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蓮華―夏の到来、あるいは町中華

四条大橋から木屋町通を下り、団栗橋の手前で高瀬川を渡る。
狭い路地をクランク状に曲がった先に、「芙蓉園」という中華料理屋がある。いわゆる町中華というやつだ。
河原町通から行った方が分かりやすいのかもしれないが、私はこの道と風情が好きなのだ。

京都の中華はお座敷にニオイを持ち込まないようにマイルドな味付けになったと言われ、その特徴はニンニク・油控えめ。
近年は様々なチェーン店も増えこの限りでは無いが、「芙蓉園」は昔ながらのやさしい味が味わえる。
名物は鳳凰蛋ホウオウタンという鶏肉入り玉子焼き。鶏肉と玉ねぎを自家製スープで煮て卵でとじたもの。とろみがあり、材料からも分かる通りやさしい味である。

ところで、中華にはよく「芙蓉」という文字が付く。
上記のような店名に限らず、いわゆる「かに玉」も「芙蓉蟹フヨウハイ」と書く。
四川料理に「芙蓉」が付くのは、かつて成都城が「芙蓉城」と呼ばれたことに由来するというが、中華風オムレツである「芙蓉蛋」は広東語に由来するそうで、由来は一つでないのかもしれない。

「芙蓉」とは低木にピンクの花を咲かせるフヨウのことだが、ハスの美称でもある。ハスの花は「蓮華」とも言い、漢字で書くと途端に抹香臭くなるのは、「南無妙法蓮華経」という言葉があるからか。

仏教に詳しくなくても、「ナンミョーホーレンゲキョー」くらい言えてしまうところに、この国に仏教が深く根ざしていることを感じるわけだが、「妙法蓮華経」とは「法華経」のことで、仏に帰依(拠りどころ)すれば誰でも平等に成仏できるという大乗仏教の代表的な経典のことだ。
ここに「蓮華(=ハス)」が使われているのは、「蓮は泥より出でて泥に染まらず」という言葉の通り、ハスは清浄の象徴であり、仏教の教義が如何に清浄で正しい教えかを表すために使われたようである。

ハスの葉が持つ自浄性(=ロータス効果)

「蓮華」と聞いて我々に馴染み深いのは、これまた中華料理で使用される「レンゲ」である。
正式名称は「散蓮華ちりれんげ」。形状がハスの花弁に似ていることからこの名が付いた。現在はプラスチック製も多いが、陶製の匙は口当たりや料理の熱さを和らげ、金属製のスプーンとは異なった趣があって良い。

ハスの花は午前中に開き午後には閉じる特性がある。
花が開くときには、微かであるがポッと音がするらしい。
石川啄木の「夏の朝」という詩には、その様子が周囲の静けさを表す描写として巧みに取り込まれている。

しづけき朝に音立てゝ、白きはちすの花咲きぬ

石川啄木「夏の朝」より

7月中旬から下旬には、蓮の花が見ごろを迎え、本格的な夏が到来する。


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