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雲と追いかけっこを 1986

時は1986年で、ぼくには高校生活最後の夏休み、とある合宿に参加して帰る途中のぼくたち男女4人は夜行列車で東京駅に向っていた。

対面の座席にはS君とYさんが座っている。この小旅行の間に、ふたりに恋がめばえるかが、ぼくと彼女のひそかな楽しみだった。

日程は三日間で行先は岐阜県。 青春18きっぷを使い、行きも帰りも鈍行で、宿とかに泊まれるわけではなく深夜に現地着の駅泊で、合宿はその翌日だけで夕方にはもう帰路につき、またもや鈍行列車で車中泊をするという強行軍の旅。

行く時は三人で横浜駅に集合し、Yさんは自宅が東京なので現地で合流して帰りだけ一緒になったので、男女二人づつの四人になったのは帰りだけの事だった。

いま4人は東海道線上を東へ向かう165系電車の狭いボックスシートにおさまり、とりとめの無い話をしたり、ふざけたりしていたけれど、だんだんと夜も更けてきて車内が静かになってきた。

「ぼくと彼女」なんて書いてしまったけれど、彼女は彼女ということではなく、S君とYさんも特にそういう関係ではなかった(そういう素振りを見せなかっただけかも・・)ので、こうしてボックスシート上でお似合いの対面の二人を見ていると、付き合ってしまえばいいのにと感じるのがぼくと彼女の共通の認識だったし、それにこの話は以前からあった事でもある。

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そういう訳なので、対面座席のS君とYさんのお二人さんはお互いを意識し過ぎてしまっているのかもしれず、なにかぎこちないところがある。

4人で喋っているうちはフツーに前に向いていた体が、車内が静かになって、ほぼ8割がたの人がまどろむ状態になると二人の体の向きがお互いそっぽを向き始めた。
S君は通路に大きくはみ出す感じでほおづえをついて、寝に入ってしまったようだ。 Yさんも窓側に45度くらい不自然に傾いている。

ぼくと彼女はこっち側からそんな様子を見ていて、そのうちに深い眠りに落ちてしまえば無意識のうちにくっつきそうな対面のふたりを期待しながらうす目で見たりしていたけれども、なにも起こらなかった。

そして、盗み見していたぼくと彼女の共犯二人もやがて睡魔におそわれていく。 線路の心地よいジョイント音にさそわれ、眠りに落ちてしまった。


パート2

列車はいつのまにか早朝の東京駅に到着していた。

直立のボックスシートではとても寝れたものではないけれど、それでも疲れのせいか、いつのまにか眠りに落ちてしまっていたみたいだ。降りたプラットホームには連日の熱帯夜のよどんだ空気がへばりついていて、朝のさわやかさには程遠い。

ぼくたち4人おなじように、むくんだ顔に疲れた顔で、こちらも負けず劣らず、寝起きのよどんだ表情。しばしホームのベンチにたたずみ、それぞれにどこを見るとでもなく、何をするわけでもなかった。

かなりしばらくのあいだベンチで休んでから、大きな荷物をかかえて物憂くようやく歩き出す。

ぼくと彼女は例の二人を少しからかいながら見送って、そのあと東京駅の地下ホームへの長い道をたどった。 総武本線に乗って内房方面へと向かう列車に乗り、房総のはての海まで行ってみようというのだ。

口実は、今回の旅で青春18きっぷを使用したのだけれど、このまま帰ってしまってはもったいないから。 目的があったわけじゃない。

ただただ自由な1日があって、きっぷがあって、相手がいただけの事。

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彼女の事は特に女としては意識はしていなかった。

あくまでも仲間のひとりで、かわいい娘(こ)とは思っていたけども、彼女にしたいとかそういうのはぜんぜんなかった。

ぼくと彼女は電車に乗り込み、またもや国鉄フォーミュラのボックス席だけれど、こんどはたがいちがいの向かい合わせに腰をおろした。

早朝の車内はガラガラだ。

ただひとつ、わからないことがあって、彼女とは、もう丸二日ほども行動をともにしていて、二人とも風呂にもシャワーにも入っていないはずなのに、彼女だけはふしぎないい香りが変わらずにしていたのだ。

謎だった。


パート3

ぼくと彼女は、長旅の疲れもあっていつの間にか、電車に揺られるうちに二人ともけっこう深く寝てしまったようで、すでにどこかの駅に長く停車している様子に目が覚めた。

そして車内がなにやら慌ただしくなり、ムードが変わり通勤客が乗り込んでくる。 どうやら電車は内房線の某ターミナル駅で折り返しに入ったようで、寝ていて気が付かずにいた。

二人ともに合宿の大き目の荷物を抱え、人の流れにさからい車外に脱出すると、外はいつもの夏の晴れの空に戻っていて、曇天は朝の早い時間だけだったみたいだ。夏の暑くなる日にこういう天気はよくある。

