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古代から継承される自然とともに生きるハワイアンの考え方。

古代ハワイアンは大自然の中に神が宿ると信じていました。
これは『八百万 (やおよろず) の神』として信仰されてきた古代の日本と同じ考え方です。
眼には見えない大自然の神々や精霊が人々を取り囲む世界に存在するという考え方はごく自然なものだったのです。

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ハワイでは「マナ」という言葉をよく耳にします。
マナとは大自然のパワー、宇宙のパワーそのものであり、人間が持っている豊かな能力、植物が成長していく過程、波がもたらすエネルギーなど、あらゆるものに存在しています。
古代のハワイアンにとってマナは生きていく上での重要な命の源泉であり、彼らの周りに存在しているエネルギーでした。
生命エネルギーであるマナは大自然の神々から人々へと流れ込んでいくと信じられていました。
大自然の神々が与えてくれるマナは、マカアーイナナ (一般人) よりもアリイ (王族やチーフ) に、普通のアリイよりも上位階級のアリイに、というように身分が高いほど多くのマナが注がれると信じられていたのです。

古代のハワイアンのこのような考え方や信仰から、大自然そのものを神々と崇め、大自然を擬人化して名前をつけて特別なパワーが宿っていると信じ、ホオクプ(お供物)と併せて祈りを捧げていました。
大自然の神々がホオクプに対して喜びを示すと、人々の祈りが神々に受け入れられ、インスピレーションや事象という形で答えをいただけると考えられていたのです。
大自然の神々とともに生きるハワイアンにとってお供え物をして祈りを捧げるという行為は至極当然のことで日常的なことでした。

古代ハワイアンは神々とともに存在しているということで、多種多様なあらゆるものとの調和や一体感、ワンネスを感じ、人間は大自然ひいては宇宙の一部である、ということを実感しながら生活していたのです。
彼らはまた、目には見えない神々も時には三次元の世界に存在するものに姿を変えて現れる、と信じていました。
目に見える三次元の世界に姿を変えて現れた神々を「キノラウ」(神の化身)と呼び、むやみに命を奪ったり食べたりすることを禁止していました。
ハワイ語で「プエオ」と呼ばれるフクロウ、「ホヌ」と呼ばれる海亀などは代表的なキノラウです。

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自然界に生きている存在はすべて命ある存在です。命には上も下もなく、差別などないのです。自然と共存して生きる、という意識はハワイアンにとっては当たり前のことであり、経済を優先して自然を破壊するようなことをハワイアンはとても嫌います。
ハワイの伝統文化であるフラにしても、ロミロミにしても、サーフィンにしても、自然との共存、調和の中にその精神性があります。
ハワイアンは頭よりハート優先で生きている。
そんな印象が私にはあり、彼らの生き方に学ぶところが大きかったのです。

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