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映画『NOPE』に登場する馬にまつわる話(いろいろ)

こんにちは。Pacallaという馬のWEBメディアで記事を書いている一介のライターです。

先日、公開前から見たかった映画『NOPE』のレンタル配信が開始されました。別の映画を見に行った時に予告編で知って、関心を持ったのですが、ホラーを映画館で一人見る勇気もなければ、他人と一緒に行ってビビっているさまを見られるのも嫌だったのでこの時(=配信)を待っておりました…!

でも、実際に見てみると、想像していたホラー映画とは違った印象。動物と関わる機会がそこそこ多い生活を送っている私にとっては、現実でちょっと目を背けていたことを突き付けられ、少々胃痛のする映画でもありました…。映画全体の考察とかレビューとかはあんまり得意じゃないので、今回も馬まわりのことだけちょこっとずつ言及していきたいと思います…!

※ネタバレあり…また個人的にざっと書いた内容ゆえ至らぬ点もあるかと思いますがご容赦くださいませ。

ヘイウッド・ハリウッド牧場はリアルなのか?

主人公である兄妹、OJとエメラルドが死んだ父から引き継いだ経営ギリギリのヘイウッド・ハリウッド牧場。場所はカリフォルニア州のアグア・ドゥルセという場所にある設定です。映画やCMに出演する馬の飼養と調教を行っています。
(日本にも撮影馬を扱っているところはありますが、牧場というより乗馬クラブと位置付けられている場合が多いように思います。)

インタビューでの監督の発言からすると、ここが撮影地として選ばれたのは、実際にヘイウッド家のような撮影馬を扱う牧場が存在する地域だからということでした。撮影に使用されたのはFirestone Ranchという牧場で、建物や設備については本物またはセットで空だけがCGとのこと。他は全て実際の牧場を活かして撮っているので、牧場の雰囲気はかなりリアルなのでは!

▼Firestone Ranchの様子(撮影の詳細についても書かれています)

牧場の施設は日本と比べて断然広い!ということを除いては、厩舎があって、馬場があって…と特に変わった様子はないですが、ウォーキングマシン(字幕では歩行装置と書かれていた)はあまり日本では見かけないタイプのものでした。向こうではホースウォーカー、リードウォーカー等と呼ばれているようで、カリフォルニアに老舗の会社がある模様。一頭が止まったり、物見したりしたときにどうなるんだろう...と思わせる見た目ですが、どうなんでしょう。日本では繊細なサラブレッドが多いので向かないのかもしれませんね。また想像通りではありますが、馬具はウエスタン仕様のものが使われています。

あと日本的な感覚でいうと、家族3人で切り盛りしてる牧場で屋内馬場まで持ってるのってすごいなと思いました。

リードに1頭ずつ馬をつなぐタイプのウォーキングマシン(Montanabw, CC BY-SA 4.0)
こんなかんじで繋がれます。
ウエスタン鞍。ホーンという持ち手のようなものはもともと牛にかけるロープを巻き付けていた。鐙も金属ではなくて革でできている。ドカッと座るのがウエスタン流で、長時間も楽な体勢をとれるので日本でもホーストレッキングはウエスタン鞍が使われることが多い。

登場する馬たちの品種

(ちらっと写っている馬も含め)登場する馬たちの品種は特定できませんが、ウエスタンに使われるような品種なのでクォーターホース、アパルーサ、調教したマスタング系の馬あたりがいそうな雰囲気です。最初の方に、朝の屋内馬場で放牧しているシーンがありましたが、パロミノっぽい馬がいました。パロミノは馬の毛色のことで、金色っぽいの体に白かクリーム色のたてがみと尻尾の馬を指すのですが、比較的クォーターホース系の馬には多いといわれています。

パロミノのクォーターホース。クォーターホースは昔から撮影馬としてよく使われる。

ちなみに読者の皆さんが特に品種を知りたいとしたら、劇中で大活躍だったラッキーの品種かなと思うんですが、まったく見当がついていません。(ちなみにサラブレッドは毛色が8種類なのに対して、クォーターホースは17種類もあって、黒い毛色ももちろんいます。)

NOPEに出てくる連続写真は『動く馬』ではない?

