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ヒヤリハット報告書は、分析するほど、「スルメ」の味わい

 保育施設におけるヒヤリハット報告書の統計的整理や分析を実施したことがあるが、ヒヤリハット報告書は、「するめ」のようで、上から見たり、斜めからみたりすることで、様々な識見を得ることができるものだと実感している。


ヒヤリハット報告の集計だけでも・・・

 どのような統計的整理をしているかというと、ヒヤリハットが発生する時間的特徴、場所的特徴、どのようなタイプのヒヤリハットが発生するのかを、報告数から統計的に整理している。そして整理された数値について、頻度をグラフ(ヒストグラム)化したり、【時間と場所】、【時間とタイプ】、【場所とタイプ】のクロス集計をしたりしている。

 これらのグラフや集計表を、今回の分析作業の対象となった施設の方にご覧いただいたところ、次のようなコメントをもらうことができた。

○こういう表は、施設で従来から集計して知りたいと思っていたもので、感
 覚的に感じていたことが数値化されているので、わかりやすい。職員会議
 で事故やヒヤリハットの検証などに利用したい。

○ある曜日に報告が多い認識が、実際にそうだということを確認できた。ミ
 ーティングを行い、週案の活動予定にも反映させた。

○報告の多い空間が再認識できたので、その対策を講じていく。

○タイプ別報告頻度の数の多い事案に対して手を打つことで、園内のリスク
 の発生ボリュームを劇的に減らせる。

○どうしても感覚的にインパクトの大きなものから、対策を講じてしまう
 が、このような統計的整理によって、施設全体で事故を減らすためには、
 数が多いものから対処すべきであるという認識が持てた。

○どうしても、タイプや場所といった特性ではなくて、報告数の多い子ども
 に着目してしまいがちになることが分かったので、その点を見直していき
 たい。

 ヒヤリハット報告書を統計的に整理し、グラフ化することで、主観的な印象で捉えられていたヒヤリハットの発生状況を客観的な数値で確認できたり、対策の優先順位付けが必ずしも、ヒヤリハットの発生状況に則していないことに気付かされたりということなのだろう。これを踏めると、統計的整理の有効性を評価してもらえたのではないかと思っている。


改善策のテキストマイニング

 さらに、今回整理の対象としたヒヤリハット報告書のフォーマットには、「改善策」を記入する欄がある。自由記述式のスタイルとなっていることから、その改善策テキストをテキストマイニングの手法で分析することも試みた。

 テキストマイニングとは、文章を単語(自然言語処理の分野では、「形態素」という)に分解し、その単語の使用状況(頻度や順番)を統計的に分析することで、テキストの特徴を発見するというものだ。大量の文書から内容の傾向を見いだしたり、類似文書を発見したりといった目的で用いられる技法だ。

ヒヤリハットのテキストマイニング

 このグラフは、テキストマイニングの技法の一つである対応分析を用いて、ヒヤリハット報告書の「改善策」テキストを分析した結果で、分析対象となった保育施設のテキストの特徴を見出せるように実施している。

 対応分析のグラフにおける成分1、成分2の値自体に実社会的な意味はない。各単語の使われているパターン(どちらの施設で、何回使われているか、同じテキストの中で使われるか等)の近さを並べるための計算数値であり、使われ方が似ている単語が近い距離で配置される。グラフ中の「施設A」「施設B」は、それぞれの施設の改善策テキストにおける単語の使われ方を集計したポジションで、この図示されている位置に近い語句ほど、それぞれの施設のテキストの使われ方のパターンに近いことを示す。


施設ごとの違い

 このような分析、グラフ化の結果、「改善策」テキストに用いられる単語の使われ方に、施設ごとに一定の傾向が存在することが確認できる。右上方向の単語は施設Aで良く使われる単語であり、左下方向の単語は施設Bで良く使われる単語となるが、確かに、グラフの右上端と左下端には、それぞれ施設Aのみで発生したヒヤリハット事例、施設Bのみで発生したヒヤリハット事例に対応した単語が並んでいる。

 続いて、それぞれの施設の改善策テキストの特徴として、各施設のポジションの近くに配置されている語句を確認すると、施設Aの改善策テキストの特徴は、「見守る」となる。施設Bの改善策の特徴は、「確認」となる。

 それぞれの語句の出現回数は以下のとおりであり、差があることが分かる。

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 改善策のテキスト中で「見守る」が使用されているケースを読むと、その改善策の中心には、「危険な状況にならないように、その場で対応する」という方向性が読みと取れるが、そうすると、この「見守る」という単語は、「現場措置」を表していると解釈できるだろう。
 一方、「確認」は、「危険な状況が生じないように、予め確認する」という方向性を象徴する単語であり、「事前措置」を表していると読み取ることができる。

 つまり、施設Aでは、臨機応変の「現場措置」によって、ヒヤリハットが生じない、又はヒヤリハットが事故にならないようにするという姿勢で「改善策」が講じられ、他方、施設Bでは、「事前措置」によって、想定される範囲において、ヒヤリハットや事故が生じない環境を構成するという姿勢で「改善策」が講じられていると解釈できる。

 ヒヤリハット事案への対応として、「現場措置」と「事前措置」のどちらが優れているということではないが、ヒヤリハット報告書の改善策テキストのテキストマイニングにより、報告者の「改善策」に関する主観的思考に、施設ごとの傾向があるという解釈が可能となる結果が見いだせているのである。


頻度・分布と自由記述の統計分析のマリアージュ

 保育施設では、このヒヤリハット報告書のみならず、各種の指導計画、連絡帳、保育日誌、記述式の発達経過記録(例えば、エピソード記録のようなもの)など、選択式ではない自由記述スタイルのテキストが、日々生成されている。これらのテキストを“テキストマイニング”していくことで、そのテキストの作成者、そしてその作成者の所属する組織についての様々なインサイトを手に入れることができる。

 ヒヤリハットの発生状況を数量的に処理して作成されるデータのグラフ化、可視化も、インサイトを手に入れるための有力な方法であり、同時に、テキストのような、従来は質的な情報とされていたものについても、計量的に分析することができ、その両者を合わせて整理、分析、解釈することで、様々なインサイトを手に入れることができるはずである。

 このようなデータ分析を通じて、それぞれの施設の保育のあり方を振り返っていくことが、ひいては、職場としての魅力の向上、保育の質の向上に繋がっていくのではないだろうか。