で、ただ他の未読の、寂しい本からなる山の上に置くだけ。“Ein neues Buch nicht zu lesen, nachdem man es gekauft hat, und es einfach auf den Stapel anderer ungelesener, einsamer Bücher zu legen.”

https://www.ef.de/blog/language/13-japanische-woerter-ohne-deutsche-uebersetzung/

lesen と legen で韻を踏んでいるのがなんかイラっとくるが、一応本質的なことは伝えている。とはいえ日本語でも「積読」と「積んどく」で掛け言葉になっているので同じようなものか……。他にも、

・お疲れ様(OTSUKARESAMA)

=疲れているように見える。“Du siehst müde aus.”

・大雑把(OZAPPA)

=細かいことにあまり拘らない性格、と言えそう。“Ein Persönlichkeitstyp, den man als detail-uninteressiert beschreiben könnte.” 余談だが、OZAPPAという響きは、ドイツ語的にはギリシャ風の響きに聞こえるらしい。

といった言葉が続くのだが、明らかに「訳せるだろ」っていう言葉が二つ、あとそんな言葉知らないっていうものが二つあったので、それぞれ検討してみよう。

まず、「真面目(MAJIME)」だ。普通にドイツ語だと Ernst(まじめ・真剣)と言うが、どの辺りが「訳せない」となったのだろうか? 一応意味を見てみると、

大きな注目を浴びることなしに、物事をこなす、真面目で信頼できる人。“Eine ernsthafte, zuverlässige Person, die Dinge ohne großes Aufsehen erledigt.”

https://www.ef.de/blog/language/13-japanische-woerter-ohne-deutsche-uebersetzung/

と、結局 ernst という接頭辞が入っている。真面目を Ernst と訳すのは果たして「真面目」なのか? おそらくだが、ドイツ語の Ernst は「熱心さ」という性質を併せ持つがゆえに、「淡々と物事を処理する」といったイメージが「Ernst では翻訳できない」と思われたのだろうか…? 

続いては、「忘れ物(WASUREMONO)」という言葉。一応ドイツ語にも「遺失物/取得物 Fundsache」という単語がある。ただ Fund には発見・拾得といった意味があるため、「置き忘れた」というニュアンスは薄れる。意味としては、次のように説明されている。

置き忘れた、あるいはなくなってしまったもの。例えば、電車でなくしたり、家に置き忘れてしまったもの。“Vergessene oder verlorene Dinge; ein Ding,, das man im Zug verloren oder zuhause vergessen hat.”

https://www.ef.de/blog/language/13-japanische-woerter-ohne-deutsche-uebersetzung/

意外な言葉が訳されてないように思うが、以下二つは個人的には聞いたことがなかった。

・「ニット女(NITO-ONNA)」

・「上げ劣り(AGE-OTORI)」

最初は NITO-ONNA という文字だけ見ても、何が何だか分からなかった。色々英語などで調べてから、この単語が「ニット女」を意味するらしいことを知った。そしてそのニット女とは、文字通りニットを着ている女性……のことを指すのだが、意味としては次のように書かれてある。

キャリアに専心するあまり、ブラウスにアイロンをかける時間が取れず、ニットの上着ばかり着て出歩く女性。“Eine Frau, die sich so sehr ihrer Karriere widmet, dass sie keine Zeit zum Bügeln ihrer Blusen findet und so nur in gestrickten Oberteilen herumläuft.”

https://www.ef.de/blog/language/13-japanische-woerter-ohne-deutsche-uebersetzung/

いわゆる「卒業顔」や「干物女」と同じく、侮蔑的なニュアンスが含まれた言葉だが、当然?日本語で検索してもこのような意味は見つからない。あと、

NITOって何だ?

最初単語だけを見たとき、「二頭女」か「二刀女」のどっちかだと思ったが、説明を読むとニット(knit)の意味らしいし、何なら NITTO だしで、めちゃくちゃである。

次に「上げ劣り」だが、こちらは辞書にも説明があった。デジタル大辞泉曰く、「元服して髪を上げて結ったとき、顔かたちが以前に比べて見劣りすること」らしい。

元服して髪を上げて…の部分でいつの時代の話をしているのか困惑したが、当のサイトでは次のように説明している。

散髪した後、ひどい感じがする“Nach einem Haarschnitt schlimm auszusehen”

https://www.ef.de/blog/language/13-japanische-woerter-ohne-deutsche-uebersetzung/

元服があった時代の言葉からいきなり現代的な話になった気がするが、確かに髪を切った後に「前の方が良かった」と思う人は私だけじゃないような気がする。これからは散髪のあとにちょっと嫌だなと思ったら「上げ劣りがしますね」と言ってみよう。きっと多分maybe誰にも伝わらないだろう。


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