ジョッキーが馬に乗って駈歩をする連続写真『The Horse in Motion(動く馬)』。名前は知らずとも、映画の前身...クロノフォトグラフィーとして、どこかで目にしたことがある人も多いと思います。NOPEの中では"映画の始まり"として、その重要性がエメラルドから語られています。馬クラスタ目線でいうと、この連続写真のすごいところは、すべての脚が地面から離れている状態の馬の姿をとらえた初の写真だというところです。それまでの絵画では、全部の脚を伸ばした表現「フライング・ギャロップ」で描かれていましたが、これが実際と異なることがわかったんですね。

絵画:エプソムの競馬場はフライング・ギャロップで描かれた。
(Théodore Géricault, Public domain, via Wikimedia Commons)

実はマイブリッジが撮った馬の連続写真は、かなりたくさんあります。私も絵を描く時の参考にマイブリッジの『Animals in motion』という本を持っているのですが、馬車を引く馬や障害を飛んでる馬などいろいろな動きのパターンがあって面白いのでおすすめです!(ハードカバーは6000円以上しますが、Kindle版だと3600円なので私は後者を使ってます。ちなに本書にThe Horse In Motionは収録されていませんのでご注意ください)

ちなみに『The Horse in Motion(動く馬)』のタイトルがついているのは、1878年に撮影された下図の連続写真です。

NOPEで使われているものとはジョッキーの服の色が違う!
(National Gallery of Art, CC0, via Wikimedia Commons)

調べたところ、NOPEの中で使われているのは上のものではなく、マイブリッジの『Animal Locomotion』に収録されている連続写真のよう。つまり、NOPEの連続写真は厳密には“初めての映画(の前身のクロノフォトグラフィー)”ではなかったということになりそうです。なぜこちらが採用されているのか理由はわかりませんが、下図の方が明らかに写真が鮮明なので、その辺の事情もあるかも?しれませんね。

NOPEで使用されている連続写真 『Animal Locomotion』に収録
(National Gallery of Art, CC0, via Wikimedia Commons)

NOPEでは撮った人の記録は残っているが、馬に騎乗していた黒人のことは記録が残っていないことにはじまって、映画業界での黒人差別の話をしています。

この当時、アメリカでは競馬界でも黒人ジョッキーに差別がありました。もともとジョッキーという職業はアメリカでは地位の低いもので、1870年代には黒人のジョッキーがたくさんいました。けれど時代とともに競馬の価値が高まり、ジョッキーの地位が上がってきました。身体能力の高い黒人ジョッキーたちが成功をおさめはじめると、彼らを競馬界からの排除する動きが始まったそうです。

連続写真に写ったジョッキーの名前が本当に記録されていないのかまでは調べられていませんが、もしそうだとしたら、黒人ジョッキーが軽んじろれていたことも理由のひとつかもしれません。

馬と目を合わせてはいけないのか?

グリーンバックでのCM撮影シーン。この時、OJは馬と目を合わせないように周囲に注意を(小さく)促していますが、私が乗馬をしたり、馬のいる場所に取材にいったりしてきた中では、馬と目を合わせてはいけないといった注意は一度も受けたことがありません(※)。これはラッキーという馬の固有の注意事項だと思っています。この映画は「見る者」と「見られる者」が大きなテーマになっており、謎の生命体Gジャンとの戦いのカギとなるために、あえて入れたラッキーとOJの約束事なのかなと思っています。また、1頭1頭の動物にも違いがあり、個性があること、皆同じではないことを暗に示しているかもしれません。
※プレッシャーがすごいので、正面に立って見つめるなと言われたことはある

また、鏡に驚く馬は結構いますが、このシーンで使われた鏡が通常の鏡ではなくVFXボール(実写とCGを合成すること前提とした撮影で使うらしい)だったことには意味がありそうです。映画界で馬などの動物が、ストレスにさらされた状態で働かされることを問題視しつつ、その一方でCGなどに馬の活躍場所が奪わていることも問題になりうることを示唆しているのではないかなと思いました。このシーンのすぐあとに「特殊撮影班~!」みたいな声が現場に響いて(?)いたのも一連の演出なのではないでしょうか。

2023/5/29追記)馬と目を合わせてはいけない問題ですが、時間が経って自分の中に新たな見解が生まれたので追記します。本作を見た直後はラッキー固有の特性なのでは?と書いたのですが、もしかしたら翻訳のニュアンスの問題なのかもと思うようになりました。「目を合わせるな」と言われると私は一瞬たりとも目を合わせてはいけない、という印象を持ってしまうのですが、本作では「目をじっと見つめるな」というニュアンスだったのかもしれません。そうであれば、目をじっと見つめられるのは動物も圧を感じるでしょうから納得がいくなあと…。

ラッキーは2頭いる?

