読書日記『金子きみ短歌抄』(2002)

先日のNHKスペシャルを観た方が、「短歌の子におばの歌集を渡して欲しい」と三笠山展望閣に置いていかれたそう。

「そんなドラマみたいなことあっていいんですか?!」って思いながら、展望閣の方から受け取り、その場で読んだ。

気に入った歌とそれについての感想を書いておく。


左右山ばかり雪ばかり
さよならするわたしに風ばかり

p9

左右を「さゆう」か「ひだりみぎ」で読むか迷う。どっちにしろ、定型ではないからリズムが掴みにくいのだけれど、「〜ばかり」が新しいリズムを生み出していて好き。北海道の美しいけれど厳しい冬の感じも伝わって良いな。

別れた道だけはっきり脳裏にある
あなたもわたしも自分をさがせない

p10

この歌集の中で1、2番を争うくらいに好き。
幼くて、町の地理を俯瞰的に把握できないから、「あの道」の情景しかわからない。あの道はどこにあったんだろうか。今も残っているんだろうか。どっちにしろ、もうあなたには会えないな。という解釈をした。切ないけれど共感できる。

星がふる 月が蒼い 戦いやんだ海を 
わたしに帰る一人を待とう

p12

戦地から帰らず、知らせもないままの夫を、疎開先で待つ金子きみ。彼女が見たであろう情景が浮かぶ。私には想像できないほど深い覚悟、みたいなものが根底にあると思った。

塩の扱い管理会社に戻る
わたしたちも戻ろう 日本海よありがとう

p13

「塩の扱い管理会社に戻る」って経験していないと出てこないフレーズで、とても強いなと思う。

子が開く小学一年の本
この世のよどみの中でいちばん新しい

p17

これもとっても好き。「この世のよどみの中でいちばん新しい」のパンチライン。強い。強すぎる。

何に向かって生きてきたのだろう
ある日歩道橋を丹念に登る

どこへ行ったかと聞かれたら
谷へ水を飲みに行ったと言って下さい

八八の父の便り
牧場の倒木にうまい茸を見つけた 誰にも言うな

p17

一番上の歌を読んだ時、思い出していたのは北府中駅の歩道橋を登る夏の夕方だった。うだるような暑さの重みを肩に感じて登る。あと少しで頂上に行く数段がやけに長い。そんな瞬間を思い出す。人生の意味を問いかけることと、丹念に歩道橋を登ることは、なるほど確かに似ている。

真ん中。「谷に水を飲みに行」くことのファンタジーと日常のあいだにある感じが上手いと思う。

下。手紙の距離にいる娘に、上手い茸のことを報告しつつ、「誰にも言うな」と書くのが面白くて、クスッと笑ってしまった。かわいい。

失ったものの気配かもしれない
夜行列車の夜明け 首筋が寒い

p18

旅は何かを捨てることだと思っている。その喪失感と首筋の寒さを重ねるのが上手すぎて、すこし悔しい。

一生とは何だろう
出しはぐれた一通の手紙が決めたかもしれない

あらしのあと森があり 川があり
女が立つ ちぎれた葉っぱの位置

p19

上。とっても共感できて好き。手紙を出さなかった今と、出したほうの世界線は、比べることはできないはずなのに、そういう比較や後悔をよくしてしまう。

下。すごく絵画的だと思った。すこし宗教的(アダムとイブのはなしを思い出す)でもあると思う。美しいな。

晴天だ 晴天続きなのに
晴天だと気がつく日の晴天

p24

共感できる。そういう時あるよな。

撃たれる期待を握りしめて
冬の日を額に真っ直ぐ歩く

p25

何に撃たれるんだろう。冬の真っ直ぐすぎる太陽光線に、爆撃機を重ねているんだろうか。「期待を握りしめて」が良い味を添えてると思う。



歌集としては珍しく横書きで、口語調と破調も手伝って、時代を感じさせない歌集だと思った。
縁あって読むことが出来て幸福だった。こういうことがあると、やっぱり本っていいな〜と思うのです。

読了日:2023/06/24


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