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おしり先輩とsyrup16gの思い出(Live Hell-Seeに行ったよという話)

※今回は目の病気とは何の関係もない、好きなバンドの思い出をただ語るだけの記事です。

死体のような未来を 呼吸しない歌を 蘇生するために 何をしようか

高校時代、おしり先輩という友達がいた。

別に顔がおしりに似ていたわけでも、名前におしりと通ずるものがあったわけでもない。なんなら先輩ですらない。一応由来はあるのだが、身バレしそうなので伏せておく。とにかく彼女はおしり先輩と呼ばれていた。念のため言っておくが、決していじめられていたわけではない。


それはただ時が経ちゃ 忘れてく問題だろうか

おしり先輩とは3年で初めて同じクラスになり、仲良くなったのは夏になってからだった。文化祭で共に大道具を担当し、準備の過程で打ち解けた。

おしり先輩はポップンミュージックと漫画とロックとテクノを愛するサブカルオタクだった。視野の狭いオタクであった私は、おしり先輩から様々なことを教わった。ゲーセンに行き、初めて音ゲーというものに触れた。サザエさんのOPの、「テテンテンテテン テテンテンテテン テテンテンテテン テン♪(ポンッ)」の(ポンッ)の部分ですらBADをたたき出す私の横で、両手指を駆使し目にもとまらぬ速さでボタンを叩くおしり先輩の雄姿は忘れられない。

おしり先輩はまた、お勧めのCDを何枚も貸してくれた。サブスクなどなかった時代である。ちゃんと音楽を聴こうと思ったらTSUTAYAかゲオか図書館に行くしかない。月1,500円の小遣いで生きていた当時の私にとって、未知の音楽を無償で貸し出してくれるおしり先輩は非常にありがたい存在だった。

その数々のCDの中に、Syrup16gのアルバム『HELL-SEE』と『coup d'Etat』があった。


健康になりたいなと 隣の奴が言う

どういう流れで貸してもらうことになったのかは正直覚えていない。ただおしり先輩が、「いきなりこっち聴くと気持ち悪くなっちゃうかもしれないから、こっちから先に聴いて」と言ったことはよく覚えている。その「こっち」がどっちだったかも忘れてしまったのだが、気持ち悪くなるとしたらcoup d'Etatではないかと思う。そして私は存外素直なので、助言通りHELL-SEEから聴いたはずだ。つまり、私が初めて聴いたシロップはHELL-SEEだったということだ。推定。


ちゃんとやんなきゃ 素敵な未来がどこかへ 逃げちまうのかなぁ

私には音楽に対する知識も感受性もない。小6までピアノを習っていたし高校は軽音部だった(中退)し大学でも音楽サークルに入っていたし曲を作ったこともあるのだが、未だに音楽のことは分からない。良し悪しではなく好き嫌いで判断してしまうのだ。そして私が所謂音楽、歌があって伴奏のある5分前後の所謂音楽を聴くとき、その判断材料となるのはもっぱらボーカルの声と歌詞だけであった。つまりなんというかとても一般人であった。

そんな私がHELL-SEEを聴いた感想は、「ふぅん……」だった。

五十嵐隆氏の声がするんと脳の隙間に流れ込んできて、むしろ何も感じなかった。主張の強すぎないフラットな声。無感情というのではない。球。ギターとベースとドラムとボーカルが球をなしている、そのように感じた。


アホ面だ ヅラ

当時の私は椎名林檎とマキシマム ザ ホルモンとBUMP OF CHICKENを愛するという取っ散らかった趣味をしていたのだが、今考えるといずれも「三角形」だったように思う。楽器隊の上に特徴的なボーカルが乗り、耳に突き刺さる。ボーカルの声に判断材料の一翼を担わせる、自分らしい趣味だ。

そんな音楽ばかり聴いてきた私の耳に、Syrup16gはつるりと転がり込んできた。痛みはない。違和感もない。coup d'Etatを聴いても別に気持ち悪くなったりはしない。感想が出なかった。しかしせっかく貸してくれたのだから、ととりあえずデータを取り込んでCDにCOPYして、本体は早々におしり先輩に返した。「暗いバンドだ」と借りる前に聞いていたので、「暗いね」とか当たり障りのない感想を言ったような気がする。


バイトの面接で「君は暗いのか?」って 精一杯明るくしてるつもりですが

ところで当時の私には、音楽を聴いて物語の着想を得るという習慣があった。

夜寝る前、ラジカセに1枚CDをセットし、イヤホンで聴きながら眠りにつく。そうすると、入眠前のぼやけた頭が、思いがけない映像を見せてくれることがある。それをもとに小説を書くのだ。音楽の種類は問わない。ロックだろうがポップだろうが洋楽だろうがアニソンだろうが好きだろうが嫌いだろうが、手元にあるCDは片っ端から利用した。部分的に几帳面なので、気分で選ばずきちんと五十音順に聴いていった。