NOPEにはたくさんの馬が登場しますが、その中でも全体を通して活躍するのがラッキーです。賢くて優秀なラッキー。調教は『戦火の馬』や『シービスケット』も担当したベテラン調教師のボビー・ロブグレンが行っています。

最後にOJと疾走するシーンではメンコの目の部分にカバーのようなものがついたホライゾネット的なものをつけられています。これは、視野の広い馬がGジャンと目を合わせないようにというOJからラッキーへの配慮ですが、ウエスタンの馬装でこのような馬具をつけているのをあまり見たことがなかったのでちょっと新鮮でした。

あと、これは自信があるわけではないんですが、ラッキー役の馬って2頭いませんでしたか…?タテガミが多くて腰が高い馬と、タテガミが少なくて腰が低い馬の2頭がいる気がしたのですが、気のせいでしょうか?グリーンバックでの撮影時の馬と、ジュピターパークのショーで登場した馬の前髪の量がだいぶ違うように見えました。ただ、これだけどジュープが切ったのかなとも考えられるのですが…。

チンパンジーと馬

動物倫理、アニマルウェルフェアなどのテーマが見え隠れするNOPEですが、それを伝えるには馬だけでもよさそうなところ、本筋とはあまり関係のないチンパンジーの事故のエピソードが各所に登場します。

これについては馬は改良が重ねられて、家畜化し、人間が彼らとの距離感やルールを間違わなければ共存していける存在であるけれども、野生動物(=チンパンジー)についてはその限りではないということを表している、もしくは家畜と野生動物との線引きについて視聴者に考えさせるために盛り込まれているのかなと思いました。

また馬が逃走したり、(鏡を見て)暴れたりするシーンがあることで、家畜であり“共存できる”馬についても、人間が完全に支配することはできないことが示されているのではないでしょうか…。

主演ダニエル・カルーヤと乗馬

OJ役のダニエル・カルーヤ。劇中のOJ役での馬の扱いはとてもやさしく、しかし適度に距離を守ったその姿勢は、馬を支配するでもなく愛玩動物としてかわいがるでもなく、仕事のよきパートナーとして大切にしていることがうかがえます。

カメラマンのホルストが馬を囮に使おうと発言したとき、エンジェルは「家族だぞ」とOJよりも前のめりで言っていて、それはOJにとってうれしいことだったと思いますし、私もこのシーンが地味に結構好きです。でもOJは家族といっても人間とまったく同じように思っているわけではなくて、一種の線引きはしており、その上で馬たちを尊重しているように感じました。

そんな素敵な演技を見せてくれるダニエル・カルーヤですが、他の作品でも乗馬をしたことがあるようです。しかし、その際に大きな事故にあったため、最初はNOPEでの乗馬シーンに前向きではなかったといいます。

下記の記事によれば、今回も撮影中だけでは十分に馬と触れ合う期間がとれなかったため、カルーヤは休日などを馬と過ごすことにあてたそう。カルーヤが訪ねたのは乗馬やアウトドアを通して、街から不良少年を一掃し、アフリカ系アメリカ人に対するネガティヴな固定概念を払拭しようと努めている非営利団体『COMPTON COWBOYS』のランディ・サビー氏。カルーヤはOJを演じるにあたり、実際に馬を扱っているアフリカ系アメリカ人に学ぶことが必要だと思い、指導をお願いしました。そして、馬のそばでリラックスして過ごす術を身に着けたカルーヤは、劇中で馬との自然な演技を手に入れています。

※なお監督インタビューによると、本作の危険なシーンではホーススタントマンが騎乗しているとのこと

(あと、COMPTON COWBOYSについて、私は今回初めて知りましたが、2022年秋冬のBurberryのキャンペーンにも彼らが起用されているみたいです!意外!)

OJとラッキーは生きているのか?

ラストのジュピターパークのゲートのところで、ラッキーに跨ったままたたずむOJについて、世間では生きていた説と死んでる説で分かれているようですが、私は生きていた説に一票を投じたいと思います。ただし、ゲートの四角い枠の中におさまったOJとラッキーは、あの動く馬に騎乗した名もなき黒人ジョッキーのように見えました。Gジャンの撮影を成功させ、有名になる予定だったOJとエメラルドですが、最終的に撮れたのは連続写真でした。あれだけでは証拠にはならず、英雄であるにも関わらず、あの黒人ジョッキーと同じようにOJの名が知られることはなかったんじゃないでしょうか。

エンドクレジットの謎

最後にエンドクレジットで気になったことがあります。それはこれだけ動物倫理について考えさせる映画であるにも関わらず、エンドクレジットには調教師のボビー・ロブグレンの名前しかなく、馬たちの名前や所属先が見つからないことです。
調教師以外に動物関連で入っているクレジットといえば「movie animals protected representative」という項目だけ。これは映画やテレビ撮影で動物が登場する際に、人道的な扱いを受けているか監視する役割のことです。

いろいろ考えたのですが、しっくりくる答えは出ていません。もしかすると出演した馬が判明することによって、その馬が人々に追いかけられたり、騒がれたりすることは本意ではない、ということかもしれません。あるいは、アニマルウェルフェア的な考え方は大切としつつも、動物と人間を完全に同一視すべきではないという表れなのか…ぜひ真意を聞いてみたいですね。

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あんまりまとまりがなくて恐縮ですが、NOPE馬関連で思ったことをざーっと書かせていただきました。また追記するかもしれませんが、一旦おしまいです!

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