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カメハメハ大王の誕生秘話。

カメハメハ大王の生誕の地がハワイ島北部にある。カメハメハ・アカヒ・アイナ・ハナウと名付けられたこの場所は別名ココイキと呼ばれている。
彼の父はケオーウア一世、母はケクイアポイヴァ。両親のもとに誕生した彼はパイエアと名付けられた。生まれながらにしてカリスマ性を帯びていた彼には誕生秘話の伝説が残されている。

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彼が誕生した時、空には稲妻がとどろき、雷鳴が地を揺らし、ハレー彗星が空を舞ったと伝えられている。ハレー彗星のことをハワイ語でココイキと呼ぶために、彼の生誕の地の別名がココイキなのである。

彼の生まれ年には諸説あり、1737年、1738年、1753年、1758年と様々だ。ハレー彗星が地球に接近したのは1758年、そして彼の最初の息子の誕生が1797年と記録されていることから考えると、1758年説が有力なようだ。
ハレー彗星が空を舞うという自然現象は当時のハワイでは、不吉な出来事の前触れである、と当時の王アラパイに属していたカフナのケアヴェマウヒリは考えた。実はカメハメハが生まれる以前、マウイ島のケアウルモクの作ったチャント『ハウイ・カ・ラニ』の中に王族誕生に関する “不吉な預言” が記されていたのである。

「若いうちに芽を摘め。さもないと医大で勇猛な戦士となり、すべての島々を征服し、統治するであろう」

この預言とも言える一説が現実になると怖れたカフナのケアヴェマウヒリは、アラパイ王に「生まれたばかりの子を殺さなければ王の身が危うくなる」と助言をしたのだ。それを聞いたアラパイ王は生まれたばかりのパイエア(のちのカメハメハ)を殺害しようと企てたのである。

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すぐに危険を察知した母のケクイアポイヴァは、信頼している叔父のナエオレを養父として生まれたばかりの我が子を預けた。パイエアはナエオレに守られながら五年間、ワイピオ渓谷の奥地で人目に付かずに密かに育てられた。その後、実の父と母のもとへ、アラパイ王のいるコハラの地へと戻ったのである。
その時にはアラパイ王はパイエアを殺すことをあきらめ、彼の身の安全を保障していたのだ。アラパイ王は内気な性格のパイエアを一目見ると、彼に相応しい名前としてカメハメハ(Ka Mehameha=孤高の人)と名付けたと言われている。

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その後、彼は当時ハワイ島の西側のコナエリアを治めていた叔父のカラニオプウのもとへと送られ、有能な戦士ケクハウピオを師として偉大な戦士になるための訓練を受けたと言われている。
水泳、サーフィン、カヌー、釣りなど海の知恵と技術、さらに、登山、槍投げ、石投げなど陸地での知恵と技術、そして島の統治者になるために何より必要な人心掌握術、戦術、国の治め方などの知恵を授かったと言われている。
カメハメハは語学も堪能で、当時来島してきたイギリス人たちを先生として、たちまち英語を話すようになったと言われている。その後、カメハメハの有能なブレインとして、フェアアメリカン号という船でやってきたアイザック・デイビス、エレノア号でやってきたジョン・ヤング、キャプテン・クックに同行してきた時とあわせて二度目の来島となったジョージ・バンクーバーなどがいる。カメハメハの圧倒的な強さは、彼らを通じて装備した近代兵器によるところが大きかったようである。

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ここからは余談だが、カメハメハの母であるケクイアポイヴァは、ひとりでマウイ島に滞在中に、当時もっとも勢力を持っていたと言われているマウイ島の大王カへキリと関係を持ち、身ごもったという説がある。
もしそれが本当だとすると、カへキリの子として誕生したのがカメハメハだということになる。カメハメハが全島を制覇して大王になる際に、もっとも宿敵だったのがカへキリであり、彼を倒すことで全島制覇という偉業を成し遂げた。宿敵マウイの大王カへキリが本当の父親だとすると、なんという因縁だろうか。真実は闇の中に隠されている。

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