見出し画像

修学旅行ごっこ 7 東寺

 このコラムは小説『皐月物語』の中で修学旅行に行く小学生が立てた京都観光のプランを、著者が実際に行ってみて検証したものである。

 今回は東寺とうじを見て名古屋へ戻るまでを記していこうと思う。
 まずは『皐月物語』の中で藤城皐月ふじしろさつきたちが作ったスケジュールの確認から。

14:23 稲荷駅 発 JR奈良線 京都行 普通
14:28 京都駅 着
14:41 京都駅 発 近鉄京都線 橿原神宮前行 急行
14:43 東寺駅 着
14:48 東寺 着 徒歩 450m 
15:37 東寺駅 発 近鉄京都線 京都行 急行
15:39 京都駅 着

皐月のスケジュール

 実際に僕が僕の行程記録は次の通り。

13:53 稲荷駅 発 JR奈良線 京都行 普通
13:58 京都駅 着
14:11 京都駅 発 近鉄京都線 新田辺行 普通
14:13 東寺駅 着
14:23 東寺 着
14:58 東寺 発
15:08 東寺駅 発 近鉄京都線 京都行 急行
15:10 京都駅 着
15:30 京都駅 発 JR琵琶湖線 長浜行 新快速
16:24 米原駅 着
16:30 米原駅 発 JR東海道本線 大垣行 普通
17:04 大垣駅 着
17:11 大垣駅 発 JR東海道本線 豊橋行 特別快速
17:44 名古屋駅 着

僕の行程

 今までに何度も京都旅行をしているが、東寺は行ったことがなかった。洛南方面だと伏見稲荷大社や平等院などは何度も行っていたが、東寺となると微妙にラインがずれているので、つい行かずに過ごしてきた。
 今回の旅が初めての東寺参拝だ。東寺のことは真言宗の寺ということ以外ほとんど知らない。こういう旅は小学生の修学旅行っぽくて、最後の訪問先にして初めて修学旅行ごっこらしくなった。

 伏見稲荷大社から東寺に行くには、稲荷駅からJR奈良線に乗って京都駅まで行き、近鉄京都線に乗り換えて東寺駅で降りると早く行ける。この順路だとバスよりも鉄道の方がいい。

東寺駅

 皐月の予定では東寺駅から東寺までは所要時間が5分の予定だったが、実際は10分かかった。
 東寺駅を下りて九条通(国道1号線)沿いに歩くと道沿いに東寺がある。街中の1号線沿いということで、しばらくは普通に生活圏の風景の中を歩くことになる。
 京都銀行九条支店のある九条大宮の交差点に出ると、いきなり築地塀の向こうに聳え立つ巨大な五重塔が現れる。ここが東寺だ。
 僕は今まで何度も京都に来て、いろいろな社寺を見てきたが、この風景ほど感動したことはなかった。急に世界が変わったのだ。五重塔の美しさに心奪われた僕は信号を一本見送った。

東寺 五重塔

 南大門みなみだいもんの手前に二羽の大きな鳥がいた。画像検索すると、どうやら青鷺あおさぎらしい。どうしてこんな街の中にいるのだろう? 野鳥だと思うが、餌はどうしているのだろう? 不思議だ。

青鷺

 南大門は迫力があった。写真の映えを気にするなら、九条通の反対車線から五重塔と南大門が同じフレームに入るように撮影するといい写真になる。
 僕はこのことを後で知って、悔しい思いをした。でも、知っていたとしても面倒でそのアイングルで撮影しなかったかもしれない。

東寺 南大門

 南大門をくぐり、境内に入るとそこは静謐な世界だった。広々としていて、空間が贅沢に使われているように感じた。平日の午後は京都で世界遺産だとしても観光客は少ないようだ。
 右手に見える五重塔や金堂、講堂もいいが、僕は左手に見える本坊にも心魅かれた。境内にありながら築地塀に囲われた空間は、参拝客や観光客とは隔絶されたお寺の世界だ。
 僕は東寺の初心者だったので、本坊に隣接する毘沙門堂や大師堂をスルーしてしまった。気持ちが五重塔や講堂の立体曼荼羅に向いていたので、参拝できるとは気付かなかった。

 食堂じきどうをぐるりと回って拝観受付を通ると、いよいよ大伽藍の中を見られる。今日のお目当ては講堂にある立体曼荼羅だ。
 回遊式庭園に入り、瓢箪池の先に五重塔を見た。なんて美しいんだろう。今までいろいろな塔を見てきたが、東寺の五重塔が一番美しかった。この塔は空海によって創建されたが、完成したのは没後だったという。見たかっただろうな……真魚まお

