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「めぐりあい」第二部 再会

Ⅵ  はるに逢いたい

   私ははるなら分かる、二人の思い出をブログに書いたんやった

晩秋の朝日を浴びながら、青蓮院門跡の宸殿(しんでん)から大楠のある静かな庭をずっと二人で眺めて、青蓮院の庭園を二人で手をつないで歩いて、知恩院から丸山公園を通って八坂神社にお参り
ねねの道を通って高台寺から賑やかな二年坂・産寧坂経由で清水寺へ

もうそのころはすっかり秋の日は暮れつつあった
清水寺から沈む夕日を二人で見たんも忘れられん風景の一枚や

彼にまた逢いたい・・

もしも彼に妻子がいても、私に夫や子供がいても、だけど逢いたいという気持ちに変わりはない

映画「めぐり逢い」が好きだった私が、「もし二人が別れても、デボラ・カーとケーリー・グラントがニューヨークのエンパイアステートビルの展望台で逢おうと約束したように、もし別れたとしても、私らもいつか、京都タワーの展望台で逢えへん?」と、そう約束したんを覚えとる?

私はブログにそう書いたんやった

今までその一線を越えんかったのに、そんなブログを書いたんは、旦那から電話があって、「離婚したい」と言われたからやった

電話の奥の旦那の感じから、離婚を押し進めなあかん強い意志を感じた。あぁ、やっぱりあの女と一緒になるんかな? 私は一度も会ったこともない、気配だけ感じ取る女のことを思った。私は深くは聞かんかったけど、これだけは聞いたんやった

「あんたと別れるんは私もええよ。悟のことはどうするん?」
「悟には時々会いたい。養育費ももちろん払う」

私は同意して、離婚の手続きを進めることにした

その夜飲んだ赤ワインは、普段はそんなことないんやけど、ちょっと悪酔いして、頭が少しぐらつく中で、心の叫びをぶつけるようにサイトのブログにはるとのことを、はるに逢いたいという思いを書いたんやった

そんなブログを書いたあと直ぐに、ハルからメールが来た
「もとこに逢いたい。京都タワーの展望台で。俺ではダメかな?」


Ⅶ  京都に向かう

「モトコに逢いたい。京都タワーの展望台で。俺ではダメかな?」

そう書いてあったハルからのメールには、俺がはるだとは書いてへんかった

「俺ではダメかな?」

その言葉は、ハルははるでないという意味にも取れたし、君とは一度別れたけど今の俺ではダメかな?という意味にも思えた

それは私の希望的な推測やったかもしれんけど・・・

ハルと週末の土曜日の10時、京都タワーの展望台で逢う約束をした
息子も連れて行ってええかと聞いたら、もちろんいいよ、との返事があった

息子には、たまには京都に泊りで行こか?と言って、週末の京都旅行に連れ出した。友達にも会うんだとも告げていた

「お友達かぁ。オトンの知り合いか?」
「いゃ、おとんの知り合いやないなぁ」

土曜日はおかんの好きな寺社巡りに付き合って貰う代わりに、日曜日は大阪のUSJに連れていくことにした

悟は妙に察しが良いというか、もう、おかんと二人の生活になることを理解しているかのような感じもする。だから、我儘は控えなきゃあかん、男の子やからおかんを守らなあかんと思っとるんかもしれん

これは母親の欲目かもしれん。本当は甘えたいけど少し遠慮しとるだけかもしれん
だけど、母親と息子だけの生活を岡山で8カ月過ごして、逞しくなっとるんは確かや

岡山駅から京都駅まではのぞみで1時間。あっという間や

悟は新幹線は大好きやから、もっと乗っていたそうやった。京都駅を降りたら京都タワーは直ぐ目の前や
大学生活4年間とその後の最初の職場合わせると10年間を過ごした京都の街。懐かしくて、はるとの思い出もあって少し胸が痛むようなところもある、大好きで忘れられん街に息子と降り立った

悟と手を繋いで京都駅の改札を出て京都タワーへと向かう。最近はあんまり手を繋ぐことも無くなってきたけど、悟もあんまり知らん街で知らん人に会うんが少し心細いのか、手を繋ごうというとすんなり握り返してくれた

いつまで悟と手を繋くことが出来るんかな。今が幸せな時かもしれんな

そんなことも考えながら、ハルが待つ京都タワーの展望台へと、ハルに逢うのに不安な気持ちを抱えて、二人でエレベーターに乗った


Ⅷ  京都で逢う

京都タワーの展望台のフロアーでハルを探す。私が悟を連れてきていることと、服装も伝えてある。オープンして直ぐの展望台はそれほど人はいない

私の心臓は早まり、ドキドキと胸で高鳴っている・・

ハルの服装もメールで聞いている。ベージュのコートに、ワイン色のセーターにジーンズ・・

あっ、おった!

手を挙げて近づいてくる・・・ 

ちょっと老けた感じもするけどやっぱりはるや!

