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スポーツ教育は、保護者の距離が子供の成長に影響を与える

スポーツ指導者として、スクールやクラブの運営者として、数百人・・・いえ、確実に1,000人以上の子供を見てきました。

それはその数とほぼ同じ数だけの親子関係を見てきたことにもなります。

今回は今まで見てきた、競技スポーツにおける子供と保護者の関係について書きたいと思います。

個人的な見解ではありますが、見てきた数が数だけに間違いなくその傾向はあると思います。


Ⅰ:子供は見ている聞いている

子供は親の鏡と言います。それは異論の余地がありません。

子供は愛する親の言動を全て見聞きしています。それは親が我が子を見ているのと同じです。

競技スポーツの現場で言えば、自分のプレーに対する反応はもちろん、応援席での立ち振る舞いや他の保護者との関係、指導者とのやりとりまで、親が思っている以上に子供は見ています。

帰りの車でのお父さんとお母さんの会話も聞いています。

子供なりに、大人の世界には関与しすぎないように、聞こえていないふりをしながら。

その影響の大きさは、第三者視点でたくさんの親子を見ている指導者だからこそ分かるものです。

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Ⅱ:サイドコーチングを禁じる訳

私が指導するチームは、サイドコーチングを禁止してきました。

「禁止」という過激なワードを使うのは経験による確信と、そこまではっきり言わないと徹底してもらえない現状があるからです。

そしてそれは、プレーに対するサイドコーチングにより、自分で判断する機会を奪われるというプレー中のコーチングだけではありません。

特に私が注意したのは、試合や練習の会場で、子供たちがサッカー選手としてのスイッチを入れた後に日常へ引き戻すような声かけをすることです。

チームメイトと共に過ごす時間に家庭の親子関係を持ち込むと、大部分の子供は著しく集中力が落ちるという現象を目の当たりにしたからです。


以前、非常に体格や身体能力に恵まれた子が多いチームを指導したことがあります。着実に技術や個人戦術を身に付けていけば、成功体験を積みながら楽しくサッカーを学べるだろうな・・・と期待したことを覚えています。

しかし1年ほどたち、明らかに技術が上がってきているのに試合に勝てない。勝つことが目的ではないにしろ、身体能力的に勝り、技術的にも劣っていないのに試合に勝てない。

試合を分析すると、


☆チャンスで正しい判断ができない

☆失点すると必要以上に落ち込む

☆極端に前がかりになったり、臆病になりすぎて相手にプレッシャーを与えられなくなったりする


もうこれは原因がメンタルにあることは明らかでした。


当初から気になってはいたのです。

それは、前に出すぎる保護者が多い世代であること。


子供が何かに不安や不満を持っていたら、親が指導者に真っ先に聞きにくる。

試合直前や、試合と試合の合間の子供たちの輪に親が入ってくる。

試合中に我が子の名前を呼んで、必要以上に鼓舞したり冷やかしたりして、応援席で親のほうが盛り上がっている。


子供たちは保護者の距離が近すぎて(気になりすぎて)、親の声に聴き耳を立て、親がすぐそばにいるという安心感(もしくはプレッシャー)の中、指導者や仲間に意識を向けられていないんです。


それまでの私はプレーの判断機会を奪うようなサイドコーチングのみを禁止していましたが、その経験をしてからは「試合の日はグラウンドに着いたら指導者と子供達のコミュニケーションを尊重し、試合中も集中力を低下させるような過剰な声かけや冷やかしを止めて、ただただ勇気を持ってチャレンジできるような応援をお願いします」と、試合前後の時間も含めてサイドコーチングを禁止しました。

それから、みるみるそのチームが勝てるようになったのは言うまでもありません。

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Ⅲ:上手になる子の親に多い共通点

これにはもう、明らかな傾向があります。

全員とは言いませんが、大部分がそうです。

それは「練習を見に来ない」、もしくは「見に来ても遠くからひっそり見ている」親御さんです。

指導者に聞きたいことがあっても、基本的に子供の前では聞きません。

隅のほうでこっそりと。もしくは子供がいない時に電話やメールで。

サッカーをやっているのは本人ですから」という姿勢が、子供が小さい時から徹底されているんです。

子供がお友達関係に悩んでも、プレーが上手くいかなくても、自信を失っても、試合に負けて悔し泣きしていても、基本的にチームが解散するまでグラウンド内外で子供に声をかけることはしません