特に何の感想も抱かなかったシロップのアルバムをまた聴いたのも、順番が巡ってきたからだ。


そんな魔法が 今は何故 手品みたいに 思えるのだろうね

夜。いつも通りラジカセからイヤホンを伸ばし、布団に入り電気を消す。目を閉じる。一度聴いたはずの音楽が耳から転がり込んでくる。

転がり込んできて、割れて沁みた。

多分、暗闇で聴いたからだ。あと受験勉強その他諸々で気持ちが弱っていたからかもしれない。言葉のひとつひとつが、脳のしわにじわじわと沁み込んでいく。映像も浮かぶっちゃ浮かぶけど着想を得るどころじゃない。なんだこれは。なんで初めて聴いたとき素通りしてたんだ。声と歌詞しか聴いてないんだから歌詞カードちゃんと見ろばか。

それ以来、私はその2枚のアルバムを擦り減るほど聴いた。


君に間違った事はなく 道を誤った事もなく

しかし不思議なもので、私はそれ以上の行動をしなかった。

つまり他のアルバムをおしり先輩から借りるとかである。これは性格の問題のような気もするが、私は既存のものでやりくりするのが美徳であると思っている節がある。だから手元にないものを求めようとしないし、だから世界が広がらない。

結局、おしり先輩からはそれ以上何も借りぬまま、私たちは卒業した。おしり先輩とはそれきりだ。それでもやっぱり、HELL-SEEとcoup d'Etatだけは繰り返し聴き続けた。


道だって答えます 親切な人間です でも遠くで人が 死んでも気にしないです

次の転機が訪れたのは、大学を卒業してからだった。

大学時代のサークルの先輩に誘われ、ダーツバーに行った。そこに一人の男性がいた。彼もまたサークルのOBであったが、代が離れていたため会話したことはなかった。ただ、ギターうま男としてサークル内では有名だったので、一方的に知ってはいた。

音楽サークルであったので音楽の話題になるのは自然なことで、その流れでお互いのおすすめのCDを貸し借りすることになった。私はSyrup16g、彼はART-SCHOOLという鬱々交換をした。すると彼はシロップを気に入り、TSUTAYAで自主的にCDを借りて聴くほどになった。私は焦った。勧めておいて、自分はアルバム2枚しか聴いてませんてへぺろじゃ済まされない。そして私はこの男にフラグを立てようとしているのだ。好感度を損ねるわけにはいかないのだ。(ちなみに私がアートを聴いた感想は「この人すぐ子宮に戻りたがるなあ」だった。)


雑踏その何割 いらない人だろう

私はブックオフに走った。どうせ好きなバンドなのだから、レンタルじゃなく手元に置いたほうがいいと思ったのだ。誠に遺憾ながら貧困ゆえに中古だが。

どれが新しくてどれが古いのかもよく分からないまま、とにかく買いあさった。おしり先輩からCDを借りた時分にはすでに解散していたのだという事実も、そのとき初めて知った(なんかもう解散してるらしいというのはふんわり知っていたが、おしり先輩と出会ったときもはや事後だったとは)。もっと早く聴けばよかった、と後悔する曲ばかりだった。相変わらず声と歌詞しか分からないが、その声と歌詞が良い。五十嵐隆は日本語の表現力関し間違いなく天才である。天才じゃんって思った歌詞については後述する。


もったいない もったいないかい? もったいないなら 代わって

遅ればせながら既存のシロップ曲を補完した私は、無事ギターうま男とよろしくやって、交際に至った。1年ももたず別れた。別れたのは私の誕生日だったのだが、最後のプレゼントに五十嵐隆『生還』のライブDVDをもらって泣いた。

別れる直前にシロップが再結成を発表し、別れた直後に『Hurt』が発売された。相変わらず手の届く範囲だけで生きていた私は、それを手に取ることはなかった。

数年後、なんやかんやあってギターうま男とよりを戻した。彼の部屋には『Hurt』があった。私とは無関係にまだシロップを好きでいてくれたことが嬉しかった。
数か月後には『darc』も発売され、その後一緒に暮らし始めた。1年後には初めて一緒にシロップのライブに行き、その後もライブがあれば一緒に行った。嘘、5回中2回はひとりで行った。Live Hell-Seeは残り3回のうちの1つである。


あいさつは HELLO, HELL こんにちは

2023年7月2日(日)横浜1000 CLUB

そもそもライブが苦手だ。特にスタンディングはつらい。人との距離が近いうえ、居場所の定まらない感じが耐えられない。ライブ中後ろからどんどん押されると苦しい。あとノリを強要されると周囲との温度差で死ぬ。

シロップのライブはその辺が割と安心なので行く。とはいえ、前回(れみぜぶる)は2階指定席、前々回(SCUM:SPUM:SLUM)は立ち位置指定だったので、何の縛りもないスタンディングは久しぶりで不安だ。が、杞憂だった。皆ほどほどの距離感を保って並び、ライブ中も立ち位置はほとんど変わらなかった。前日にカミソリで足の指をえぐる事故を起こしていたのに何も考えずにサンダルで行ってしまい、「やばいこれ足死…?」と思ったが何事もなかった。

