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ノルウェー初のモダニスト詩人ロルフ・ヤコブセンについて

一つの言語を習得する以上、その言語の文学作品を読みたいと思うのはごく自然な欲求だろう。今回は、『アレ』Vol.8の巻頭言でも触れていたが、ノルウェー初のモダニスト詩人であるロルフ・ヤコブセン(1907~1994)について紹介したいと思う。

彼は「ノルウェー文学」という括りでは本来であれば絶対に外すことのできない詩人であるにも関わらず、これまで日本ではドイツ文学者である飯吉光夫による紹介を除いて、ほとんど触れられてこなかった。それも、1990年10月刊行の『現代詩手帖』に彼の詩が3つ、ドイツ語からの重訳で紹介されていただけで、彼がどのような人物であり、どのような作品を残しているか、あるいはノルウェー文学ではどのような位置付けがなされているかといった研究は、少なくとも日本語に関して言えば存在しない。

そこで今回は、未邦訳の彼のWikiの代わりと言っては何だが、彼の経歴や詩集について紹介し、認知度向上に努めようと思う。今後彼の詩の翻訳や研究についての土台作りとなれば幸いである。既にいくらかの詩は翻訳済であり、その分析等も行っているので、何らかの形で発表していく次第である。

◆ロルフ・ヤコブセンについて

 1907年にクリスチャニア(現:オスロ)に生まれる。1913年に家族と一緒にソレル地区のオスネスに引っ越したが、1920年には私立のギムナジウムに入学するためクリスチャニアに戻り、鉄道技師として勤めていた叔父の元で暮らし始める。その後オスロ大学に入学し神学と文献学を5年間学ぶものの、結局卒業することはなかった。他方で彼は、在学中に大学合唱クラブ(Akademisk korforening)で作曲活動を行い、ノルウェーの楽譜出版社にロルフ・ヘヴレという偽名で出版を行っていたり、ノルウェーとスウェーデンの社会主義学生団体クラルテでも活動を行っていたりもした。

 この時期にヤコブセンは経済危機や両親の離婚などを経験しながらも、1933年に初の詩集となる『大地と鉄(Jord og Jern)』でデビューを果たす。ノルウェー内外で好評を博し、ノルウェー初のモダニスト詩人と呼ばれる。この頃にノルウェーの共産主義サークル「モート・ダーク(日の当たる場所に向けて)」に一時的に所属するものの、1934年には父親の世話をするためにオスネスに戻り、ジャーナリストとして活動し始める。そして1941年には「コングスヴィンガー労働者新聞(Kongsvinger Arbeiderblad,現:Glåmdalen」の編集者として生計を立てるようになる。

 1935年には第二詩集である『群衆(Vrimmel)』を発表したが、その後の彼は政治活動に身を投じるようになる。ヤコブセンは「労働者青年同盟(AUF,Arbeidernes ungdomsfylking)」に所属し、および「トラム労働者団(Tramgjeng)」の運営を行い、さらにはオスネス労働党の指導者にまで成り上がるが、ドイツのノルウェー侵攻に伴い1940年にはノルウェーのファシズム政党である「国民連合(Nasjonal Samling)」のメンバーに鞍替えする。また、1940年にペトラ・テンデと結婚する。

 戦後になり、その頃にコングスヴィンガー労働者新聞で書いていた社説のために投獄され、1947年に釈放されることになるものの、妻と子供をコングスヴィンケルに残したまま単身ハーマルに住まう。その後1949年から1959年にかけてハーマルの書店員、1961年から1971年にかけては「ハーマル・シュティフツティダンド」新聞のジャーナリスト兼、夜間の編集者として勤めるようになる。また、家族とは1952年にハーマルで再会を果たしている。その間にヤコブセンは、第三詩集となる『長距離列車(Fjerntog)』を1951年に、そして彼曰く「本当のデビュー」とされる第四詩集『隠遁生活(Hemmelig Liv)』を1954年に発表する。

 続く1956年には第五詩集『叢の中の夏(Sommerern I Gresset)』、1960年には第六詩集『光への手紙(Brev Til Lyset)』を、1965年には第七詩集『そして沈黙が訪れた―(Stillheten Efterpå―)』、1969年に新聞記者としての経歴に由来する第八詩集『表題(Headlines)』を発表する。1972年には第九詩集『ドアにご注意ください―ドアが閉まります(Pass for Dørne - Dørene Lukkes)』、1975年に第十詩集『呼吸練習(Pusteøvelse)』、1979年に第十一詩集『何か別のことを考える(Tenk På Noe Annet)』、そして1985年に最後の詩集でありかつベストセラーとなる『夜警(Nattåpent)』が発表され、1990年に詩選集『我が全詩集(All mine dikt)』を出版した後、1994年没。死後、遺稿詩集などを収めた『全詩集(Samlede dikt)』が発刊される。

後半はかなり駆け足気味になってしまったが、彼の経歴を特徴付ける上でやはり激動の時代であったのが、初期~中期つまりデビューした1933年から45年あたりの活動であり、彼の周囲の政治組織との関わりであることは疑い得ない。やはり、ロルフ・ヤコブセンはノルウェー人作家の「偉大な4人」以後のノルウェー文学の先陣を切った詩人であるだけに、彼の詩や作品についてはより紹介されても良いだろう。

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