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「第三の視点」で軽やかに。

「ポジティブでいなくちゃ!」少し前の私はこの意識が強かった。ネガティブなことを考えたり思ったりすることを嫌い避けて生きてきた。
それでもネガティブな現象は日常的に起こるし、それによって心も反応し、いつの間にかネガティブな心にどっぷりとハマっているということもよくあることだった。そんな自分がイヤになりさらに深みにハマるということを繰り返していた。

ある時、「もういいや、全部受け容れちゃおう」と思った。ポジティブな想いもネガティブな想いも全部自分だ、とジャッジすることなく感じたままに受け容れようと思ったのだ。
それは自分のことだけでなく、SNSで流れてくる他者の投稿内容にもいちいち反応せずに、「なるほど、そうなんだ」というだけで、反応することをやめてみたのだ。
それだけのことなのに心はかなり軽くなった。SNSではフォロワーが急に増えた(笑)。ネガティブな想いがあるからポジティブな想いがわかるということにも気づいた。いろんなことを受け容れることができるようになり、愛を持ってみることができるようになり、寛大にもなった。

そもそもこの地球は二元論的世界だ。光と影、男と女、陰と陽、昼と夜、善と悪、左と右、上と下……挙げればキリがないが地球というところはそういう場所だ。両方あることが大前提なのに、私の意識は片方を消そうとしていたのだ。地球(宇宙?)の法則、真理に反することをしようとしていたわけだからうまくいくわけがなかったのだ。

ポジティブもネガティブも受け容れ始めたある時、もうひとつの視点があることに気がついた。この両方の同一線上ではなく、少し上の視点、俯瞰した視点があったのだ。
それを「中立」とか「ゼロポイント」と呼ぶ。振り子の真ん中、支点にあたる視点だ。二元を受け容れたら三元的視点が出てきた。両方認めた時に融和が生まれた感じである。つまり「愛」が生じたとも言えるのだ。

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人の感情は振り子のようなものだ。常に揺れ動いている。世の中も常に揺れ動いている。あらゆることは揺れ動いている振り子のように止まってはいない。止まっているように見えるものでさえ振動して揺れ動いているのだ。

きっと風の時代は対極を同居させる視点を持つ時代だ。両方あることを許す視点を持つこと。愛とはそういうことだ。一方を消そうとしてはいけない。消そうとすることは逆に力を与えてしまうこと。きっとあらゆることがそうできているのだ。ポジティブとネガティブの間に入るものは「or」ではなく「and」なのだ。
「ありのままでいいんだよ」と人はよく言う。ありのままとはきっとポジティブもネガティブも全部受け容れて昇華させ、高い視点を持って自分も他者も周りの世界も見ることなのだと感じた。曖昧さ、グレーゾーンを受け容れることが軽やかさに繋がる。そんな時代がすでにもう始まっている。

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