世界的な反復不足
Switchでゲームをすることが日課だ。最近はプロコンをもらってスプラ3にハマっている。ほぼ毎日練習していたら、すっかり上達して友人にも「筋がいいんだね」と言われた。Switchをクリスマスプレゼントにあげようとして、いざ探しに行ったら生産が間に合っていないだの、半導体が不足しているなど、結局、中古のSwitchライトを購入した。
歴史は繰り返される
記録する媒体はさまざまある。紙などの書籍、データの入ったメモリーカード、そこに記憶を定着させ、組み換え、整理することが目的だ。頭で記憶しているものは、どんどん薄れていくし、廃れ、残そうとしているものには補完が必要になる。体で覚えているスキル(自転車を漕ぐなどの反復して染みついた記憶)などは結晶性知能と呼ばれるが、車の運転など、判断が鈍ると記憶ではどうにもならないことが多々ある。
業務に置き換えると、メモを取ったり、録画をしたり、議事録を書き起こしたりなど、やり方は様々。最適な手法は、その場によって異なる。共有するためのツールは日々更新されており、自分にはどれが1番なのか比較するなんて気が遠くなるほど苦手だ。
取ったメモをどうするか
自分は継続することが苦手だ。
ここでは得意とも表現して肯定しているが、興味のあること以外は続かないことが多い。意志が弱い、覚悟が足りない、要は中途半端である。
継続はなんで必要なのか。
キーワードは習慣にあると思う。
やらないと気持ち悪くなるほどに、続けることが必要。自分には完璧主義なところがあるようで、今まででも、こんなスモールスタートでいいのか?と納得しないことが多い。これでは目的がズレていってしまう。
習慣化するまでが重要なのだから。
メモを取った後、書いたことに満足してメモの役割を果たさなかったことがある。(なんのためのメモだ!)
自分に合ったやり方というのは、先輩に教わるやり方だけとは限らないし、なんでメモを取るのか?の必要性に気づかなければ、自分には到底メモを取ることは身につかない。
なんでメモを取るべきなのか?
それは記憶を定着させるだけでなく、その状況を記憶とマージさせることにあるからだ。
習慣を目的としたメモは結果、作業になってしまう。記憶との齟齬を確認するために、日々反復した時に気づくのだ。
「記憶は呼び出すためで、記録はスイッチ」
習慣を目的としない
続けることが苦手な自分には、習慣化させることが遠い存在のように感じてしまう。
繰り返されることには、自分の払うコストに見合うことから進めていく必要がありそうだ。
このハードルが低ければ低いほど、反復は可能になり、気づけば習慣化すると思うのだ。
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