東寺 五重塔

 五重塔はとにかく大きかった。54.8mもあるこの塔は木造塔としては日本一の高さだという。
 ずっと上を向いていると首が痛くなってしまうので、地面に大の字に寝てずっと眺めていたいと思った。今回の旅に時間制限はなかったが、修学旅行を模した旅なので先に進まなければならない。他の参拝客に倣って、塔の中に入った。
 五重塔の中は密教空間が作られていた。心柱しんばしらの周囲には金剛界四仏像と八大菩薩像が安置されていた。初層内部は経年劣化をしてはいるが、絢爛豪華だった。いつも思うことだけど、竣工した時はどれほど煌びやかだったのだろう。僧侶たちは興奮して修行どころではないような気がする。

東寺 金堂

 次に訪れたのは金堂だ。予備知識なしでなんとなく入った金堂だが、実はここに一番感動した。
 ネットの画像やパンフレットの写真で見た時は普通に立派な古い仏像だと思っていた。だが実際に金堂の中に入ると、仏像の荘厳さと大きさに圧倒された。照明はなく、日の光だけが差す堂内は厳かな雰囲気で、歴史的建造物が現存していることの有難さを改めて知った。いつまでもここにいたいと思った。

 最後に訪れたのは講堂だ。この日の来訪目的だった立体曼荼羅といよいよご対面だ。
 ここは自分の小説『皐月物語』のヒロインの二橋絵梨花が立体曼荼羅を見たい熱望したということで、東寺を訪問先に決めた。絵梨花を仏像好きにすることで、将来的に皐月と絵梨花の絡みのきっかけになることを目論んでいる。大人になった皐月たちの物語も書いてみたい。
 立体曼荼羅は空海が密教の教えを表現するのに平面の曼陀羅図では表現しきれないので、仏像で曼荼羅を立体にしてしまおうと考えたものらしい。講堂が建立されたのは空海が52歳の時だ。そのよわいで本気でそんなことを考えたのだろうか? 仏師たちの経済的支援が目的なのかな、と思ったりもした。
 立体曼荼羅は素晴らしかった。ここもいい意味で期待を裏切られた。やっぱりこういうのは写真では良さが伝わらない。実際に仏像と同じ時空にいなければ心には何も伝わってこない。
 他の人は東寺に来てどんなことを感じたのだろうかと、ネットでレビューを渉猟してみた。その時の感動をうまく言語化している人はいなかったが、自分がこうしてエッセイを書いてみるとうまく書けないわけがよくわかる。この感動を言葉にするのは難しい。
 このエッセイでは仏像を見た時の気持ちをうまく書くことができなかった。いずれ書く『皐月物語』の中ではこのエッセイよりマシな文を書けるようにしたいと思っている。

 これで僕の修学旅行ごっこはひとまず終わった。皐月たちの修学旅行は京都だけでなく、二日目には奈良へ行く。だから僕も奈良に旅行に行かなきゃいけないのかな。

 最後に家に帰るまでのことを書いておこうと思う。
 京都から名古屋までは普通なら新幹線を使う。だが、僕は経費の削減と時間的余裕と好奇心で、在来線に乗って帰った。およそ2時間半の旅だった。
 在来線に乗って移動すると旅をしている感が強くなる。新幹線だと旅行だ。旅と旅行の違いについて明確に言語化をしているわけではないけれど、「心の旅」とは言っても「心の旅行」とは言わないといったニュアンスの違いかなと思っている。
 車窓から見える風景は行きの新幹線の時とは違って見慣れた速さで流れて行く。知らない町を走っているが、見慣れた町を走っている時と比べても、深いところでは感慨に大して変わりはない。車窓から見て知っている町に実際下りたとしても、そこは自分の知らない世界だから。ただ流れる景色の速さが僕をほっとさせる。

 米原駅と大垣駅で乗り換えた。この二つの駅は東海道本線の電車の前面行先表示器で見慣れた駅名だ。だが、今まで米原と大垣へは行ったことがなかった。
 乗り換えのためだけではあったが、これらの駅のホームに降り立つことができたのは嬉しかった。気のせいかもしれないが、この二駅にはどことなく昭和の香りがした。それは京都駅の在来線のホームにいた時も同じ思いを抱いた。
 2時間半も電車に乗っていると少し疲れるが、楽しい時間だった。運賃も安いし、この手はまた使えるかもしれない。でも移動が夜だと景色が見えなくてつまらないかもしれない。街の明かりを眺めていると、寂しくて泣いてしまうかもしれない。

最後まで読んでくれてありがとう。この記事を気に入ってもらえたら嬉しい。