この原理原則を守っているご家庭の子供は、練習中に親の顔色を伺うこともなく、試合の結果や自分のプレーの出来を他人のせいにすることもなく、ただただ純粋に、サッカーに没頭していくのです。

結果として、逆境は努力や仲間との協力で乗り越えるものという主体性が育ち、試合への集中力も確実に上がっていきます。

そういった環境を与えられた子は、逆に卒団する際には「大好きなサッカーをめいっぱいやらせてくれてありがとう」という素直な言葉を恥ずかしげもなく親に伝えるものです。

指導者と自分で向き合い、仲間との時間を大切にし、自分で頑張り抜いた子ほど、自分の成長機会を与えてくれた親の存在を実感できるのでしょう。


Ⅳ:過干渉な親の子供に多い共通点

逆に過干渉タイプの親御さんの場合、子供達には以下のような特徴が表れることが多いです。

どうしてそうなるのか?の理由も憶測で書いています。


◎失敗してもゴールを決めても、まずは親のほうを見る

 →自分のサッカーに一番関わっているのは指導者でも仲間でもなく親だから


◎試合の日に極度に緊張したり、集中できず盆ミスしたりする

 →親が助けてくれない状況に慣れていないから


◎ミスを簡単に他人のせいにしたり、相手チームの文句を言う

 →いつも親に助けてもらい失敗経験が少ないと、上手くいかないことは誰かのせいであるという考え方になりやすい(人のせいにしないと自尊心を保てない)


練習や試合会場で、着替えや持ち物に口を出す保護者のお子さんが選手として急激に伸びたのを私は見たことがありません。

先ほどの卒団式の例で言えば、こういった環境で育った子は最後の最後に照れたりモジモジしたり、頼りない姿を見せてくれるものです・・・

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Ⅴ:愛情と教育

今回紹介した親御さんは、全て子供への愛が溢れた人たちです。過干渉も愛情ゆえに、ですよね。

しかし長くスポーツ指導や教育の現場に立つと、愛情というものが何なのかを考える機会がたくさんあります。


子供のそばにいつもいること。

子供の困難を排除してあげること。

子供に最短距離を用意してあげること。


これは紛れもなく愛情です。

それは絶対に否定できません。

ただ、愛情は子供を安心させますが、愛情だけでは子供は育たないということです。

親は「木の上に立って見る」。(子供からは見えない位置から)

これが子供の成長には一番なんです。

もちろん、何かあったら全てを投げ出して助ける覚悟で。


グラウンドは子供たちにとって「小さな社会」です。

時に傷つき、時に挫折し、仲間や指導者とぶつかり合いながら、一生懸命自分を知ってもらい、自分の役割を果たそうとヘトヘトになります。

本当の社会に出た時のために、仲間と協力しながら何事も自分で解決することを学んでいくのです。

そうやって疲れ果てた子供に美味しいご飯と温かいお風呂を用意してくれる両親。それを続けるだけで、子供達は気が付きます。

誰が自分を一番支えてくれていたのかを。

逆にグラウンドの中に親が介入すると、子供はグラウンドという小さな社会の中でも「子供のまま」です。

困ったら親が助けてくれる社会なんて、家庭と大きく変わりませんから。


技術や体力だけではなく、そういった心の体力も育てられるのが競技スポーツの良いところです。

ただし心の体力は、「木の上で立って見る」親御さんの家庭じゃないと、なかなか養われないものです。

お子さんのスポーツを応援している自分の言動や立ち位置を思い出してみてください。

お子さんから見えない立ち位置で、静かに眺める

お子さんの心の成長に、必ず繋がりますよ。

同じような内容であれば、こちらのブログも参考になりますのでご覧ください

http://matubarahibefumi.com/children-sports

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