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フィールドワークの意義

 教授に声をかけて頂き、大阪の「NEXT21」の見学会に参加した。
そこで、「Open Kaart」のHannekeさんの取り組み紹介の時間が設けられていて、話を聞くことができた。

 英語が聞けなくて難しかったが、「co-creation」という言葉を使っていて、地域住民の方とフィールドワークを通して成果を目指しているようだった。

 Hannekeさんの話と重なることもあるかと思い、フィールドワークの意義は何かということを考えたい。このプレゼンを聞きながら、頭の中では「フィールドワークの本当の意義」はなんなのかをつねに考えていた。ここで「本当の意義」というのは、「良いものを作りたい」という最終目標に対する方法としてのフィールドワーク、その文脈にのせたときの「意義」、これのことである。(これ以外の意義は度外視するほうが僕にとって都合がいい)

 僕の昨日の思考は、3段階に分けられていて、なにかしら結論めいたものを見つけたいという目的意識をもって考えを巡らせていた。

 まず、フィールドワークをすることの意義としては、プレゼンのなかでいろいろと話されていたが、英語ができないのであまり理解が追いついてない。が、当たり前だけれどもフィールドワークを良いものとしてプレゼンは進められていた。その際に、聞き手の僕としては少し懐疑的に聞くわけであるが、そこには一切の敵意はない。

①素人から玄人が意見をもらう構図

 嫌な言い回しだが、すごくわかりやすく言うとこういう言い方ができるのではないか。僕が発表を聞いてまずはじめに思ったこととしては、「いいアイディア、想定していなかったアイディアって地域住民から出るのかな。」ということである。これは何も素人だから、ということだけではなくて、今まで当たり前に暮らしていた地域の問題点なんてそんな簡単に出せるのかな、という単純な疑問である。外部から見ていてその地域に問題点があったとしても、そこに人が住んでいるという事実はあるわけで、そのことを住民が簡単に問題点としてあげるとは思えない。
 東日本大震災のときの福島の状況を考えるとわかりやすい。太田光の『芸人人語』で読んだ話をそのまま書くのであるが、震災で原発事故が起き、「もうあの土地には人は住めない」とテレビやSNSで騒がれているまさにその時に福島には人が住んでいた。太田光は、それを福島のひとが見た時のショックは大きかっただろうと言うのである。
 
 そして、フィールドワークで意見を集める地域住民は、建築やまちづくりの素人であって、建築家チームよりもアイディアの引き出しが少ないことは容易に想像できる。そうした中でフィールドワークを行うことは、果たしてどの程度有効なのであろうか。これは、注意深く考える必要がある問題で、地域住民の意見を聞けば良いものができるとは彼女らも思っていないだろう。なぜならそれは責任逃れでしかないし、最悪の場合、「自分たちで出した意見なんだから文句は言わないでください」になりかねない。そうなると、本末転倒だ。本末転倒だよ、ね、?

②商業的な、余りに商業的な

 そして思考は、マイナスの方向へとながれるのが自然である。すなわち、地域住民から意見を集めることがそこまで有効じゃないと①のような考えから導かれたとき、その意義は商業的なもののような気がしてくるわけだ。
 
 例えば、新しいものをつくるためにフィールドワークを通じて意見をあつめることによって、自治体からお金を流してもらえるかもしれない。
 また、例えば、フィールドワークを通じて会社の名前や個人の名前が売れるきっかけになるかもしれない。それ自体が広告になっている、というような。

 こういったものが「私たちが」フィールドワークをするときの意義なのだろうか。

③単純明快な意見

 はい。いろいろこうやって考えていたんだけど、無理にでも結論を見つけ出したいという思いもある。
 ②がフィールドワークの意義だよ、と言われたらそれまでなんだけど、ここでは本当の意義を考えたいわけです。

 さて、フィールドワークを行う本当の意義は、「単純明快な意見を聞き、ものづくりの指針にしたい」ということではないだろうか。 
 僕たちは、大学で建築の勉強をして、いろいろな物を見て、知っているかもしれない。けれども、いろいろなアイディアを知っていたり思いついたりする中で、もっとシンプルに考えたいという思いが常にある。しかし僕らはシンプルに考えるということがもはや難しいというのが本音なんだと思う。そこで地域住民からでる単純明快な意見は心の支えになるのではないだろうか。

「あなたの話を聞かせてくれ。絶対にいいものをつくります。任せてください。あなたの話を聞かせてください。。」

終わりに

 こういうことを考えていたわけだが、肝心の発表の内容はおそらくちゃんと理解できていない。
 面白いなと思ったのが、「多様性」という言葉について、日本と海外とで少し感覚が異なるんだなあと思った。
 プレゼンが終わったあとの質疑応答の時間において、「多様性を考えることは大切だ」と、はっきりと宣言していた。
 日本の感覚では多様性についてまだいくらか懐疑的に見ているふしもあるので、そこまではっきり言われると些か驚いてしまった。

まあそんなところだろうか。英語勉強しよう、

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