今度は二人だけで再びベンチにたたずむ。 

もう駅は朝の通勤ラッシュの時間帯になっていて、大きな荷物を抱えた旅姿の二人は浮いた存在に思えた。

物憂げな動作で時刻表をしらべると房総へ行く下りの次の電車までは、まだまだ時間があるみたいだ。

そういう事なので、いったん改札を出て空腹を満たす為になにかお店を探してみるけれど、通勤客の多さのわりに駅前は閑散としていた。 時間帯のせいもあるのだろう。

もののみごとに一軒の食べ物屋(売店も含む)も見つける事が出来なかった。

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パート4

駅の外は日差しが既に強くなっていて、気温はもう30度近くあるのだろう。

探していたお店もないので、仕方なく駅に戻り、ホームの売店にあるパンとか牛乳とかのたぐいでとりあえずお腹をみたした。 空腹から開放され、やや落ち着いた二人。

そして再び、下り方面の空いた電車に乗り込み、すこし待つと定刻となった電車は静かに走り出した。

繁忙期でない夏休み中の平日の午前なので車内に人はまばら。

ボックス席に二人、進行方向に彼女、対面の窓際にぼくがすわった。 ぼくには進行方向の流れていく景色と彼女の両方が視界に入る。

今では電車内の冷房は当たり前だけれど、当時は暑ければ窓を開けて風を入れ、天井から扇風機がぶら下がり、独特のリズムで首を振っていた。

カンカン照りの夏空の下、モーターの唸り音をあげて再び電車が海を目指して行く。

あのとき、何の話しをしたんだろうか、今となっては思い出せない。きっと、とりとめのない話はしたと思うけれど、とくに無理に話す必要も無かったのかもしれないし、二人とも黙っていても苦痛でなく、不思議な意思の疎通があった気がしていた。

そして彼女のふしぎないい香りはあいかわらずだった。

本当にごくたまに風に乗ってくる微妙ないい香りがするたびに、心がすこしざわめいた。

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車窓に遠く、海が見えて来た。

複線だった線路は単線になり、トンネルとカーブが増えてきた。

単線なのでいくつかの駅に停まると長く停車する駅がある。 上り線の待ち合わせをする為だ。

やけに長く待つ駅があるなぁと思ったら、特急が追い越して行った。

すべてがスローに感じられる。

そして、しばらく走ると線路は海岸に沿うようになり、いくつものカーブにレールを軋ませていく。

あまりの暑さに入道雲が出てきた。 進行方向に大きくのしかかっている。

底は暗く「雨あし」らしきものも見えている。


パート5

列車がまるで生き物のように車体をくねらせて海沿いのカーブを行く。 カンカン照りの夏の日。

前方に見えている入道雲がさらに成長し、行き場がなくなった上の方が左右に広がった。 底は暗くて進行方向に立ちふさがる。

このまま行くと追いつくかもしれない。

雲が成長し、そして変化していく様は息を飲む美しさで見ていて飽きる事がなかった。

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そして目の前の彼女。
彼女はどこを見ていて、何を考えていたのだろうか。
長旅だが、疲れた様子も見せず、退屈しているそぶりも見せない。

ボックスシートのひじかけに肘をついて、手のひらにあごをのせて、それがすこし口元をふさいでいてた。 それがリラックスをしていたのか、彼女のお得意のポーズなのかは分からない。微妙な表情をしていた。

お互いにあいかわらず言葉は少ないけど、存在は気にしている。でも意識しすぎる事は無い。 そんな不思議な空気が二人を包んでいた。

電車が力行し、スピードを上げていくと雲に追いつきそうな気配。

惰行に入りすこしづつ速度が落ちて行き、そして駅に停車するとすこし離される。

また、発進して雲に追いすがりはじめる。

そして、停車する毎にすこし離される。

いつのまにかぼくの頭の中では雲と追いかけっこになっていた。

次の駅は特急の通過待ちのため長めの停車となり、

雲がややリードして先に行く。


パート6

結局、雲には追いつくことなく逃げられてしまい、雨はなく暑い夏のまま。

先に追い越して行った特急が既に到着している終着駅のホームに列車が入っていく。駅のたたずまいは、駅舎、ホーム、人と時間の流れと、旅の終わりにふさわしい雰囲気のものだった。

駅の外に出てみても雨が降った様子は無くて、より南で緯度の低いの夏の日差しがまぶしい。大きな旅行かばんは駅のロッカーに預けてしまい、海まで歩くことにする。

しばらく歩いていると赤い灯台が見えてきて、海まではもうすぐに感じられた。

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あまりの暑さに途中の自動販売機で冷たい飲み物を買う。彼女はウーロン茶、ぼくは普段めったに飲まないコーラを飲み干した。

突然の思いつきで始まった、この房総行きなので水着なんて持って来てるわけも無い。

泳ぐ人のいない、防波堤を二人で歩いて行く。

岸からはセミ時雨。 波は穏やかだ。

海はどこまでも蒼く、その深さが見ていてここちよく、飛び込みたい衝動にかられた。

まだ何も無い、まっさらな男女と、夏と海がそこにあって、ただそれだけだけど、それだけでぼくには十分だった。

期待していた方には悪いけど、男女のことは何も無くて、手をつなぐ事さえなかった。

帰りの事はよく覚えていない。

人間の記憶って都合が良くない事は忘れるようにできているのかもしれない。

都心に近づくにつれ車内は混んできて、日常が入り込んできて、この旅が終わりに近づいているのを思わせた。

帰りも行きの電車の中と同じように、ぼくと彼女のあいだにあいかわらず言葉は少なかったけれど、お互いの存在は気にかけていて、意識しすぎる事は無いという、不思議な空気はあいかわらずのままだった。


おしまい


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※2012年7月21日にブログに書いたものをリライトしたもので、以下のような序文のおまけが付いてます

猛暑も一休みの週末。 雨も降ったりして涼しい。 雨には過去にさかのぼる力があるらしい・・・・・・あの夏の懐かしい記憶がよみがえる。

番外編 = 続編

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