インプットとアウトプットの間を「ニュートラルプット」と呼ぼう
大きく息を吸うためには、たくさん息を吐かなくてはいけない。
インプットよりアウトプットの方が大事と言われるが、同じようにまずアウトプットをした方がインプットの量が増えるというものだ。
これは卵鶏の話なのでどちらが良いという問題ではなく、そのバランスが重要になってくる。インプットばかりしていても何も生み出されないし、逆にアウトプットばかりしていると濃度が薄まっていく。
そのサイクルを自分に合わせて調整していくことが大切だが、それと同時に一旦インもアウトも止めて空っぽの状態を一定時間持つというのも必要だと感じる。
ちょうど食べ過ぎも運動し過ぎも良くなくて、断食してお腹のなかを一旦空っぽにしてリセットしデトックスするというイメージに似ている。
そんなことを考えてときにこんな記事を見つけた。
ひらめきには脳の「デフォルトモード・ネットワーク」というものが関係しているということは聞いたことがあったが、散歩をしたりお風呂に入ったりしてぼーっとしているときに働く仕組みのことである。
脳内では随時、何かに集中しているときに働く「セントラル・エグゼクティブ・ネットワーク」と、何もせずぼんやりしている時に働く「デフォルトモード・ネットワーク」というネットワークの切り替えが起きています。
この意識的にものごとを出し入れする「アクティブ状態」と、一旦働きを止めて一息つく「ニュートラル状態」を繰り返すということが科学的にも良いみたい。
手を動かしているときや、話をしているときには、目の動きが変わります。会話中に人の顔を見ているときは、「焦点視」という一つの焦点を当てて目を使っている。焦点視を使っているときには、実行系ネットワークが働きます。
一方、会話中に考え事をするときは、外を見るなど、自然に目が動きますよね。これは「周辺視」といって、何かを見ているわけではなく、ぼんやりと周辺を見ている状態です。
周辺視が使われているときは、デフォルトモード・ネットワークが使われます。そこで会話中の考え事が整理されて、話をしようと目線を合わせると実行系ネットワークに切り替わるという訳です。
というこのブログのようなアウトプットは起きた後の朝方に行っていますが、働きが鈍ったらインプットや身体を動かす時間にして、疲れたらぼーっとする時間を意図的につくっていきたい。
歩きスマホまでして可処分時間を無駄なく埋めようとしがちな情報過多の現代だが、ときには立ち止まる時間もとても大事。
人生あっという間だけど、どうせ死にゆく運命、暇つぶしには十分長いから。
与え合いの恩贈りで巡る世の中になったらいいな。 だれでも好きなこと、ちょっと得意な自分にできることで、だれかのためになれて、それが仕事にもできたら、そんな素敵なことはないですね。 ぼくの活動が少しでも、あなたの人生のエネルギーになれましたらうれしいです。