しかも今回は番号がよく、前から4列目の真ん中らへんで聴くことができた。ライブ中、あんなに五十嵐氏の姿が見えたのは初めてだ。身長が平均以下なので、スタンディングで奏者の姿が見えることはまれである。残念ながら中畑氏とキタダ氏はほとんど見えなかったが、たまにちらっと見えたキタダ氏がイケおじ過ぎて死んだ。真っ先に退場する背中に職人を感じる。中畑氏が何かの動きをして会場が盛り上がってるときに「????」となったのは遺憾であった。後にTwitterで補完した。ありがとうライブレポの人。


笑ったりできるぜ いつもと同じさ

前述のとおり、音楽に関する知識も感受性もないのでうまい感想は言えないのだが、なんというか、幸せだった。HELL-SEEは初めて聴いたアルバムで、人生で一番たくさん聴いたアルバムで、もう20年も前のアルバムで、聴いたときには既にシロップは解散していて、それが今になって、目の前で全曲まるっと演奏してくれている。こんなことあるんか人生。今になって泣けてくる。相変わらず歯を食いしばって弾く五十嵐隆氏の姿に、感謝の念が堪えなかった。まじでツアー早く終わんねえかなと思ってそう。それでもコンスタントに曲を作って年1ペースでライブをしてくれるのは本当にありがたく、彼は一生音楽をやってくれるのだろうと根拠もなく確信させてくれる。

アンコール1ではLes Mise blueの1~3番を順番にやったので、もしかしてれみぜぶる始まるん…?などと思ったが、もちろんそんなことはなかった。
ダブルアンコールはソドシラソ、天才、リアル。歌詞を聞いてください、と。最近の詞はだいぶ穏やかというか、諦めがにじんでいるけど、根底にあるのはやはりこの辺なのかなと思うとひりひりした。

不細工でも美人でもなくやたらと暗い

諦め。最近の曲からは、諦念を感じる。昔は「あ~~~もうっ……ああ~~~!!」って感じだったのが「あ~もう…あー…はは…」になったというか。個人の感想です。

中央線が止まっても
最終に乗り遅れても
この生活は 終わらない

『光のような』delaidback

今回のライブとは関係ない曲だが、これに全てが凝縮されている気がする。

どれだけやるせなかろうと、何もかも投げ出したくなってしまおうと、生きている限り生きるしかないのだ。逆に言えば、生きている限り生きていてもいいのだ。ライブで五十嵐氏の姿を見るたびそう思う。中畑氏とキタダ氏が同じステージにいることに安心する。私もまだ生きていていいかとい気持ちになる。

逆に、遠い未来に五十嵐氏が天寿を全うしたら、私も「あ、なんかもういいかな」っつってころっとくたばりそうだ。

だから、酷なことを言うようだけど、できるだけ長生きしてください。


近くに来たならノックしてよ

おしり先輩の話に戻る。

仲が良かったのはほんの9か月程度だったけど、彼女が私の人生に与えた影響は計り知れない。今の生活があるのは間違いなくおしり先輩のおかげだし、なんなら命さえも間接的に救われている。

元気かなあ。また会いたいなあ。と、かつて彼女が使用していたハンドルネームで検索してみたところ、現在も同じ名前で元気に活動していることが判明した。なんだかほっとした。DMを送る勇気はないけど、圧倒的感謝をここで表明します。ありがとう。長生きしてくれよな。


天才じゃんと思った歌詞5選

最新ビデオの棚の前で
2時間以上も立ちつくして
何も借りれない

『神のカルマ』coup d'Etat

秀逸。決断力の極端に低下した不安定な精神状態が、行動だけで伝わってくる。


ニュースは毎朝見る
ところで思うんだが
占いのコーナーってあれ 何?

これから眠るのに
最悪とか言われて
結構感じ悪いんですけど

『タクシードライバー・ブラインドネス』My Song

戯曲のセリフのよう。語り手が昼夜逆転生活をしていること、一応世の中に関心があること(世捨て人ではないこと)、ややひねくれていることがこれだけで伝わる。


中央線が止まっても
最終に乗り遅れても
この生活は 終わらない

『光のような』delaidback

さっきも出しましたけど、都民あるあるやるせない案件すぎて。


来世には お煎餅屋になりたくて
お砂糖とお醤油が奏でる 至高のマリアージュ

『In My Hurts Again』Les Mise blue

「煎餅……」「お煎餅?」「マリアージュ?」「何やて??」ってなったよね。
逐一「お」をつけるあたりが可愛らしい。


あとの祭りで
ヤバって叫ぶ

『Everything With You』Les Mise blue

分かりやすすぎる。


実はあと18個ピックアップしてたんだけどキリがないので終わる。
言うまでもなく個人的な選出です。どの詞もいいよね。


※記事内の各見出しはアルバム『HELL-SEE』の曲順で、1曲ずつ歌詞を引用しています。

1 イエロウ
2 不眠症
3 Hell-see
4 末期症状
5 ローラーメット
6 I'm 劣性
7 (This is not just)Song for me
8 月になって
9 ex.人間
10 正常
11 もったいない
12 Everseen
13 シーツ
14 吐く血
15 パレード

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