ハワイ独自の文化『フラ』について。
私はフラのことはあまり書かない。ハワイ独自の伝統文化フラの持つ長い歴史に対しての敬意、フラが受けてきた西洋人からの冒涜に対する憤り、そして今、フラというものが世界に広がりフラが持つ深い精神性とは真逆の経済活動としてのフラに対する疑問が拭えないからだ。
フラとは何か? という簡単な疑問。フラはハワイ独自の踊りである。
しかしフラはもはや踊りという範囲を超えて「ハワイ独自の文化」であり、精神性だと考えている。
フラはコミュニケーションのためのものであり、人間の体を使って情報を伝え、人々を楽しませて、癒し、また興奮させるものだ。神聖な舞踏でもありエンターテインメントでもある。
古代のハワイには文字がなかった。そこで彼らは、文化や伝統、忘れてはいけないこと、家系図や家系にまつわる秘め事などを、すべて歌(オリやメレ、マントラ)と踊りで伝えてきたのだ。
踊りを伴わないのがオリ(詠唱)であり、踊りを伴う歌がメレと呼ぶ。最初はオリがあり、それを具体的に表現しイメージしやすくするために、また覚えやすくするために踊りが付けられて、メレができたと言われている。ハワイアンの人たちは、フラ以上にオリやメレを大事にしているのだ。
カメハメハ大王の死後、宣教師をはじめとして欧米人が来島するようになり、ハワイのそれまでの文化は破壊されてきた。フラも禁じられるようになり、欧米人たちが持ち込んだハワイにはなかった病原菌によって人口の急激な減少が起こった。
文字を持たなかったハワイでは、クムフラ(フラの先生、師匠)、フラの踊り手が減ってしまい、古代のフラは後世に伝えられないままに姿を消してしまったものも多く存在すると言われている。
フラは美をたたえることだ。それは自然の美しさ、そして人間の美しさだ。そのために大切なのは、フラが持つ精神的な姿勢を把握し、肚に落として行動に移し、身に着けることだ。
体を使って表現するテクニックだけでなく、精神的姿勢を身に着けなくてはいけないものだと私は思っている。フラの鍵は、テクニックを誇示したり、見せびらかしたりするものではなく、見てくれている人たちに対してALOHAというハワイの精神性を与えることだと信じている。
フラを学ぶと言うことは、何年もの年月をフラに身を捧げることであり、それは時代が変わろうと、どの国の人たちが踊ろうと例外ではないと信じている。現在、ハワイの内外で問題になっているのは、多くの人たちがフラのテクニックを学びたがるが、その精神性やメレやオリの意味を充分に理解できていないということである。
フラが世界に広がり愛される理由は、美をほめたたえるALOHAの精神の広がりだと信じている。自然の美しさ、人間の美しさだ。そのためにフラが持つ精神的姿勢を身に着けることがとても大事だと思っている。
ハワイ独自の文化であるフラは世界に広がり、神聖な舞踏からエンターテインメントへと発展している。世界のフラ人口は過去に例を見ないほどに膨れ上がっている。日本だけでも約7千ものハラウがあり、25万人以上がフラに携わっているらしい。テクニックだけではなく精神的姿勢の広がりも学んでくれたらとても嬉しいと思っている。