「久しぶり」
「久しぶりやね」

懐かしい声。懐かしいちょっとはにかむような笑顔

「悟くんかな。初めまして、はるです。お母さんとは大学の時の友達なんだ」

腰を屈めて悟にも挨拶してくれる
悟も恥ずかしがりながらも挨拶をしてくれる

愛知県出身のはるは、こてこての名古屋弁を話す訳でもなく、言葉だけ聞いとると、何処の出身の人かはよう分からんとこがある

大学生の時もそうやった。今も話し方、アクセントとかは当時と変わらん感じがする
私が話す関西弁をよう面白がっとったな

昔のことをちょっと思い出してしまう

「悟くんは、今、小学校は何年生なの?」
「2年生です」
「そうか。何か、スポーツとかやってるの?」
「サッカーをやっとるよ」
「ほう、いいなぁ。おじさんは子供の時は野球やったなぁ」

展望台のフロアーを回りながら、はるは気を使っているのか、時々悟に話しかけてくれる

悟も関西弁と、最近覚えだした岡山弁を、緊張しとるのか少し抑え気味で話しとるんが、ちょっと笑える感じや

私が妄想しとった、はると悟と私。その三人の取り合わせでこうして一緒に逢って歩いて話しとるんは、なんか不思議な気がするなぁ

悟の前やから話すことは限られるけど、ぽつぽつと昔話をしながら、展望台を一周して、それから青蓮院や清水寺などがある東山に向かうことにした

京都駅から地下鉄烏丸線に乗り烏丸御池で東西線に乗り換えて東山駅で降りたら青蓮院までは歩いて直ぐや


 Ⅸ  初冬の京都

地下鉄東山駅を降りて、三人で青蓮院へと向かう

院に着くと、我々を迎える門前の横にそびえる楠の大木。落葉していない木は晩秋とは思えない落ち着きと重厚さを感じさせる

「大っきな木やね」悟が驚いて声を上げる
「そうや。樹齢800年程で、親鸞聖人という偉いお坊さんが植えたと言われとるんよ」
悟はふ~んと納得したような顔になる

受付から殿舎内に入る。江戸時代に仮御所にもなった格式の高いお寺は、落ち着きがある
宸殿から右近の橘、左近の桜を前にして庭園の奥にある楠の巨木をしばし眺める

あぁ、あの時も二人並んで眺めっとたなぁ。私は、はるの横顔をそっと覗き見る。ちょっと鬢に白髪が見える。大学卒業を控えた就職活動を理由に段々と疎遠になっていった二人。はるの卒業前に破局を迎え、それ以来は一度も会ってなかったんや

はるは、あれからどんな人生を送ったんかな

私も色んな人に男性に出逢い、仕事も変え、旦那と結婚して悟を授かった
はるも結婚してお子さんも二人おるらしい

奥さんとは上手くいっとらんとブログでは愚痴っとったけど、どんな生活してはるんやろな
 

一瞬、はると目が合った。ちょっとお互いの気持ちが分かった気もした

「あれからどうしてたの?」
「色々あったんはお互い様や」
「やり直せんかな」
「時は戻せんわ」
「戻せないかな。でも新しく始めることも出来るんじゃないかな?」

私の左にははる。私の右には悟。悟はお寺の厳粛な空気は、はしゃぐ場所やないと思っとるんか、おかんとおじさんの微妙な空気を感じ取るんか、思ったより大人しゅうしとる

暫く楠を眺めた後、靴を履いて紅葉の木々や池がある庭園を見てから青蓮院を後にする。それから知恩院の門前を通って丸山公園の方から八坂神社にお参りする

そのあとは高台寺のねねの道から二年坂から産寧坂を通り清水寺へ

「わぁ、この辺りはお店屋さんも多いし、お客さんも多いんやね」
「そやろ。そしてここが一番人気の清水寺や。清水の舞台から飛び降りるって聞いたことあるやろ」
「あるような気もするなぁ。」   

清水の舞台から京都の街を眺めるはると悟の後姿を私は見ていた
私ははると逢いたいと切に願ったけど、その思いは遂げられたんやろか。この再会で何か得られるものがあるんやろか。二人の関係に何かが起こるんやろか・・・

Ⅹ  二人の生きる道

京都と大阪への週末の旅行の後、私ははるとのことを考えていた

京都で会った時は悟がおったんで、メールで書いていた「俺ではダメかな?」の意味を確かめることは出来んかった

でも週末に会った後のメールで、私と再び会えて嬉しかったことと、奥さんと不仲で離婚しようと悩んでいると、私に逢ってその思いは強くなったと書いてあった

そんなこと書かれてもなぁ、うちも困るやん

私は離婚の手続きを進めとるけど、はるはほんまに離婚するん?
離婚したとして、一度別れたうちらが、今度は上手くいくという保証はあるんやろか?

ハルはやっぱりはるやった
だけど、一度、大学卒業の時に結果的に私を振った狡い男の本質は、変わっとらんのかもしれんとも思った

でも、寂しいのも、はるにもう一度逢えて嬉しかったんは事実や

そして、はると逢って私の女の部分が疼いたんも事実やった

私は正直言って悩んどる。そして私にとって今大事なんは息子の悟との生活やから、彼の考えも大事にしたいと思っとる

天気の良い週末、瀬戸大橋や橋が掛かっとる島並みの絶景が見られる鷲羽山展望台に息子と出掛けた
息子も旦那とのことは薄々感じとるようやった

海と島と橋が織りなす雄大な景色が楽しめる展望台で、息子に私は話した

「母ちゃんな、お父さんと離婚することになりそうなんよ。」
「悟は、お父ちゃんと大阪で暮らしたいか? それともこのままお母ちゃんと暮らしたいか?」

子供には酷な質問や。悟は私の目を逸らして、少し俯きながら答え
「母ちゃんと岡山で暮らす・・」
「この間、京都で会うた男の人と一緒に暮らすん?」

そうか、そういう風にも思っとったんやね。私は屈んで悟を抱きしめた

「ううん。あの人と暮らす訳やないよ。悟と私はいつまでも一緒やよ!」

悟もその小さな身体で私を抱き返してくれる
「うん。俺な、男やから母ちゃんのことしっかり守ってあげるからな」

悟は泣いていた。私も泣いていた

はるのことは直ぐにどうなる訳やない。先ずは悟と私の岡山での生活をしっかりと固めよう
瀬戸の穏やかな海からの潮風と青い空に包まれ、私はそう強く思った

(fin)

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